「本当に無粋な男ですね」
「黙れ。カレン、帰ろう」
こめかみに青筋を浮かべたミカエルが、ファウストを射殺すような視線で睨みつける。
だが、ファウストはミカエルを一瞥しただけで、カレンを守るように隠して部屋を出ていこうとした。
カレンは慌ててファウストに耳打ちする。
「待って、ケイティが人質に取られているの」
「カレンの親友が……?」
そこでファウストはミカエルのやり口に察しがついた。おそらくケイティをどこかに閉じ込めてカレン宛の手紙を書かせて、ここへ来るように仕向けたのだろう。
しかも、ファウストが不在のタイミングを狙って。
「ケイティを放っておけないわ」
「僕がなんとかする。任せて」
「ファウスト……」
カレンはファウストと相談するのが最善だと判断し、一旦は聖教会を後にする。
去り際に「いつまでも待っていますよ。カレン」と言ったミカエルの言葉が、耳から離れなかった。
ファウストと共に魔法研究所に戻ったカレンは、厳重に結界を張られた魔道具研究室で早速相談することにした。
だが、ファウストの第一声はこうだった。
「カレン、絶対に聖教会に戻ったら駄目だ」
「ファウスト、でも……」
ファウストの心配はわかっているつもりだ。ミカエルは侮れない相手だし、巻き戻りの記憶もあるから一筋縄ではいかないだろう。
でも、カレンにも譲りたくないものがある。ケイティを助けるためには、やはり聖教会に戻らなければならないのだ。
「やっと聖教会から抜け出せたのに、また戻るなんて駄目だ! 僕がなんとかするから――」
「ファウスト、聞いて」
どうにも話を聞いてくれない様子のファウストの言葉を遮って、カレンは説得を試みる。
「これはチャンスよ」
「……そうは思えない」
王城へ行った時もそうだったが、ファウストはそれこそカレンを宝物のように扱ってくれた。だからそう簡単に説得できるとは思っていない。
「ケイティを助け出すのはもちろんだけど、教皇の裏の顔を暴いて破滅に追い込んでやりたいの」
「リスクが高すぎる!」
カレンはできるだけ穏やかな声で、ファウストを諭すように語りかけた。
「でも教皇の裏の顔を暴くためには、聖教会に戻らないと証拠が集められないわ」
「教皇なんて放っておけばいい。ケイティは僕が助け出すし、カレンはここにいれば安全だから」
確かにファウストなら力技でケイティを助け出すことができるだろう。しかし現時点でミカエルがケイティを不当に扱っているという証拠はない。
もし助け出すことができても、聖教会から追われるような身ではケイティの安全が保証できないのだ。
「ケイティをどうやって助け出すの?
「それは……」
「ねえ、ファウスト。私ね、あんな自己中心的で極悪な男に屈服なんてしたくないの」
カレンはだいぶ板についた悪女らしい笑みを浮かべる。
「どうせなら悪女らしく、相手を陥れて自分の思う通りにしようと思うのよ」
「でも、カレンを失ったら僕は――」
金色の瞳が不安に揺れた。
ファウストの真っ直ぐな気持ちが嬉しい。ここからカレンを想い、反対しているのはよくわかっているつもりだ。
だから安心させるように、ファウストだから頼りにしていると精一杯伝える。
「大丈夫。絶対に死なないし、ファウストならどんな逆境でも私を助けてくれるでしょう?」
「……絶対に助ける」
ファウストはカレンを助けると断言した。それならカレンにはなんの不安もない。
親友の言葉は真実なのだから。
「本当に危ない時は、ファウストを呼ぶわ」
「カレン、これだけは約束して」
「なに?」
今までにないほど真剣な眼差しで、ファウストはカレンを見つめる。
「絶対に死なないって約束して」
「ふふっ、もちろんよ。こんなところで死ぬ気はないから」
まだ思い描く自由を手にしていない。カレンの人生はまだまだ続くのだ。
「それにね、いいことを思いついたの」
「いいこと?」
「あのね――」
ファウストに今回の計画をすべて打ち明け、協力を頼んだ。
そうしてカレンは万全の準備を整え、三日後、再び聖教会へと戻る。
聖教会の純白の門扉が開くと、嬉しそうに笑うミカエルが立っていた。
「戻ってくると思っていましたよ。カレン」
ミカエルは天使のような笑みを浮かべながら、カレンを執務室へとエスコートする。人払いをして、ミカエルはカレンを背中から抱きしめた。
「ああ、カレン……待っていました」
吐き気をこらえてミカエルの腕を押し除け、カレンは淡々と用件を伝える。
「聖女に戻ります」
「ふはははっ! 結局、貴女は私のところに戻るしかないと理解できたのですね」
ミカエルの「だから言ったでしょう?」と言いたげな表情が、心底腹立たしい。だが、カレンだってただ戻ってきたわけではない。
「ですが、条件があります」
「どのような条件ですか? 内容によっては聞き入れましょう」
カレンが考えた条件は三つある。
「まずひとつ。ケイティを即刻解放してください」
「ええ、ケイティの解放は約束しましょう」
「ふたつ、サイラス様との婚約解消を手伝ってもらいます」
「なるほど。それは願ってもないことです、カレンは私の伴侶になる宿命なのだから」
ミカエルは教皇の椅子へ腰を下ろし、両手を組んでカレンを見据えた。
続きを話せというようにミカエルの視線が突き刺さる。カレンは真っ向から鋭い視線を受け止め、ニヤリと笑い口を開いた。
「そのために聖教会内では私の自由を約束してください」
最後の条件が本命だ。
いくら聖女に戻っても以前のように余裕がなければ調査どころではない。
「自由ですか……それには条件があります」
「どのような条件ですか」
カレンはさまざまな提案を想定して、どのように対応するのか考える。
「カレンがどうして私を〝宿命の片翼〟だと認識しないのか調べたいのです。それに協力してもらいましょう」
「……自由を約束してくれるなら、協力します」
どうやらミカエルは〝宿命の片翼〟に相当な関心があるようだ。
ファウストが提案してくれた最終手段もあるし、いざとなったらいつでも逃げられるようにしておけば問題ないとカレンは判断した。
「では、交渉成立ですね」
ミカエルの天使のような微笑みに、カレンは底知れぬ闇を感じた。