光が弾けた。
「雨ちゃん、夕さま、みんた~! 熟考はもうええから何かしゃべれ! 動け!」
月明かりのゼゾン・ガルテンで、翔太にがくがく身体を揺さぶられる。そのせいで日誌が地面に落ちていた。
やはり手を離すのが現実に戻る手段らしい。
(つか今、何時や)
夕はアース・アイで翔太を凝視した。途端、翔太が「へあ」とかよわく鳴く。
「そそそんな熱烈に見つめてきても、おれは抱けへんで?」
現実世界に戻って早々のふざけた物言いに、呆れた息を吐いた。必要事項のみ問う。
「僕は今どうなっていましたか」
「なんや霊的なもんに乗っ取られとったんやないやろな。木みたいに仁王立ちしとった」
花園内で移動しても、現実の身体は動かない。頭の
「どのくらいの時間、そうしてました?」
「ものの数分やけど。てかそれ何なん?」
時間の流れも違う、とヘフトに追記する夕の横で、翔太がこわごわ日誌を指差す。
特別な日誌について彼に明かす義理も利点もない。夕は何も答えず日誌を拾った。
白紙頁に新しく文が綴られている。内容は先ほどの校外研修と、ふたりのこと。
〈実習二日目。オエノセラとディモルフォセカが再度約束を交わす〉
彼らは初対面だった。花園でのふたりの行動が、ゼゾン・ガルテンの異変を起こしたと推測したのだが。
その逆の手掛かりだったのか?
(ディモルフォセカを探すときはオエノセラの手ぇ借りれ、みたいな)
物語のような記録を読み返しながら、さらに考える。
日誌を手にした生徒は、花園の青少年とのやり取りを踏まえた技術の習得を求められているのではないか――。
たとえば今回なら、「黄色はきらい」と拒まれないアレンジメントを。
「もー、また無視かい!」
翔太にぷりぷり二の腕を叩かれる。考察中なのにうるさい。背を向けようとして、彼のバケツで数種類の切り花が水に浸かっているのを見て取る。
気を取り直し、夕も園芸鋏を手にした。
翔太がじろじろ見てくるが放っておく。折り目正しい優等生の姿を保ち、黄色の花をいくつか選んだ。
酔っ払って火照る翔太の手と裏腹に、苗が好む冷たい手を、月見草の区画のスプリングフラッシュにも伸ばす。
実は、この花はアレンジメントや花束にはほぼ使われない。水喰いなぶん、水が足りないとすぐ萎れてしまうからだ。
そこを工夫してうまく見舞い花に仕上げられれば、似非七不思議はさておき、日誌の課題は及第だろう。
「その子選んだっちゅうことは、七不思議解明できたん?」
「いえ。でもアレンジメントに使ってしまえば七不思議はなかったことになります」
「んなのすっきりせえへんやん……って、おれを置いてくな!」
歩幅の広い夕を、バケツを両手で抱えた翔太が小走りで追ってくる。
翔太だけ何度も振り返りながら、ガルテンを後にした。
夕としては、似非七不思議の件はこれで終わりのつもりだった。
しかし翌日、平日にも拘らず飲みに行ったはずの翔太に、またもゼゾン・ガルテンまで引っ張っていかれた。どっちが犬だか。
「夕、昨日、はぐれイエローちゃん咲いとるのぜんぶ摘んだやん?」
「はい」
「でもほれ、今日もめっちゃ咲いとるやん?」
翔太が興奮気味に夕の腕を振り回す。
彼の言うとおり、月見草の区画に紛れ込んだスプリングフラッシュが、昨日よりたくさん開花していた。
一株に蕾が複数つく属種とはいえ、別の株と入れ替わったかのようだ。
しゃがんで花壇の土に触れてみる。しっとり湿っている。
(この感触……?)
ともあれ、課題の解決方法に不備があったか。
夕が授業でつくったアレンジメントは、土台に延命栄養剤をしっかり含ませた上でヨーロピアンスタイルに則り、教官の反応も悪くなかったのだが。
日誌を正しく使えなければ、「天の花園」の通行証には手が届かない。
「調べます」
「え、あ、やから置いてくなって!」
夕は日誌のある寮へ取って返しがてら、改めて考えた。
歴代の特別な生徒と比べ、教育実習の評価が芳しくないのかもしれない。再試なんて屈辱だ。
唇を噛み、寮の階段を一段飛ばしで上がる。机の鍵付き抽斗から日誌を取り出す。
「まぁたその、ぜえ、古い手帖の、はあ、お出ましか」
「日誌です。五分経ったら、僕の手からこの日誌を離してください」
実習評価の挽回ついでにゼゾン・ガルテンの謎も解ければ、翔太に放っておいてもらえて一石二鳥だ。
日誌を開く。
拡がった光が、朝陽となって実習生用私室に射し込んだ。
意気とローブを纏って出勤する。
高架は登校する生徒でごった返していた。教官室へ向かうと、
「おはよう、実習生殿。一限は私の『防除学』を見学するかね?」