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第12話 いつもと違う親友

 カレンはひとつ疑問に思った。


「それにしても、どれくらい証拠を集めたらいいのかな?」


 それはサイラスが有責であると示す証拠についてだ。確実に真実を伝えるためには、どれほどの物的証拠が必要なのだろうか。


「誰もが納得するくらいの証拠となると、一度だけでは駄目だろうな。少なくとも三回以上あれば継続性があったと言えるか」

「三回……」


 たしかに一回だけでは常習性があるとは言えない。複数回の証拠を用意しなければ誰も納得しないだろう。カレンの中では二度目だが、記録水晶では一回だけだからまだ不十分だ。


 しかし、あと最低二回はあんな映像を見ないといけない。できることならさっさと終わらせたいとカレンは思った。


「大丈夫だ。あいつらは馬鹿だから、すぐに証拠は集まる」

「馬鹿って……」


 ファウストの毒舌にポカンとしてしまう。カレンは親友の優しい言葉しか知らないし、こんな一面があると思わなかった。


 もしかしたら、カレンがひどい目にあったから怒ってくれているのだろうか。そう思うと心がポカポカと温かくなる。


「こんなに魅力的な婚約者がいるのに浮気するなんて馬鹿だろ」

「ふふふっ、そう言ってくれてありがとう。正直、女として自信をなくしていたから嬉しいわ」


 カレンは大きく傷ついたことで、自分の価値を信じられなくなっていた。なにが駄目だったのかたくさん考えたけれど答えは見つからない。


 カレンは結婚相手としてなんの価値もないのかとまで思った。


「自信を持って。カレンは誰よりも繊細で優しく美しい。それだけじゃなくて、学生の頃から勤勉で努力家なのも僕は知っている。幸せになるべき女性だから、もっと自信を持って」

「あ、ありがとう……」


 たとえカレンを励ますための嘘だとしても、ファウストの言葉が嬉しくて泣きそうになってしまう。慌てて俯いたら、ファウストが沈んだ声で謝った。


「あっ、ごめん……また悪い癖が出た」

「悪い癖?」

「夢中になったら、つい話し過ぎてしまう」


 そういえば、学生の頃も魔法の話は尽きることなく話していた。それがとても楽しかったから、もっと聞いていたかったくらいだが。


 それに、今のは落ち込んだカレンを慰めるための発言だ。嬉しい気持ちばかりで、嫌なことなんてひとつもない。


「悪い癖だなんて思わないわ。親友を慰めようとしてくれただけじゃない」

「親友……」

「どうかした?」


 ファウストはグッと眉間に皺を寄せている。なんだか納得いかない様子だが、カレンは原因がわからない。


「カレンは、どんな相手なら結婚したいと思う?」

「結婚ねえ……ちょっと今はそんな気持ちになれないかな」

「そうか」


 心なしかファウストがしょぼんとしたように見える。先ほどから親友の様子がいつもと違うので、具合でも悪いのかと思ったが顔色は悪くない。


(あ、もしかしたらご両親からなにか言われたのかも! 今まで結婚とか話題にもなかったのに、公爵様からせっつかれたのかしら?)


「それよりファウストは? 婚約者の話は聞いていないけど、公爵家だしいろいろあるんじゃない?」

「ああ……そうだね。せめて婚約しろって何度も言われてる」


 ファウストは賢者であるが、公爵家の令息でもある。


 恋愛結婚することもまれにあるが、貴族なら家門のことを考えて政略結婚をするのがほとんどだ。


 早ければ十歳くらいで、遅くても二十歳までに婚約するのが一般的だから、賢者になったことで猶予をもらっていたのかもしれない。


「そっか……ファウストの婚約者が決まったら教えてね。こんな風にふたりで作業しないよう気を付けるから」

「そんな必要ない」

「でも、家門のためにも結婚は必要でしょう?」

「結婚……したい人はいる」


 衝撃の発言がファウストの口から飛び出した。

 カレンは相手が誰なのか猛烈に気になって仕方ない。


「ええっ! 誰!? 私の知ってる人!?」

「うん」

「えええええ! 誰かしら……共通の友人? うーん、それとも名門のご令嬢? まさかの聖女?」

「まだ秘密」


 なんということか、カレンの知人にファウストの恋の相手がいるようだ。しかし、いくら聞いてもファウストは決して口を割らない。


「ねえ、教えてよ。協力するから!」

「……協力? 本当に?」


 きらりと金色の瞳が光る。鋭さを増したファウストの眼差しを見て、よほど真剣に想っているのだとカレンは理解した。そして、それがとても羨ましいと思う。


「うん、ファウストが幸せになるなら、私ができることはなんでもする」

「じゃあ、僕のお願いは断らないって約束して」

「そんなんでいいの?」

「それが僕にとっての協力だから」

「わ、わかったわ」


 犯罪でもない限りファウストのお願いを断るつもりはないが、よほど頼みにくいことなのだろうか。カレンは戸惑いながらも親友の申し出を受け入れた。


「じゃあ、早速。ハグさせて」

「へっ!?」


 カレンは令嬢らしからぬ声をあげる。


 なぜ、ここでハグなのか。しかも好きでもない女を抱きしめたところで、ファウストになんの得があるというのか。

 カレンの頭は疑問でいっぱいになる。


「ファウストが結婚するための協力なのに、なぜ私をハグするの?」

「将来のための練習がしたい」


(将来のためって……好きな相手と仲良くする練習をしたいということ?)


 まったくに落ちない説明だが、真面目なファウストのことだから、彼にとっては必要なことなのかもしれないと無理やり納得した。


「そう。でも私じゃなくてもよさそうだけど……」

「カレンがいい。お願い聞いてくれるんでしょ?」

「う、うん」


 ゆっくりと差し出されたファウストの手を取ると、意外と逞しい腕の中にカレンはすっぽり収まる。


(なんだか変な気分……ファウストは親友なのに、意識してどうするのよ)


 ファウストの爽やかな柑橘系の香りに包まれていると、不思議と心が穏やかになる。


 この広い背中に守られているように感じるからなのか、カレン好みの香りでリラックスするからなのか、どちらにしてもファウストの腕の中は居心地と思った。


「はあ……カレンの匂いがする。細くて柔らかい」


 しかし、ファウストの呟きを聞いたら、急に居心地が悪くなった。

 恥ずかしいから、深呼吸するように匂いを嗅がないでほしい。それに貧相な身体だと思われたみたいで、少しだけ落ち込む。


「も、もういいかな? まだ仕事が残ってるの」

「うん。ありがとう」


 ホクホクした顔のファウストとは反対に、カレンは無になってデータをまとめることに没頭した。


 そんな平和な時間を過ごしていたカレンだが、この後、新たな問題に直面する。



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