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第14話 邪悪な男

「グレハース侯爵夫人、本日はお招きいただきありがとうございます。お騒がせしておりますが、難癖をつけられたので反論していたのですわ」

「ち、違うのです! この女がサイラス様と婚約を結んでいるのに、別の男性をパートナーにしていて……!」


 挨拶もしない令嬢の言葉にグレハース侯爵夫人の視線が細められた。不貞を許せない夫人は無礼な令嬢は無視して、カレンをギロッと睨みつける。


「まあ、パートナーを変えるくらいよろしいではありませんか。サイラス様はある方と特別に深い関係になっていますもの。それよりはマシでしょう?」

「……証拠もないのに、他人をおとしめる発言はおよしなさい」


 カレンが被害者であると発言したことでグレハース侯爵夫人は眉を寄せたが、た続く言葉は少しだけ柔らかかった。


「証拠はすぐに集まると思いますわ。だって彼女は三日と明けずにサイラス様の執務室を訪れて、とっても仲良くされておりますもの。皆さんもお見かけしたことがあると思いますわよ?」


 カレンの言葉でざわりと貴族たちがどよめき立つ。「まさか……」「だが、聖女だぞ」「使いだと言っていたが……」とカレンの耳に届いた。


 この数カ月で集めた証拠で確信している。メラニアは昼も夜も時間を問わず、サイラスの執務室を訪れていた。


(誰とは言っていないけど、サイラス様を頻繁に訪ねる女性と言ったらメラニア様しかいないものね)


 もう十分過ぎるほど証拠は集まっているから、カレンがすべてを知っているとサイラスに伝わっても問題ない。


(むしろ早く裏切り者を叩き潰したいわ……!)


 高揚感を抑えてカレンは言葉を続ける。


「まあ、私を信じてもらえなくても構いませんわ。いずれわかることですから」

「カレンは嘘を言っていない。必要なら七賢者である僕が証明しよう」


 ファウストの強力な後押しに、カレンは心からの笑みを浮かべた。


「それでは私はこれで失礼いたします」


 目的は果たしたカレンは優雅にカーテシーをしてファウストと共に会場を後にしたのだった。




     * * *




 グレハース侯爵家の夜会から三週間後、サイラスは文官からある噂について報告を受けた。


「俺が……浮気者だと!?」

「はい。相手は筆頭聖女のメラニア様で、先日の夜会でカレン・オルティスがそのように吹聴したと聞いております」


(ど、どうしてカレンがそのことを……!? そもそもカレンが来ていた時はメラニアを退けたし、ほとんどここに来ていないじゃないか……!)


 カレンを自分のものにしたいサイラスは、浮気がばれたことに焦り思考が空回りする。


「ありえない、カレンにばれるようなことは……」

「サイラス殿下、どのように対処いたしますか?」


 ブツブツと独り言を呟いていたサイラスに文官が声をかける。


「少し考えさせてくれ。とりあえずお前は下がっていい。続報があったら俺に知らせろ」

「承知いたしました。失礼いたします」


 文官が去った後、サイラスは深いため息をついて背もたれに身体を預けた。


 カレンが魔道具を設置してから、行動には十分注意を払っていたはずだ。プライベートな空間は映さないように命令してある。


(いったいどこで……まさか、メラニアか? あの女がばらしたのか?)


