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第5話 望む未来

 カレンの言葉に、ファウストはようやく学生の頃によく見た屈託のない笑みを浮かべた。


「わかった。ここでは詳しく話せないこともあるから、場所を変えてもいい?」

「いいけど、どこへ移動するの? それに私ひどい格好だわ」

「それなら僕に任せて」


 ファウストはそう言うと指をパチンッと鳴らし、魔法でカレンの身支度を整えた。身体はスッキリして髪はサラサラになり、パステルイエローのワンピースを着たカレンをそっと抱き寄せる。


 爽やかな柑橘かんきつ系の香りがふわりとカレンの鼻先をかすめて、少しだけ硬いファウストの胸の感触に驚き思わず抵抗した。


「えっ! ちょっと、なに……!?」

「転移するから僕のそばに来て。はぐれたら大変だから」

「あ、なるほど。わかったわ。というか、次からは声をかけて」

「わかった。ごめん」


(前回はショック状態だったからまったく気にならなかったけど、ただの転移魔法なのに慌ててしまった自分が恥ずかしい……)


 そんなカレンの様子を微笑ましく見ていたファウストは、おもむろに転移魔法を使う。

 淡い金色の光が優しくふたりを包み、光が収束するのと同時にその場から姿を消した。




 転移魔法の光が収まり、カレンはそっと目を開けた。


 転移した先は白い壁の部屋で、窓が二ヶ所あるから角部屋のようだ。室内には漆黒の立派な執務机と来客用のテーブルとソファーがあり、綺麗に整えられている。


 真紅のカーテンは重厚感があり、カーペットはふかふかで足音がしない。明らかにグレードの高い部屋にカレンは一瞬たじろいだ。


「ここは……?」

「王都にある魔法研究所だ」


 魔法研究所と聞いて、カレンは納得する。

 世界中に点在する魔法研究所では魔法使いや魔導士が所属していて、さまざまなジャンルの研究が進められていた。


 最近では火ではなく魔石を使用する照明や、手紙を風魔法で届ける方法が発表され、世間をにぎわせている。


「各国の魔法研究所は七賢者が管理しているから、融通が利く」

「そうなのね……」


 カレンが納得している間にファウストは遮音と不可視の結界を張った。これで話の内容は外に漏れないし、窓からのぞかれてもふたりがこの部屋にいると知られることもない。


「ねえ、ファウストはどこまで知っているの?」

「すべて」

「そう……もしかして、真実を知ったから来てくれたの?」

「……うん。黙って見ていられなかった」


 あまりにも情けなくてカレンは泣きそうな笑みを浮かべる。

 ファウストはひどい状態のカレンに気付いて、手を差し伸べてくれたのだ。なにも知らずに過ごしていた自分がどれほど愚かだったのか痛感する。


「それに許せないことがある」

「許せないこと? それは私にも関すること?」


 一瞬、しまったという表情をしたファウストが、何事もなかったように口を開く。


「いや、なんでもない」

「今後のためにも知りたいから教えてくれる?」


 黙り込んでしまったファウストをジッと見つめた。

 カレンを傷つけたくなくて、事実を告げることにファウストは躊躇ちゅうちょしているようだ。その優しさが今のカレンの心にじんわりと染み込んでいく。


 しばらくしてファウストは重々しい口を開いた。


「悪女だと、噂が流れている」

「悪女……? うーん、心当たりはないけれど……」

「王太子が婚約者と出かけないのは、聖女が聖教会に引きこもっているからだと。その原因が聖女の怠慢で、役目も碌に果たさずわがまま放題に振る舞い、男を手玉に取る悪女だと言われている。筆頭聖女に対しても傲慢な態度で、指示をまったく聞かないとか……それでも王太子は懸命に聖女を説得しに聖教会に通っていると聞いた」


 たしかに聖教会に引きこもっている状況だが、それは王都の結界をカレンがひとりで支えているからに他ならない。

 そんな状況で一方的に嘘を語られたって、カレンにはどうすることもできないではないか。


「はあ、そんな風に言われていたのね。噂を流していたのは誰なの?」

「王太子と筆頭聖女が主導している」

「そう、あのふたりね……」


 膨大な魔力を注ぎ込まなければならないので外出する余力がないし、月の面会回数だってこちらが決めたのではなくサイラスの判断に委ねられている。


 カレンが言い訳することができないのをいいことに、サイラスは悪女の婚約者に寄り添う優しき王太子なのだと周囲に話していたようだ。その卑怯ひきょうなやり口にムカムカと怒りが湧き上がってくる。


「なんとかしたかったけど、僕の力不足で……ごめん」

「ファウストが謝ることではないわ。悪いのは事実無根の噂を流した人たちよ」


 ギュッと拳を固く握りしめ怒りをこらえていると、ファウストが静かに問いかけてきた。


「君はどんな未来を望む?」

「そうね……これからは自分のためだけに生きていきたいわ」


 今までサイラスのために、心身を削って尽くしてきた。家族や領地のためなら力になりたいと思うが、婚約者という皮を被った偽りの王太子には、もうなにもする気になれない。


 金輪際、自分を犠牲にしたくないと強く思った。


「それはいいな。計画は立てた?」

「うーん、せっかくだから悪女の噂を利用しようと思うの。まずは悪女らしく自分勝手に聖女を辞めて、その後サイラス殿下との婚約を解消したらどうかしら?」


 カレンはニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「そんなに私が自分勝手だというなら、その通りにしてあげるわ」


 ファウストはカレンの話を聞いて納得したようにうなずき、計画を成功させるためのアドバイスを続けた。


「それならしっかりと不貞の証拠を集めて、どちらが有責かはっきりさせた方がいい。慰謝料も請求しよう」

「証拠……」


 カレンはどうのようにして証拠を集めるのか思案する。聖女を辞めたとして、サイラスとの接点を増やせるかは疑問が残るし、あとで提示できる物的証拠も必要になるだろうがそんなものがあるのだろうか。


「それについては俺も協力する。ここには使える道具がたくさんある」

「あっ……そうね。ありがとう」


 ここは七賢者が管理する魔法研究所だ。使えそうな魔道具はたくさんあるし、なんなら自分で開発してもいいかもしれない。すでにある魔道具を改造するくらいなら難しくはないから、なんらかの形に残るように調整すればいいのだ。


(うん、証拠集めもなんとかなりそうだわ……!)


 失敗は一度でいい。

 もうこんな風に傷つきたくない。


 ファウストは優しげな眼差しでカレンを見つめている。夢中で考え事をしていて、その視線に気が付かなかった。


「僕が味方だから」

「賢者様が味方って心強いわね」

「学生の時に助けてもらったから、その時の恩を返したい」


 ファウストが同級生に絡まれていたのを助けたことがあって、その時に弟子入りしたのだ。

 そんな風に思ってくれたうえに、恩を返したいなんて律儀だと思う。


「……ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えるわ」

「うん。頼ってくれて嬉しい」


 こうしてカレンは七賢者のひとり、ファウストと手を組むことにした。



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