目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第7話 王城への呼び出し

「メラニア様、教皇様が執務室へ来るようにとおっしゃっております」

「そう、わかったわ。今行きます」


 九月になって数日経った頃、筆頭聖女のメラニアは教皇から呼び出された。たびたびこういうことがあるので、いつものように執務室へ向かう。


 しかし、この日はひんやりした空気が室内に漂い、明らかにいつもと様子が違った。入室したメラニアをにらみつけるグレーの瞳と目が合い、ビクッと身体を震わせる。


「カレンが聖女を辞任した。なにか聞いているか?」

「えっ……カレンが聖女を辞めたのですか!?」


 カレンが聖女を辞めたと聞き、メラニアは驚いた。

 結界の維持をカレンに任せたことで楽ができていたのに、悔しくてたまらない。しかし、真面目しか取り柄がないカレンがどうして突然辞職したのか、心当たりなんてなかった。


「これを読め」


 教皇は執務机から放り出すようにして、メラニアの前に手紙を落とした。苛立ちつつも拾って読んでみると、カレン宛の賢者からの推薦状だった。


「魔法研究所への、推薦状……!?」

「しかも悪い噂が流れていることも知っていた。カレンは聖教会からほとんど出ていないのにどこで耳にしたというのだ? 王太子がなにかしたのか?」

「わ、わかりません……わたくしはなにも、聞いておりません」


 メラニアは教皇が放つ怒気にさらされ、ガタガタと震え出す。こんなにも感情を露わにする教皇が初めてで、どうやって怒りを沈めたらいいのかわからない。


 メラニアが筆頭聖女になり、教皇からサイラスとの連絡として任命された。

 最初は手紙の運搬だけを頼まれていたが、酒に酔ったサイラスに押し倒されてふたりは身体の関係を持った。


 それからは手紙を届けるたびに甘い時間を過ごすようになり、サイラスと教皇の計画を聞いたのだ。


 最初からサイラスの婚約者で聖女となったカレンが気に入らなかった。だから結界をひとりで維持するように命令したのだ。

 サイラスと流したカレンの悪い噂も、メラニアが婚約者になる時に非難されないためだった。


「お前を王太子との連絡役にしたのだから、しっかりと役目を果たせ。カレンは必要な存在なのだ」

「は、はいっ! 承知いたしました!」


 メラニアは教皇にサイラスとの関係がバレていると悟る。その日の夕方に教皇の使いだと王城の守衛に伝え、王太子の執務室へと向かった。


「メラニア、どういうことだ? カレンが聖女を辞めたのは本当か?」

「はい、教皇様がおっしゃっていたので間違いありません」


 さらにカレン宛に賢者から推薦状が届き魔法研究所へ行くようだと話す。

 それを聞いたサイラスはギリッと奥歯を噛みしめた。


「それにわたくしたちの関係が教皇様に知られました」

「俺たちの関係が? それは放っておけ。あいつは王族に対してなにもできない。それよりも魔法研究所か……」


 余計な知恵をつけて結婚式で魔法契約をするときに勘付かれたくないサイラスにとって、カレンが聖女でいることは都合がよかった。


「わかった。カレンと直接話をしよう」


 サイラスはカレンを聖女へ戻すべく、王城へ呼び出すことにした。




     * * *




 9月になり一週間が経った頃、カレンはサイラスに呼び出され王城へとやってきた。王城の前で馬車が止まり、深い紫のローブを身にまとったファウストが先に降り立つ。


 美麗な顔立ちを惜しげもなく披露し周囲の注目を集めているが、それにはまったく興味がない様子で優雅にカレンをエスコートした。


「ファウスト、ありがとう。ここからはひとりで行くわ」


 なぜか周囲の人々が足を止めてこちらをジッと見ている。


(ファウストが目立つのよね……ひと目で賢者とわかるし、背も高くて顔立ちも整っているから)


 ファウストがまとう深い紫のローブは賢者にしか着用が許されていない。縁には金糸で魔法文字が刺繍ししゅうされ、さまざまな攻撃から身を守る守護魔法が施されている。


 しかも今のファウストは自信に満ちた堂々とした振る舞いで、非常に魅力的な男性に映るだろう。

 加えて世界に七人しかいない賢者ともなれば、どれほど希少か言うまでもない。


「カレン……やっぱり僕も一緒に行く」

「大丈夫、ここまで一緒に来てくれただけで十分よ」


 サイラスに呼び出されたカレンは、聖女の時のようなシンプルな衣装ではなく、貴族令嬢として当然のようにドレス姿で登城している。


 真紅のドレスは真っ白な柔肌を引き立たせ、黒いレースのロンググローブがカレンの細腕を優雅に飾っていた。金細工のネックレスとイヤリングが揺れて華やかさを添えている。


「違う。カレンに注目が集まりすぎてる」

「むしろ注目を集めているのはファウストだと思うけど」

「いや、絶対に違う。あいつらの視線はカレンにしか向いていない」

「そんなことないわよ」


 それに今日着てきたドレスはファウストが用意してくれたもので、生地の裏にはファウストのローブと同じように守護の魔法文字が刻まれていた。


(いくらサイラスの呼び出しだからって、魔法文字まで刻むなんて……。王城だから下手なことはしてこないだろうし、本当にファウストは心配性よね)


 ファウストがあまりにも心配するので同行を許したが、カレンが魔法研究所に来たことで結界レベルを引き上げて、とんでもないことになっている。


 その上いざという時にすぐに駆けつけられるようにと、ファウストを呼び出せる魔法を継続してかけられていた。うっかり名前を呼ばないように気を付けてはいるが、これ以上ファウストの手を煩わせるのは本意ではない。


「カレンはわかってない。どんなに魅力的なのか」

「ファウストが準備してくれたドレスが素敵すぎるのはわかるけど……じゃあ、いざとなったらファウストを呼ぶから、その時は助けてくれる?」

「はあ……わかった。気を付けて」


 いろんなことをあきらめた表情のファウストに見送られて、カレンはサイラスの執務室を目指した。


 あの夜の記憶が呼び起こされて、足が重くなる。もうサイラスの元へ戻ることはないが、傷つけられた心はまだ癒えていない。


 ――コンコンコンコン。


 サイラスの執務室の前までやってきたカレンは、今度はしっかりと閉じられた扉をノックした。


「失礼いたします。カレン・オルティスでございます」

「入れ」


 カレンは背筋を伸ばしてサイラスの執務室へ入る。


 部屋の主はゆっくりと書類から視線をあげる。目が合った瞬間、サイラスの深い青の瞳がカレンを鋭く睨みつけた。 



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?