 的外れな考えだが、それを訂正する者はいない。

 サイラスは見当違いな怒りを抱き、教皇とメラニアを王城へ呼び出した。




 それから程なくして、教皇とメラニアはサイラスの執務室へやってきた。

 メラニアに会うのは二週間ぶりだったが、すっかりやつれて覇気がなく、かなり老け込んでしまったように見える。


「メラニア……いったいなにがあった?」

「サイラス様……た、助けて! 助けてください!! わたくしを王太子妃にしてくださると約束しましたよね? 今すぐ、今すぐに結婚してください!!」


 サイラスが思わず声をかけたら、メラニアが取り乱しながらすがってきた。筆頭聖女の変貌に困惑していると、教皇が聞いたこともないような低い声でメラニアを叱責する。


「何度言ったらわかるんだ? お前の頭にはゴミしか詰まっていないのか。私の前でみっともない真似をするなと言っただろう」

「ひっ! 申し訳ございません! 申し訳ございません!!」


 メラニアは床に額を擦りつけて教皇に謝罪した。サイラスはどうしてこうなったのかわけがわからず、教皇へ問いかける。


「これは……どういうことなんだ?」

「サイラス殿下、大変失礼いたしました。原因はこの女なのです」

「原因……?」

「ええ、カレンが聖協会を辞職したのも、サイラス殿下の不貞の噂が流れたのも、この女が余計なことをしたせいです」

「ゔああっ!」


 教皇は穏やかな微笑み浮かべながら、メラニアの手を思いっ切り踏みつけた。


「メラニア。お前の罪を述べろ」

「わ……わたくしは、自分の方が王太子妃にふさわしいと思い、サイラス様との結婚を、望みました。そこでカレンを……は、排除しようとして悪い噂をたくさん流し……ました」


 メラニアがガタガタと震えながら、己の罪を暴露していく。

 その間も教皇はメラニアの手の甲を踏みつけたまま、冷酷な灰色の瞳で見下ろしていた。


「それだけではないだろう。正直にすべて話せ」

「サ、サイラス様と男女の中になりました……! カレンが憎たらしくて、サイラス様と一緒に悪女だと言いふらして、結界の維持をひとりでやらせました! その他にも、意地悪をしていました! も、申し訳ございません!!」


 静まり返った執務室には、メラニアの嗚咽おえつだけが聞こえる。サイラスは今までの温和な教皇しか知らず、こんな残虐な面も持っていることを初めて知った。


(だが、俺は王族だ。あくまでは立場では俺の方が優っている。教皇が残虐非道な男だとしても、恐れることはない)


「ふむ、だいたい吐いたな。では、サイラス殿下」


 サイラスは教皇に突然声をかけられ、思わずビクッとする。


 灰色の瞳はどこまでも仄暗ほのぐらく、まるで温度を感じない。サイラスのこめかみから冷や汗が流れた。


「私の計画を大きく狂わせた罪を、どのように償いますか?」


 教皇の突き刺さるような視線は、サイラスをジリジリと追い詰める。本来であれば王族の方が強い立場なのに、教皇から静かに放たれる怒気に怖気付いてしまった。


 恐怖心を振り払うように、サイラスと声を荒げる。


「罪とは大袈裟だ! 最初の計画通り、膨大な魔力を得て国王になったらお前を優遇するのは変わりない」

「そんなことはどうでもいい。私にはカレンが必要なのに、お前たちのせいで手放す羽目になったのだ!!」

「……っ!」


 教皇はサイラスの襟元を掴み、至近距離で怒り解放した。

 その迫力にサイラスは腰が引けるが、王族としてのプライドから教皇へ反論する。


「カ……カレンは俺の婚約者だ」

「はあ、本当に馬鹿には話が通じない」

「なんだと!?」

 いくら教皇といえども馬鹿呼ばわれ、サイラスはカッとなった。教皇はサイラスに侮蔑の視線を向けて言葉を続ける。


「賢者ファウストがカレンの後ろについて、簡単に手出しできなくなったことにも気が付いてないのだろう?」

「カレンは俺の婚約者だから、手出しできないのは向こうだ!」

「そんな頭で国王になるつもりなのか? あきれるな」


 いよいよ見切りをつけたというように、教皇はサイラスの襟元を放した。反動でよたよたと後ろに下がり、サイラスは執務机に手をついてしまう。


 屈辱的な扱いを受けているが、サイラスはこれ以上教皇に逆らうことができない。


「いいか。私の計画に乗るなら、二度と勝手な真似はするな」

「…………」


 カレンを婚約者にしたのも、魔法契約を使って魔力を奪う計画を立てたのも、すべては教皇の采配だからだ。


(くそっ……! 王族に対してこのような扱いをしやがって……!)


 結局、サイラスもまた都合よく扱われる駒のひとりでしかなく、真の邪悪な男は、教皇ミカエル・バルツァーであった。



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