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第9話 噂通りの悪女ですが

 それから二カ月後、カレンは研究員たちと共に王城を訪れた。


 この日はドレスではなく魔法研究所の制服を着用している。

 白いブラウスに淡い紫のリボンとスカート、その上に白衣をはおり胸元には魔法研究員の証である八芒星はちぼうせいのピンバッジがきらりと光っていた。


 サイラスの執務室をはじめ、王城の通路に水晶型の魔道具を設置していく。しかし執務室で作業しようとしたカレンはサイラスに大声で怒鳴りつけられた。


「いったい何事だ!? こんな大人数で押し寄せるとは聞いてないぞ!」

「あら、先日お手紙でお知らせした件ですが、ご覧になっていませんか?」

「て、手紙……? あ、あれか!」


 しれっと言い返したカレンの言葉でサイラスは慌てて引き出しを漁り、一通の手紙を引っ張り出す。


 その手紙にはカレンの魔道具の研究に協力してもらえないかと書かれており、魔道具開発の功績にはサイラスの名前も載せるというものだ。


(気前よく返事を寄越したくせにもう忘れたのかしら?)


 一週間前にサイラスからどんなことでも協力をすると返信が来ていた。そこで日時を指定した手紙を送り返したというのに、すっかり忘れていたらしい。


「サイラス様、思い出していただけましたか?」

「あ……ああ、好きにやって構わん。だがプライベートは映らないようにしろ」

「承知いたしました」


 それからカレンは数日置きに王城に出向いては、城中の至るところに魔道具を設置していく。三度目の訪問で庭園に魔道具を設置すると伝えると、サイラスも一緒にやってきた。


 おそらく実験に協力しているところを大勢の貴族に見せつけ、自分の功績にするつもりなのだろう。

 ざわつく心をなだめながら、カレンは無心で作業を進めた。


「それで、この魔道具を設置してなんになるのだ?」

「大気中を浮遊している魔力の素を集められないか実験しているのです」

「集められるのか?」

「理論上は可能です。そのための記録水晶を開発していまして、こちらの機材は魔力の動きを感知して映像と音声を保存できるようになっております」


 不当な証拠だと握り潰されないように、細心の注意を払って記録水晶の説明をする。実際にさまざまな使い道がある魔道具を開発しているので、内容にも嘘はない。


「城内の映像と音声を録画か。機密事項を取り扱うこともあるのだぞ」

「こちらはあくまで研究実験ですので、国営に関することは口外いたしません。それに、これが成功すれば魔力の増幅の魔道具開発も捗ることでしょう」

「魔力……増幅?」


 もしサイラスが協力的でなかった場合のことを考えて、絶対に無視できない内容の魔道具開発だと思わせるため、魔力増幅につながる研究だと示唆した。


「申し訳ございません、その部分は機密事項になりますのでご内密にお願いします」

「そ、そうか……その、研究に必要なことがあれば、なんでも俺に相談するといい。力になってやる」

「ありがとうございます。サイラス様のおかげでいいデータが取れそうです」


 サイラスはこれが自分の役に立つ研究だと思い、満面の笑みで大きく頷く。


(まあ、魔力増幅の魔道具が開発されるまで、あと十年はかかるでしょうけどね)


 そう思いながら、カレンはサイラスへ冷たい視線を向けた。




 庭園が広く記録水晶の設置箇所を調整しながらだったので、カレンたちの作業は午後になっても続いている。

 サイラスは相変わらず機嫌よさそうに作業を眺めていた。


(見ているだけならさっさと執務室へ戻ったらいいのに……)


 カレンはうんざりした気分で視界に入ってくるサイラスから視線を逸らす。

 だが、この日はこれだけでは終わらなかった。


「サイラス様……! これは、いったいどういうことですか!?」


 甲高い叫び声が庭園に響き渡り、見慣れた純白のローブをまとった女性がズカズカと大股で近づいてきた。


(あら、メラニア様は随分ご立腹の様子ね)


 怒りで顔をゆがませ、いつもの穏やかな微笑みは消え去っている。

 研究員は手を止めて声の主に視線を向けたものの、すぐに興味をなくして作業に戻った。


「メラニア、なんの用だ? 今忙しいのが見てわからないか?」

「そっ! それは……でも、どうしてカレンがここにいるのですか!? 魔法研究所にいるのではないですか!?」


 メラニアは最近カレンが王城に出入りしているという情報をつかみ、教皇の使いとして城までやってきたのだ。


 サイラスからの連絡がめっきり減っている状況で、密かに不安を抱えていた。

 メラニアに夢中になっていたはずなのに、いつの間にかカレンとの距離が縮まっているとなれば黙っていられない。


 だが、黙っていられないのはカレンも同じだ。

 今までと同じように搾取されるつもりはないし、カレンを馬鹿にするのを許すつもりもない。


「あら、聖女を辞職した今、私がどこにいようとメラニア様に関係ありませんわ。ましてや私はサイラス様の婚約者ですし一緒にいてなにが悪いのですか?」


 カレンはサイラスの正式な婚約者である。もっともな正論にうまく言い返せないメラニアは、悔しさで顔を赤く染め叫ぶような声をあげた。


「なっ、なんですって!? あんたなんてただ魔力を奪――」

「メラニア!」


 サイラスの怒声にメラニアはハッとして口をつぐむ。

 ふたりは焦った様子でヒソヒソと話をしている。そんなサイラスたちを見て、カレンは笑みを深めて言葉を続けた。


「まあ、私がなんですの?」

「なんでも……ないわ」

「そう、ではお帰りください。サイラス様へのれしい態度がしゃくに障りますし、作業の邪魔ですわ」

「はああっ!?」


 悪女と噂される通り、カレンは慇懃いんぎん無礼に振る舞う。ただ思ったことをぶちまけているだけだが、メラニアには効果的で怒りのあまり言葉が出てこないようだ。

 さらにサイラスはこの場を収めるため、メラニアに冷たく言い放つ。


「メラニア、お前は聖教会へ戻れ」

「サイラス様!」


 今までそんな態度を取られたことがないのか、メラニアはショックを受けたようでサーッと青ざめた。


「カレン、騒がせたな。作業を続けてくれ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 優雅に微笑むカレンを睨みつけ、メラニアは今度は真っ赤な顔で聖教会へ帰っていく。その後もカレンと研究員たちは黙々と作業を進めて、所定の場所に魔道具を設置し終えた。


(サイラス様が愚かなおかげで順調だわ)


 サイラスはカレンにうまく転がされ、自らの破滅を招く計画に協力するのだった。



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