目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第21話 賢者たちは計略を巡らす

 ファウストはカレンが立てた計画を聞いた直後、再び魔天城へ戻ってきた。


(あいつ……今度こそ、絶対に追い詰めてやる)


 魔天城は空中に浮かぶ巨大魔法都市で、中に入れるのは魔力の波動を登録した人間だけとなっている。


 しかも気象すら操る七人の賢者がその城を守っていることもあり、難攻不落の城塞とも言われていた。


 城の中は魔法であふれ、至るところに魔道具が使われている。この城に住めるのは賢者をはじめとした魔法使いとその家族だ。


 ファウストは魔天城の最上階にある一室を訪ねた。


「リュリュ」

「お、ファウストじゃん。彼女とはうまくいってるか?」


 リュリュはあらゆる風魔法を使いこなし、風の賢者と呼ばれている。深緑の髪と透き通るようなペリドットの瞳が特徴的だ。


 風魔法は言葉や手紙を遠方に届けることができる。他にも噂話や特定の人物の声を拾うこともできるうえ、攻撃魔法を放てば音もなく敵を切り刻み竜巻を起こすのだ。


 ファウストも風魔法は使えるが、リュリュには敵わない。


「力を貸してほしい。みんなにも……話したいことがある」

「うーん、深刻そうだな。まあ、全員集めるからちょっと待ってろ」


 賢者たちはファウストが初恋をこじらせていることも、カレンに並々ならぬ想いを抱いていることも知っている。


 そのことも踏まえてリュリュは賢者たちに召集をかけた。


「それで、ファウストが招集をかけるなんて珍しいな?」


 最初に口を開いたのは赤髪の炎の賢者レイドルで、昔は冒険者だったことから魔剣士として活躍し、賢者の中で唯一武器を所持している。


「とにかく話してみなさい」


 そう言ったのは水の賢者サーシャ・アルムガルドで、水色の髪とアクアマリンの瞳が美しい伯爵令嬢だ。戦略を練るのが得意で問題が起きると司令塔となる。


「できることがあれば協力する」


 端的な話し方の少年はセト。白髪にオレンジの瞳を持つ土の賢者で、最年少の十四歳だ。土魔法で小さな人形からゴーレムまで作れる。


「そうよ、わたしたちはいつでもファウストの味方でしょ」


 最後は光の賢者マージョリー・ノエルでダイヤモンドのような瞳に誰もが魅了される。賢者たちの姉のような存在で年齢に関する話は禁句だ。


 もうひとり闇の賢者がいるが、彼女は今他の任務にあたっていて長期出張中のため不在となっている。


 ファウストはひと呼吸置いて切り出した。


「……カレンが聖教会に戻った」


 一瞬の静寂の後。


「は?」

「嘘、マジで?」

「せっかく聖教会から助け出したのに?」

「だって、お前、その女のためにあれだけ……」

「…………!」


 サーシャ、リュリュ、マージョリー、レイドルがそれぞれ反応した。セトは驚きで両目を見開いている。


「カレンの親友を人質にされて、その子を助けるために戻らざるをえなかった」

「あー……確かにあの教皇ヤバい匂いしてたわ」


 教皇と取引をしたことがあったリュリュは遠い目でツッコミを入れる。そんなリュリュを無視してマージョリーがファウストに問いかけた。


「それで? ファウストはどうしたいの?」

「教皇の悪事の証拠を掴んで、カレンたちを助け出したい。そのためにみんなに手を貸してほしい」


 ファウストの覚悟が賢者たちに伝わると、賢者たちの瞳がキラリと光る。


「……まあ、ファウストがれた女のためだもんなあ」

「そうだね。相手が誰であろうと関係ない」


 真っ先にファウストの意志を尊重したのはレイドルで、セトがそれに続く。


「ファウスト。なにか策はあるの?」


 額に手を添えたサーシャがこんな風に聞くのは、協力すると言っているも同義だ。


「聖教会にいるカレンと連携を取って物的証拠を押さえたい。その間、教皇の目を逸らしてほしい」


 ファウストは仲間思いの賢者たちに感謝しながら、カレンの計画を話す。さらにオルティス領のドラゴンを討伐した際のことを伝えた。


「この前、ドラゴン二体を討伐したけど、その奥にエンシェントドラゴンの巣も見つけた。今は眠っているけど、今回の作戦に使えるかもしれない」


 エンシェントドラゴンとは通常よりも永い時を生きた化石のようなドラゴンで、蓄え込んだ膨大な魔力を使い様々な上位魔法を使用してくる厄介な敵だ。


