カレンはひとつ疑問に思った。
「それにしても、どれくらい証拠を集めたらいいのかな?」
それはサイラスが有責であると示す証拠についてだ。確実に真実を伝えるためには、どれほどの物的証拠が必要なのだろうか。
「誰もが納得するくらいの証拠となると、一度だけでは駄目だろうな。少なくとも三回以上あれば継続性があったと言えるか」
「三回……」
たしかに一回だけでは常習性があるとは言えない。複数回の証拠を用意しなければ誰も納得しないだろう。カレンの中では二度目だが、記録水晶では一回だけだからまだ不十分だ。
しかし、あと最低二回はあんな映像を見ないといけない。できることならさっさと終わらせたいとカレンは思った。
「大丈夫だ。あいつらは馬鹿だから、すぐに証拠は集まる」
「馬鹿って……」
ファウストの毒舌にポカンとしてしまう。カレンは親友の優しい言葉しか知らないし、こんな一面があると思わなかった。
もしかしたら、カレンがひどい目にあったから怒ってくれているのだろうか。そう思うと心がポカポカと温かくなる。
「こんなに魅力的な婚約者がいるのに浮気するなんて馬鹿だろ」
「ふふふっ、そう言ってくれてありがとう。正直、女として自信をなくしていたから嬉しいわ」
カレンは大きく傷ついたことで、自分の価値を信じられなくなっていた。なにが駄目だったのかたくさん考えたけれど答えは見つからない。
カレンは結婚相手としてなんの価値もないのかとまで思った。
「自信を持って。カレンは誰よりも繊細で優しく美しい。それだけじゃなくて、学生の頃から勤勉で努力家なのも僕は知っている。幸せになるべき女性だから、もっと自信を持って」
「あ、ありがとう……」
たとえカレンを励ますための嘘だとしても、ファウストの言葉が嬉しくて泣きそうになってしまう。慌てて俯いたら、ファウストが沈んだ声で謝った。
「あっ、ごめん……また悪い癖が出た」
「悪い癖?」
「夢中になったら、つい話し過ぎてしまう」
そういえば、学生の頃も魔法の話は尽きることなく話していた。それがとても楽しかったから、もっと聞いていたかったくらいだが。
それに、今のは落ち込んだカレンを慰めるための発言だ。嬉しい気持ちばかりで、嫌なことなんてひとつもない。
「悪い癖だなんて思わないわ。親友を慰めようとしてくれただけじゃない」
「親友……」
「どうかした?」
ファウストはグッと眉間に皺を寄せている。なんだか納得いかない様子だが、カレンは原因がわからない。
「カレンは、どんな相手なら結婚したいと思う?」
「結婚ねえ……ちょっと今はそんな気持ちになれないかな」
「そうか」
心なしかファウストがしょぼんとしたように見える。先ほどから親友の様子がいつもと違うので、具合でも悪いのかと思ったが顔色は悪くない。
(あ、もしかしたらご両親からなにか言われたのかも! 今まで結婚とか話題にもなかったのに、公爵様からせっつかれたのかしら?)
「それよりファウストは? 婚約者の話は聞いていないけど、公爵家だしいろいろあるんじゃない?」
「ああ……そうだね。せめて婚約しろって何度も言われてる」
ファウストは賢者であるが、公爵家の令息でもある。
恋愛結婚することも
早ければ十歳くらいで、遅くても二十歳までに婚約するのが一般的だから、賢者になったことで猶予をもらっていたのかもしれない。
「そっか……ファウストの婚約者が決まったら教えてね。こんな風にふたりで作業しないよう気を付けるから」
「そんな必要ない」
「でも、家門のためにも結婚は必要でしょう?」
「結婚……したい人はいる」
衝撃の発言がファウストの口から飛び出した。
カレンは相手が誰なのか猛烈に気になって仕方ない。
「ええっ! 誰!? 私の知ってる人!?」
「うん」
「えええええ! 誰かしら……共通の友人? うーん、それとも名門のご令嬢? まさかの聖女?」
「まだ秘密」
なんということか、カレンの知人にファウストの恋の相手がいるようだ。しかし、いくら聞いてもファウストは決して口を割らない。
「ねえ、教えてよ。協力するから!」
「……協力? 本当に?」
きらりと金色の瞳が光る。鋭さを増したファウストの眼差しを見て、よほど真剣に想っているのだとカレンは理解した。そして、それがとても羨ましいと思う。
「うん、ファウストが幸せになるなら、私ができることはなんでもする」
「じゃあ、僕のお願いは断らないって約束して」
「そんなんでいいの?」
「それが僕にとっての協力だから」
「わ、わかったわ」
犯罪でもない限りファウストのお願いを断るつもりはないが、よほど頼みにくいことなのだろうか。カレンは戸惑いながらも親友の申し出を受け入れた。
「じゃあ、早速。ハグさせて」
「へっ!?」
カレンは令嬢らしからぬ声をあげる。
なぜ、ここでハグなのか。しかも好きでもない女を抱きしめたところで、ファウストになんの得があるというのか。
カレンの頭は疑問でいっぱいになる。
「ファウストが結婚するための協力なのに、なぜ私をハグするの?」
「将来のための練習がしたい」
(将来のためって……好きな相手と仲良くする練習をしたいということ?)
まったく
「そう。でも私じゃなくてもよさそうだけど……」
「カレンがいい。お願い聞いてくれるんでしょ?」
「う、うん」
ゆっくりと差し出されたファウストの手を取ると、意外と逞しい腕の中にカレンはすっぽり収まる。
(なんだか変な気分……ファウストは親友なのに、意識してどうするのよ)
ファウストの爽やかな柑橘系の香りに包まれていると、不思議と心が穏やかになる。
この広い背中に守られているように感じるからなのか、カレン好みの香りでリラックスするからなのか、どちらにしてもファウストの腕の中は居心地と思った。
「はあ……カレンの匂いがする。細くて柔らかい」
しかし、ファウストの呟きを聞いたら、急に居心地が悪くなった。
恥ずかしいから、深呼吸するように匂いを嗅がないでほしい。それに貧相な身体だと思われたみたいで、少しだけ落ち込む。
「も、もういいかな? まだ仕事が残ってるの」
「うん。ありがとう」
ホクホクした顔のファウストとは反対に、カレンは無になってデータをまとめることに没頭した。
そんな平和な時間を過ごしていたカレンだが、この後、新たな問題に直面する。