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第22話 宿命の片翼

 聖教会に戻ってきてから、二週間が経つ。

 カレンは毎日ケイティの元を訪れ、彼女の心が折れないように会話を続けていた。


「ケイティ、つらくない? なにかほしいものはある?」

「大丈夫よ。カレンこそ、大丈夫? 教皇様となにかあったみたいだけど……」


 ケイティは鋭い。カレンの些細ささいな変化にも気付いて、自分の方がつらい状況なのに気遣ってくれる。


 だからカレンはあえて弱音を吐いてみることにした。


「うーん、大丈夫じゃないかも」

「えっ……! どうしよう、わたしなにをしたらいい!?」


 途端にあわあわとするケイティに、遠慮なくお願いする。


「愚痴を聞いて」

「そんなのいくらでも聞くわよ! 他にできることはない? 独房に入っているからできることは少ないけど……」


 以前のように夕陽色の瞳を輝かせて、力強く頷く。

 すぐに現状を目の当たりにしてケイティはしゅんとしてしまったが、希望の種は植え付けることができた。


「あのね、心の底から教皇様が気持ち悪いの! なんなのあの人!? 調査とか言ってベタベタ触ってくるし、距離は近いし、いい加減にしてくれないかしら!?」

「それはすごくわかるけど……え、待って。本当に愚痴を聞くだけでいいの?」


 カレンが限りなく本心に近い、ぐったりした表情を見せるとケイティはようやく笑顔を見せる。


「もう限界なの。吐き出しを手伝って……」

「もちろんよ。思ったよりもカレンが元気でホッとしたわ」


「私も相変わらずケイティが頼り甲斐があって、つい甘えたくなっちゃう」

「ふふふ、わたしの方がお姉さんだから当然よ」


 ほんの数カ月前と変わらぬ会話をすることができて、カレンもそっと胸を撫で下ろした。


(これで少しはケイティが希望を持ち続けられるかしら……)


 カレンは風の賢者の力を借りて、ファウストと密かに連絡を取り合っている。


 そこで賢者たちがどのようにカレンの計画に協力してくれるのか、詳しく聞き出すことができた。


(映像の証拠はファウストが集めてくれるから、他に書類とかの物的証拠を集めないと)


 それは聖教会にいる自分にしかできないことだ。しかしこの二週間、あまり成果が出ていない。


 どうしたものかと、カレンは考えた。




     * * *




 ミカエルは教皇の執務室へカレンを呼び出し、いつもふたりきりになってから調査を進めた。


 実験は魔力の相性を調べるもので、カレンとミカエルの魔力は一部が完全に合致している。


(もしやこれは、あの男の魔力の痕跡か……?)


 試しにその痕跡部分に魔力を多めに流して、カレンの様子をうかがった。


「これはどのように感じますか?」

「……冷たいです」

「それだけ?」

「はい」


 ミカエルは巻き戻る際の記憶を思い起こす。

 空に浮かぶ巨大な魔法陣。降り注ぐ金色の光。横たわるカレンの蒼白そうはくな顔。


 あの時まではミカエルの手の中にいたカレンが、今では壁に隔たれた向こう側にいるように感じた。


(なるほど……これを取り除けば、カレンは再び私を愛するかもしれない)


 ようやく見えてきた希望にミカエルは満面の笑みを浮かべる。


 相性がいい相手と子供を作れば、必ず魔力が膨大な子ができるのだ。それが〝宿命の片翼〟ならば、どんな素晴らしい子ができるのか。


 そして、その子の魔力を自分のものにしたら、ミカエルはこの世界の支配者となるだろう。


 誰も及ばない魔力を持ったら、カレンとふたりで永遠を生きられるかもしれない。


(本当は今すぐにカレンを私のものにしたいが……先にこの原因を排除しないと、子供にも影響が出てしまうからな)


 ミカエルは邪な想いを隠して、カレンに質問を続ける。カレンはケイティのこともあって、おとなしく従っていた。


「ふむ。ではこれはどうですか?」

「えっ……温かく感じます」

「なるほど。しばらくこれを続けましょう」


 薄皮をそっと剥がすようにミカエルの魔力を流し続けたら、ファウストの痕跡を押し出していかないだろうか。


 そんな仮説を立てて、ミカエルは調査と言いながらカレンの魂を元に戻そうとした。


 カレンと初めて会った時のことは、今も鮮烈にミカエルの記憶に残っている。




     ◇ ◇ ◇




 あれはカレンが貴族学園に入学してきた日のことだ。


 ミカエルは当時枢機卿で、聖教会の代表として貴族学園の入学式の祝辞を述べようと壇上に登った。だが、その瞬間、ドクンッと心臓が大きく鼓動して動けなくなった。


 いったいどうしたのかと考えていると、あるひとりの女生徒と目が合う。彼女も大きく目を見開いていて、息苦しそうにしていた。


 銀色の艶やかな髪を乱して、アクアマリンのような美しい瞳を潤ませている。


(ああ、彼女だ――)


 ミカエルは瞬時に理解した。


 彼女がミカエルの〝宿命の片翼〟であることを。激しい渇望が身の内を焦がし、今すぐ攫ってしまいたい衝動に駆られる。


 ドクドクと熱い血が巡るほど思考は麻痺して、もう彼女しか見えない。

 真新しい制服に身を包んだ彼女も同じ気持ちなのか、ふたりはしばしの間見つめ合う。


 ミカエルはなんとか役目をこなし、入学式が終わってすぐに彼女に声をかけた。


『君に聖女の素質があると感じたのですが……名前を教えてもらえますか?』

『カレン・オルティスと申します。ミカエル枢機卿にこのように声をかけていただき、大変光栄でございます』


 カレンの声が心の奥まで浸透していき、魂を揺さぶるような感動がミカエルを襲う。


(カレンは私の運命だ……)


 ミカエルはまだ未成年であるカレンを想い、しばらくはそっと見守ることに決めた。


 卒業と同時に聖女へとスカウトして、カレンが聖教会に入ってさえくれればミカエルは運命を手にできると思っていた。


(だが、確実にカレンを私のものにするには、枢機卿では足りないな。聖教会のすべての権限を手中に収めねば)


 そうしてミカエルはカレンを手にするため、前教皇を引きずり落とす計略を練る。


 その二年後、二十二歳にして史上最年少の教皇となったのだ。




     ◇ ◇ ◇




 カレンは間違いなくミカエルの〝宿命の片翼〟だった。


 それを変えてしまったのは、おそらくあの賢者だ。学生時代からカレンのそばをうろつきミカエルの邪魔をする存在。


(ファウスト・エヴァリット……忌々しい奴め)


 ミカエルは穏やかな表情を浮かべたまま、ファウストを始末すると心に決めた。




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