 ひとたび目覚めたら本能のままに暴れ、一夜で国を滅ぼしたこともある危険な魔物である。


 そのため、見つけた際にはしっかりと準備を整え、賢者たちを筆頭にして討伐するのだ。


「なるほどね。サーシャ」

「ええ、難しくはないわ。リュリュ、確か聖教会は最近警備を強化したわね?」


 レイドルはサーシャにどうするのか訊ねると、サーシャはすでに作戦を組み立てはじめている。


「あ、それ教皇から追加注文が来たやつだ。転移魔法を使っても侵入できなくなってる」


 ミカエルは着々とカレンを取り返す準備を進めていたらしい。だからカレンが聖教会にいた時、ピンポイントで転移ができず、賢者の権力を使って強引に面会室へ行ったのだ。


「ファウストが開発した魔道具か……厄介だな」

「転移はできなくても闇魔法は使えるから、内部の情報を調べることはできる」


 現在発売している魔道具はほとんどファウストが開発したからこそ、その弱点も把握している。


「ふうん、わかったわ。必要なのは正確な情報とそれを裏付ける証拠。それなら聖教会と王族が横槍よこやりを入れないようにしたいわね」

「あ、情報集めならオレがやるよ。得意分野だし。手紙のやり取りもいけるけど?」


 リュリュが率先して手を挙げた。


「じゃあ、それはリュリュに頼むわね。ファウストは闇魔法で証拠集めよ」

「うん、わかった」


 ファウストは全属性の魔法が使えるため、不在となっている闇の賢者の役割を果たす。


「マージョリーは光魔法が使えるから聖教会を抑えて」

「任せてよ。結界の維持をして、教皇を振り回してやるから」


 マージョリーは過去の苦い経験から王族や貴族などの権力者が大嫌いだ。相手が教皇ということもあり、やる気十分である。


「セトは土魔法でいざという時のための身代わりを用意して」

「了解」


 セトの作る身代わりとは魔力を込めて作る土人形なのだが、生きている人間と区別がつかないほど精巧だ。


「レイドルと私は王太子と王国軍を引き連れてエンシェントドラゴンの討伐に行くわよ。王太子も引っ張っていけば、ファウストたちを邪魔する人間はいなくなるわ」

「いいねえ。久しぶりに暴れてくるか」


 元冒険者だけあって、レイドルは戦闘に特化した賢者だ。サーシャも変幻自在な水魔法で攻守どちらもこなすことができる。


「よろしくお願いします」


 ファウストは深々と頭を下げた。かしこまった態度が苦手なリュリュが、すかさずファウストを揶揄からかう。


「任せとけって! それより、もう告白したのか?」

「いや、まだそんな段階じゃない」

「そう言ってるうちにさらわれちゃうぞ」


 しかも冗談だとわかっていてもファウストがギョッとする内容だ。


「掻っ攫われる……!? 誰に!?」

「誰かは知んないけど、モタモタするなって話」

「そうそう、別に婚約者がいる相手に告白しても罪にはならないだろ?」

「た、確かに……」


 リュリュの話に便乗したレイドルのアドバイスが的を射た意見のように感じて、ファウストは納得してしまう。


 これもリュリュとレイドルなりの応援なのだが、真面目すぎるファウストには大きな刺激になることもあるのだ。


「ちょっと! あんたたち余計なことを言わないの! これだけ粘着してるファウストが暴走したら計画が水の泡になるじゃない!」

「粘着……やっぱり、そうだよな」

「あっ、大丈夫よ! ファウストには愛があるから! 嬉しい粘着だから気にしないでね」

「う、うん……」


 サーシャの容赦ないツッコミがファウストの胸をえぐった。ほんの少しだけ心当たりがあるだけに、フォローになっていないフォローではなかなか立ち直れない。


「応援してる」

「セト、ありがとう」


 だが、ポツリと呟くようなセトの励ましで、ファウストは笑顔になる。なんだかんだ言って、この仲間はファウストにとって居心地がいい。


「ねえ、ファウスト。ちょっと魔力の流れがおかしいみたいだけど大丈夫?」

「マージョリー、ありがとう。なにもないよ」

「ならいいけど……なにかあったらすぐに言うのよ」

「うん、わかった。その時は頼むよ」


 本当はたまに指先とつま先に痺れを感じる時がある。でも今はそれどころではない。

 なによりもカレン奪還が最終戦だ。


「カレンの計画通り、あいつらに地獄を見せよう」


 賢者を味方につけたカレンの計画が、いよいよ始動する。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?