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第8話 貴方の思い通りにはなりません

 どんな罵声を浴びせられるかと身構えていたが、サイラスは驚いた様子で口をポカンと開きカレンを見つめている。


「サイラス様、本日は特別にお話があると伺いまいりました」


 いつものようにカーテシーをするが、一挙手一投足に熱い視線を感じて居心地の悪さを感じた。


(なんなの? ウェディングドレスを着た時だってこんなにジロジロ見られなかったのに)


 ハッとしたサイラスは、咳払せきばらいをしてから口を開く。


「カレン、聖女を辞めたと聞いたが事実か?」


 いつも通りの態度に戻ったサイラスが、カレンを責めるような強い口調で尋ねてきた。予想通りの問いかけに、カレンは淡々と答える。


「はい、事実でございます。先日、辞職いたしました」

「なぜ聖女を辞めたのだ? 王家としても聖女として国のために尽くすことを推奨していたはずだが」


(なぜ……ですって? そんなの貴方が私を裏切っていたからじゃない……!!)


 そう口から出そうになり、カレンは言葉をグッとみ込んだ。この場で暴露してしまったら、サイラスになんらかの対策を取られて証拠が集められなくなってしまう。

 ここは一旦、耐えるしかない。


 カレンはファウストとの打ち合わせ通り、これまでと変わらない態度で返答した。


「やはり私には聖女なんて無理ですわ。それよりも、魔法研究所の方が適していると思ったのです」

「どういうことだ?」

「魔法研究所では魔力を増幅させたり、魔力を譲渡したりする研究も進んでいるそうです。こちらに興味を引かれただけです」


 サイラスは顎に手を当てしばし考え込んでいる。そんな婚約者の様子をカレンは冷たく見つめていた。


(私が魔法研究所に行って、どれくらい役に立つか計算しているのでしょうね)


 カレンに聖女をやらせておけば、サイラスは対外的にも寛容な婚約者だと見せられる。さらに悪い噂を流して、それでも寄り添う婚約者を演じて自分の評価を高めていた。


 サイラスは目的のために手段を選ばない。カレンが魔法研究所で働くことで、それ以上の価値があるのかと考えているのは簡単に想像できる。


「ふむ……」


 サイラスは顔を上げてカレンのドレス姿を上から下までめるように見つめた。肌にまとわりつくような視線にゾワゾワと鳥肌が立つ。


 聖女の時は野暮ったく見えるローブ姿で、透けるような銀髪はひとまとめにしていたから老け込んで見えていた。だが、今のカレンは身分相応に着飾り、麗しい令嬢の姿だ。


 絹のような銀の髪はサラサラと流れ、神秘的な紫の瞳はどこまでも透き通っている。


(ジロジロ見られて気持ち悪いわ。私のドレス姿が珍しいだけなんでしょうけど)


 そこでサイラスと視線が絡み合い、彼の深い青の瞳に熱がこもっていることに気が付いた。


「カレンの瞳はアメジストのようだな」

「……はあ。そうですか」


(突然瞳を褒められて気持ち悪くて思わず素で返してしまったわ。……もしかして私の魔力を奪ったら、サイラス様の瞳も変わるかもしれないとか考えているのかしら?)


 この世界では瞳の透明度があるほど、魔力が多いとされていた。

 実際に淡い色彩の瞳の持ち主は魔法を自在に操り、魔導士を多く輩出している。賢者になるほどの者はまるで宝石のように透き通った虹彩を持っていた。


 中でも金色の瞳は特別ですべての魔法が操れるとされており、幼い頃から魔法の英才教育を施される。


 その点、サイラスの瞳は海のように濃い青で魔力がさほど多くないことを物語っている。実際に彼が扱える魔法は初級魔法のみだった。


 だからカレンのように淡く透き通る瞳が欲しいのだろうか。


(前はどちらかというと興味すらない様子だったのに……)


 巻き戻る前の面会では、いつも当たり障りのない会話で面会時間が終わっていた。

 カレンが以前とは違う行動を起こしたことで、なにか影響があったのかもしれない。


「カレンは今後、魔法研究員として国のために働くのだな?」

「さようでございます。すでに新しい魔道具の研究を始めており、これが完成すればサイラス様のためにもなるでしょう」

「へえ、それはどのような魔道具なのだ?」

「機密事項に関わりますので口外できません。ですが、この魔道具開発が成功すれば、必ずやサイラス様の真の姿が披露されることでしょう」


 メリットがあるように匂わせて、カレンはサイラスの気持ちを揺さぶる。ここで話したことは嘘ではない。カレンはたしかにサイラスの真の姿を暴こうとしているのだから。


「そうか、わかった。研究員となることは承認しよう」

「ありがとうございます」


 サイラスは自分に大きなメリットがあると勘違いしたのか、機嫌よさそうに頷いた。カレンは心の中でガッツポーズを取る。


「そうなると、住まいはタウンハウスか?」

「いいえ、すでに魔法研究所に住居を移しております」


 サイラスの質問の意図がわからなかったが、ここは事実を伝えることにした。カレンの住まいがどこであろうと、サイラスにはあまり関係ないはずだ。


「魔法研究所? そのような場所では満足のできる生活を送れないだろう? 王城にカレンの部屋を用意させるから、こちらに来るといい。俺たちも婚約者としてもっと距離を縮めてもいいだろう?」


 ニヤリといやらしく笑うサイラスを見て、カレンはその意図をようやく理解した。


(まさか、私を手籠にするつもり――!? さっきからジロジロ見てくると思ったら……あ、あ、ありえないわ……!!)


 今すぐ目の前の男を魔法で吹き飛ばしたいのをなんとかこらえ、絶対に王城には来ないという確固たる気持ちを込めて反論する。


「魔法研究員は勤務の際に魔法契約を交わしておりまして、その中に許可なく魔法研究所から出ることを禁じられているのです」

「それについては俺から抗議文を出そう。そんなおかしな条件を盛り込むなんて、人権侵害も甚だしい」


 カレンの頭の中でなにかがブチッと切れた音がした。


(そもそも自分はすべてを奪う魔法契約を結ばせようとしていたくせに、どの口が人権侵害だって言うのよ――!! )


 ギュッと握った拳が怒りで震える。

 今日の面会のおかげで、こんな男のせいで傷ついていたことすら馬鹿らしくなった。カレンはサイラスの申し出をキッパリと断る。


「いえ、それには及びません。私にとっても研究を進める上で都合がよいのです。移動時間も惜しいほどですから」

「だが警備体制にも問題があるだろう。カレンは俺の婚約者だ」

「警備体制なら問題ありません。魔法研究所には賢者様が自ら世界最高レベルの結界を張られております」

「世界最高レベルだと……!?」


  サイラスはその契約内容に舌打ちをしたが、文句のつけようがない万全の体制にカレンは満面の笑みを浮かべた。


「はい。大切な研究をしておりますので当然の処置かと。では、他に問題はございませんね?」

「あ……ああ」


 ファウストが張った結界が大袈裟すぎではないかと思っていたが、こんなところで役に立つとは思わなかった。親友の仕事ぶりに感謝である。


 そうして、反論できなくなったサイラスはカレンが魔法研究所で働くことを許可した。

 しかしサイラスはそう遠くない未来で、この決断を激しく後悔することになる。



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