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第10話 王太子の未来

 その夜、サイラスは執務室でこれからの未来について考えていた。


 もしかしたら、魔道具で自身の魔力不足が解消されるかもしれないのだ。

 魔力をすべて奪うと絶命すると聞いているが、魔道具で魔力を補えばあの美しく妖艶なカレンを妻にして好きなだけ貪ることができる。


(ただのえない田舎者だと思っていたが……想像以上にカレンは俺の役に立ちそうだ)


 毒花のようなカレンの美しさは非常に魅力的で、最近ではメラニアに対して気持ちが動かなくなってきた。


 すでにサイラスの中での優先順位が変わり、メラニアを王城へ呼び出すことはめっきり減っている。


(魔力増幅の魔道具があれば……メラニアもあの男も俺には必要ない)


 ここで方向転換が必要だとサイラスは決心した。


(魔力さえあれば、俺は世界一なのだ……! この俺が帝国を築き上げ、世界の皇帝となるのだ!!)


 膨らむ欲望は果てしなく、サイラスはニヤリと笑う。

 その時、突然、執務室の扉が開かれ、聖教会に帰ったはずのメラニアが入ってきた。


「サイラス様、昼間はどうしてわたくしよりもカレンを優先したのですか!?」

「ああ、カレンの研究に協力しているからな。聖女殿は急ぎの用件だったのか?」


 面倒に思いながらも、涙をこぼすメラニアを受け止めようとして手が止まる。


(待て、この執務室にも魔道具が設置されている。ここでメラニアと親密な様子を記録されるのは悪手だ)


「聖女殿だなんて……どうか名前で呼んでください。それに、いつもならここでたくさん愛して――」

「しっ! 魔道具が設置されている。静かにしろ」


 カレンに会話を聞かれたくないサイラスは、ベラベラとしゃべるメラニアを黙らせた。ささやき声なら記録水晶に残らないと思いつき話を続ける。


「大きな声を出すなよ。カレンが設置した魔道具に記録されるからな」

「そんな……これでは見張られているみたいです」


 メラニアは眉間にしわを寄せて不機嫌を隠さずに呟く。


 以前はそんなあけすけな様子がかわいいと思えたが、カレンの優雅な立ち居振る舞いを見た後では品のない行動としか感じない。


「しばらくは我慢しろ。魔道具を開発した成果は俺のものになる」

「はあ……そういうことなら我慢しますけど」


 なんとか状況を理解させたサイラスは、このままメラニアを追い返すつもりだった。


 魔道具があると言えば簡単に引き下がると思ったが、メラニアはそれだけで納得せず身体をすり寄せてくる。


「それでは今夜は抱いてもらえないのですか? 愛されている証がほしいのに……」


(今ここで抱けと言うのか? ……いや、できなくもないか。プライベートは映すなと命じたから、休憩で使うソファーなら問題ないだろう)


 サイラスはここで欲を発散させておくのも悪くないと思い直した。それに今メラニアを抱いておけば、しばらくは煩わされることもない。


「……声を我慢できるなら抱いてやる。こっちに来い」

「はい……!」


 メラニアの押しに負けて、サイラスは執務室のソファーで情事にふけった。



     * * *



 魔道具の設置が終わってから一週間後、カレンは設置した魔道具を新しいものと交換し、内容のチェックをしていた。


 室内にはカレンとファウストだけだが、なんともいえない空気が二人の間に流れている。


 魔道具の動作に問題がないか確認したところ、早速サイラスとメラニアの情事の様子が記録に残っていたのだ。


(き、気まずい……とんでもなく気まずいわ……!!)


 サイラスにとって、執務室のソファーはプライベートな空間だったらしい。執務室内にそんな空間があると思わなかったカレンは、しっかりと録画範囲に入れていた。


 しかも囁き声までしっかりと聞こえるほど高音質で、生々しい音声が流れている。もしかしたらくらいには考えていたが、ここまではっきり残っているとは思わず気まずくて仕方がない。


 映像と音声が終了し、カレンは覚悟を決めて口を開いた。


「も、問題はなさそうね。あんな小さな声も記録されているなんて、すごい性能だわ」

「そうだな。かなり鮮明に写っているし、話し声もすべて拾っている。証拠として十分だろう」


 記録水晶を片付けようとして、ファウストと手が触れ合う。


 ドキッとして思わず視線を向けると、金色の瞳がカレンを捕らえていた。ファウストと視線が絡み合ったまま動けない。


「カレン……」


 ファウストの美麗な顔立ちが少しずつ近づき、カレンの心臓は鼓動を早める。ファウストで視界が埋め尽くされたその時。


「葉っぱがついてる」

「えっ?」


 髪の毛に絡まりついた木の葉を、ファウストは繊細な手つきで取ってくれた。どうやら庭園の記録水晶を回収してきた時についたようだった。


「あ、ありがとう」


 変な空気のせいで、ファウストを妙に意識してしまった自分が恥ずかしくてふいっと顔を逸らす。


 一瞬、ファウストにキスされると思ったが、そもそも親友なのだからそんなことをするはずがない。それにカレンは一応婚約者がいる身だから、真面目なファウストが手を出すわけもなく。


(もう、あんな妄想をした自分が恥ずかしい……!!)


 穴があったら入りたいと心底思った。


 恥ずかしそうに頬を染めるカレンを見て、ファウストの心臓も早鐘を打つように鼓動している。そして心の中で密かにため息をついた。


(はあ、なんとか踏みとどまれた。あの時からずっと、僕は……)


 ファウストの脳裏に学園時代のカレンとの思い出が鮮やかに甦る。

 カレンと初めて出会ったのは貴族学園に入学して半年後のことだった――。



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