目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第20話 悪女は聖女の仮面をつける

 カレンはその日から聖女に復帰した。


 翌朝、ミカエルの知らせを聞きつけた懐かしい顔ぶれが、笑顔でカレンを迎えてくれる。


「カレン様、戻られたのですね!」

「またご一緒できて嬉しいですわ……!」

「後でいろいろお話を聞かせてくださいませ」


 彼女たちは聖女として国のために尽くした仲間だ。聖女という特殊な立場ということもあり、結束力が強い。


「ありがとう。しばらくお世話になるわ」

「しばらくだなんて、ずっといてほしいくらいですよ」

「ところで、ケイティは?」


 カレンがさりげなくたずねると、聖女たちはサーッと青ざめる。


 どうやらケイティが独房に入っていることは、全員知っているようだ。それなら、誰かから詳しい話が聞けるかも知れない。


「あっ……ケイティは、その」

「それより、カレン様のお話を聞かせてください」

「そうですよ〜! 魔法研究所はどのようなところなのですか?」

「それ、あたしも気になっていました! 聞きたいです!」


 ひとりの聖女の機転によって話題が移り、カレンは質問攻めに合う。あまり詳しく話をすることもできないので、濁しながら話をしていた。


「君たち、カレンが困っているではありませんか。少し落ち着きなさい」

「教皇様……!」


 ミカエルは聖女たちを鎮めてカレンに手を差し出す。手を取り自分の後をついてこいと、カレンに無言の圧力をかけてきた。


「カレン、早速仕事をお願いできますか?」

「……わかりました」


 カレンはあえてミカエルの手を取らず隣に並ぶ。ミカエルは気にした様子もなく、執務室へと足を進めた。


 周りに人がいなくなったのを確認して、カレンはミカエルに声をかける。


「まずはケイティに会わせてください」

「ふふっ、せっかちですね。そんなところもかわいらしいですが」


 カレンは内心かなり引いた。前にファウストに褒められた時は単純に嬉しいだけだったのに、ミカエルにそんな風に言われてもちっとも心に響かない。


 よほど聖教会にカレンが戻ってきたことが嬉しいのか、ミカエルは執務室へ向かわず地下へ降りる階段を目指した。


 日の光も入らない薄暗い通路を進み、蝋燭に照らされた独房の前でミカエルは止まる。カレンが中を覗き込むと、ベッドの上で膝を抱える女性の姿が目に入った。


「ケイティ!」

「……? っ、カレン!!」


 ケイティはやつれた様子で鉄格子の前までやってくる。あかぎれだらけの指先をそっと包み込み、カレンは眉を寄せた。


「ごめんね、私のせいなの」

「違うわ。わたしが――」


 ケイティがなにかを話そうとするが、パクパクと口を動かすだけで声が出てこない。まるで話すことを禁じられているようだ。


「もしかして、制約がかけられているの?」

「まさか、この私がなんの手も打たずに、危険分子を放置するわけがないでしょう」


 カレンの背後からさも当然だというようにミカエルが口を挟む。すんなりカレンをこの場所に連れてきた理由を知り、ギリッと奥歯を噛みしめる。


「いいの、わたしはカレンに会えて嬉しい」

「ケイティ。大丈夫よ、すぐに出られるわ」


 カレンはケイティを安心させるように微笑んでミカエルに向き直った。


「約束です。ケイティを解放してください」

「いいでしょう。ですが、貴女の調査が先です。原因が判明したらケイティを解放しましょう」


 しかしミカエルはカレンと交わした約束に、さらに条件をつける。どこまでも食えないやつだと思いながら、カレンはミカエルに反論した。


「約束が違います」

「私はケイティを解放すると言いましたが、時期は明言していませんよ」


 この場で言い争ってもケイティが自分のせいだと気に止むだけだ。ここは一旦引いて仕切り直すしかない。


 腸が煮えくり返るのをこらえて、カレンはケイティに笑顔を向ける。


「ケイティ。また会いにくるわ。すぐにここから出してあげるからね」

「いいの、カレンこそ無理しないで。わたしは大丈夫だから……!」


 少しだけ笑顔を見せたケイティに安堵あんどして、カレンは今度こそミカエルの執務室へとやってきた。


「では、カレン。約束を守ってもらいましょうか」


 ミカエルは医師を手配しており、カレンの身体に異常がないか隅々まで調べさせた。その場で医師から結果を受け取り、人払いをして熱心に読み込んでいる。


「ふむ。身体に異常はないようですね」

「これで検査は終わりですか」

「いえ、まだ終わりではありません」


 そこで今度はカレンの左手を両手で包み込み、ミカエルは魔力を流し込んできた。その魔力は鋭くて冷たく感じる。


 魔力の相性がいいほど、相手に流し込んだ際に抵抗が少なく、心地いいと感じるのだ。この感覚ではカレンとミカエルは魔力の相性がいいとは言えない。


「ちょっと、なにを――」

「カレンの魔力に違和感を感じますね」

「え……?」


 まるで何度もカレンの魔力を感じてきたような言い方に引っかかる。前回の人生でカレンはこんな風にミカエルと触れ合ったことはなかった。


 それとも、ファウストのようにミカエルも魔力の波動を感じ取れるのだろうか。そんなことができるのは賢者と一部の魔導士だけなのだが。


「どうやら、カレンが私を〝宿命の片翼〟と認識しないのは、ここに原因が隠されていそうです」

「どういうことですか?」

「あの男からなにも聞いていないのですか?」


 ミカエルがいぶかしげな表情を浮かべて、カレンに視線を向ける。


「なんのことですか?」

「ふふふっ、なるほど。どうやら腰抜けのようですね。まあ、私には都合がいいですが」

「教皇様、なにを知っているのですか?」

「カレン。私たちは近いうちに夫婦になるのです。名前で呼んでください」


 カレンの問いかけに答える気がないようで、ミカエルは自分の言いたいことだけ伝えてきた。


 というか、カレンは聖女として戻ってきただけであって、ミカエルと結婚するなんてひと言も言っていない。


 無言を肯定と取られたらたまらないので、キッパリと断っておくことにした。


「まだ婚約者がいる身ですので遠慮します」

「ふむ。そうですか。仕方ありませんね。ではサイラスとの婚約解消をさっさと進めましょう」

「たとえ婚約を解消したとしても、教皇様とは結婚しませんけど」


 しかし、カレンの反抗的な言葉が琴線に触れたのか、ミカエルの背負う空気が一瞬で変わった。


「勘違いするな。お前は私のものだ」


 苛立ちを隠さないミカエルは、カレンを乱暴にソファーに押し倒す。カレンの両手を押さえ込んだミカエルは躊躇なく衣装に手をかけようとした。


 さすがに気を逸らさないと危険だと察知したカレンは、強気な態度でミカエルを制する。


「私と結婚したいなら宝物のように扱ってください。乱暴な男は嫌いです。それに慰謝料を高額で請求する予定なので、不貞行為に該当することは絶対にいたしません」

「ふはははっ、慰謝料か。そうですね。相手が王族ですから、搾り取ってやりましょうか」


 ファウストなら絶対にこんなことをしないのに、とも思ったがそれを口に出すのは止めた。


 幸いにも王族への慰謝料という言葉に気をよくしたので、ミカエルはカレンの両手を放してソファーから立ち上がる。


「残念ですが、カレンと結ばれるのは私たちの結婚式までお預けですね」


 ミカエルはカレンの銀色の髪をひと房すくい上げ口付けを落とした。

 この一連の流れでカレンは固く決心する。


(絶対にあんたなんかと結婚しないし、さっさと証拠を見つけ出してやるわ!!)




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?