途端、「ど、どゆこと~?」と翔太の目が泳いだ。
「摘んだ以上に咲いていたスプリングフラッシュの下の土が、湿っていました。雨の前だったのにです。こっそり植え替えて水を遣ったでしょう」
「う」
「出窓の土入れの置き場所も変わっていました。舗装路沿いの花壇からスプリングフラッシュを持ってくるのに使いましたね」
「あうあう」
「転けたん『は』仕込みやない、とは、ガルテンは仕込みだと受け取れます」
「へあああー、せやおれや! おれがやりましたっ」
ついに翔太が白状する。
オエノセラが自ら仕組んだ企みを踏まえ、犯人の目星がついたのだ。翔太が入院した夜はガルテンに異変がなかったので決定的になった。
シューレの花も、さすがに自分で根(あし)を動かして移動はできない。
ちなみに、紛れ込んだスプリングフラッシュを花じまいしたのは、夕だ。連休が明けたら、他の生徒や教官もガルテンの異変に気づくに違いない。抜かれてしまい兼ねないので、先回りした。
と言うか、似非七不思議を知るのは夕と翔太だけなのだから、夕の仕業だとわかるだろう。なのに素で腰を抜かしている歳上の同級生に、アース・アイを向ける。
「どうして茶番を演じたんですか」
動機が不明で気持ち悪いので訊いた。すると翔太は得意げに鼻の穴をふくらます。
「そりゃ、かぁいいルームメイトがはじめて食いついてきたからやん。時間かかったけど名前呼びもさせたったし、仲良うなったっちゅうことでおれの勝ちやな!」
「は……? そんな理由で?」
夕は唖然とするしかない。前世で何か約束したでもなし、単なるクジのペアだが。
言われてみれば、夕が似非七不思議解明に応じたとき、妙に嬉しそうだった。もしやこの一か月のあらゆる絡みも同じ動機か。……つか別に負けとらん。
「そんなって言うなや。おまえダチできんでシューレ辞めてまいそうで、ほっとかれんかったんやって。これで安泰っと」
「目標があるので辞めませんが」
恩着せがましくうんうん頷く翔太を、ぴしゃりと封じる。
まあオエノセラの思惑に比べたら可愛いものか。彼の「お願い」を、口の中で復唱する。
『二度目の春、あの種(こ)に花園の外であった話はしないでください』
傲慢にして切実。花も特別な想いを抱いていると、思い知らされた。
その想いを尊重できる園芸職人が育つのは、彼らにとって悪いことじゃない。夕に学ぶ目的と切望がある限り、花園での実習を続けさせてもらえそうだ。
スラックスの尻ポケットに忍ばせた園芸日誌の縁を、そっと撫でる。
「そ? ならええけど。ええんやけど、先月のはほんまに心当たりあらへんねん。しいて言うたら『植えて~』って言うてるお花ちゃん選んで植え付けてんけどな」
翔太がほっと息を吐くのも束の間、首を捻った。夕も顎に手を当てる。
まるで、ディモルフォセカの「オエノセラと一緒にいたい」という意思――きっと前生の彼らのみが知る約束を、感じ取ったみたいな口ぶりだ。
そういった花の意思の滲む出来事が、伝統ある園芸学校では起こり得るのかもしれない。特別な生徒を花園に迎えるために。
思えば翔太はオエノセラたちの言葉の意味も、彼らに会わずして酌んでみせた。
「っ痛(た)。なしてどつかれたん!?」
「……大げさだからです。結局犯人は八月朔日さんでしょう」
家業逃れのくせに素質があるのが癪で、手が出た。バズーカ薬を振り回した名残だ。
種明かしはしてやらない。ガルテン脇の物置から、二輪リヤカーを引いてくる。
「乗ってください。寮に帰りますよ」
「もう一声」
「早く乗ってください、翔太さん」
「しゃあないなあ。ま、また七不思議引き寄せたら解明頼むわ」
翔太はうきうきと荷台に収まった。
ひとたび似非七不思議に関わったが最後、あと一年十一か月もこのルームメイトに絡まれ続けるのか。大いに誤算だ。
(僕より花の気持ちわかる人を観察するのも、勉強って言え
彼はただの不真面目でなく見どころもある、と自分に暗示をかけ、坂を下る。
寮の廊下と階段は自分の足で歩かせた。ディモルフォセカほど甘やかさない。
翔太は文句を垂れつつも、実家の自室に帰ってきたかのような顔でシーツに寝転ぶ。
「『翔太さん一号』の修理代稼がな……、へあ?」
一拍遅れて、白と黄色に気づいた。さっき夕がつくっていたアレンジメントだ。
「おれのお見舞い?」
「ついでです」
今なら授業で提出したのより良いものができる予感がした。
夕はもう十三年前みたいな経験はしたくないと、知らず感情に殻を被せていたようだ。その結果つくるものも味気なくなっていたのだろう。
だが殻越しでは花園で学べないと、彼らに――オエノセラとディモルフォセカに教えられた。
組み合わせたのはもちろん、月見草とスプリングフラッシュ。ただし月見草は「移り気」という花言葉があるくらい開花期が短く、スプリングフラッシュも抜き取った際の残りで、夕のアース・アイ以外には見映えはしまい。
それでいい。花は花、でも、一生分のこころがこもっているから。
「この子たち鉄板やない言うたけど、色合わせきれいやし、何や元気になるな」
と思いきや、翔太がディモルフォセカたちのいちばん喜ぶ感想を口にした。
この男、侮れない。もし教育実習生だったら、オエノセラがディモルフォセカに憶えていてもらう別の手段を考案し、ガルテンの虫害も未然に防げたのではないか。
夕は重い足取りで翔太に歩み寄り、革表紙の日誌を差し出した。
「八月朔日さん。これ、読んでみませんか」
花卉にとって望ましい選択を間違いたくない。翔太こそが特別な生徒と日誌が判定するなら、今の自分は半人前だと甘んじて受け入れる。通行証は諦めないが……。
「謎の日誌やん。おれドイツ語読めんよ。へあ、途中からフランス語やし。英語、またドイツ語……お、やっと日本語や」
翔太は夕の葛藤も知らず、肘を突いて日誌を捲った。白紙頁に到達する。
「何か見えましたか?」