一年生の中でも小柄だ。綿毛みたいな髪に丸い頬。ラシラスと同じハイソックスとリボンタイ。選ばれまいと諦めたような表情だが、一縷の希望でそわそわしてもいる。
「さて、ベンヤミン先生にも誰か選んでもらいましょうっ」
テディベア先生に促された。
引率中にガルテンの謎について聞き出せたら効率がいい。顔見知りのオエノセラは夜行性なのか見当たらない。と、なれば。
「ディモルフォセカ。――ディモルフォセカ」
「……僕、ですか?」
ディモルフォセカは聞き間違いを疑っている。
実際、他の生徒は顔を見合わせた。明るい黄色は見舞い向きながら、この花特有というわけでもない。
「そうだよ、ディ! 出し切ってこい」
悪友たちに髪をわしわし撫でられてやっと、ディモルフォセカはぱあっと笑った。
校外研修では、橋を渡る。
ボンネットが
(橋のところどころが陥没してるの、
生徒も教官も自分の足では園外へ移動できないと聞いたが、確かにこれは危険だ。
車窓は花曇りで霞む。それでもディモルフォセカは飽かず窓に額をくっつけている。
先に周囲の観察を切り上げた夕は、彼の隣の座席に移り、オエノセラと何か縁があるのか訊こうとした。
「僕、校外研修はじめてなんです」
だが、先にディモルフォセカが切り出してくる。
「小さいし、色も形も平凡だから……劇場でのお祝いにも、侘び寂びの表現にも、安らかな眠りのための祈りにも選ばれませんでした。でも、先生が機会をくださった」
特別な経験をさせてくれて感謝します、とばかりに見つめられ、少し後ろめたい。
「ニンゲンに喜ばれるコツがあれば、教えてください。ベンヤミン先生はニンゲンをよくご存知ですよね……?」
夕のミドルネームが木の一種と同名だからか、人間の仲間か自信なさげだ。
夕も夕で、「ありのままでいいと思う」くらいしか助言できない。だって花は花だろう。
「では精一杯頑張ります! ええと、きちんと挨拶してから、手を振って、」
小声で段取りを繰り返す彼に、今研修と関係ない話をしても上の空に違いない。帰りに仕切り直すほかなさそうだ。
橋の対岸は、無機質な建物が並ぶ。そのひとつ、医療センターに到着した。
消毒液の匂いが漂う大部屋を訪ねる。
他の生徒はそれぞれ白い仕切りカーテンの中に入っていくが、ディモルフォセカはしきりに制服のリボンタイを直している。
夕は彼の小さな背中に手を当ててやった。頷き合い、一緒に進み出る。
「こん、にちは」と、ディモルフォセカが段取りどおり患者に笑い掛けた。
(「人間を元気づける」て言いよったけど……)
夕には、もやもやした影にしか見えない。
小さな女の子が白いベッドに臥せている、と思われる。まあテディベア先生たちを見た後なのでそう動じない。
「きみに元気になってもらいたくて、来たよ」
女の子の影は、病のせいか陰鬱な雰囲気だ。ディモルフォセカは居ても立ってもいられないといったふうに、手振りした。
その指先から、黄色の花弁が振り出される。
夕もこれには息を呑んだ。生徒にこんな能力があるとは。
可愛らしい花びらが、すぐ夕の驚きをほぐす。女の子の気持ちも上向く、と思いきや。
「黄色は、きらい。学校の帽子を思い出しちゃう。……友だちと一緒に通えんのに」
影は壁のほうを向いてしまった。ディモルフォセカの手も、場の空気も、凍りつく。
「他の色はあらへんのか? 白とかピンクとか」
傍らの丸椅子にいた、女の子の父親らしき影に詰め寄られる。
ディモルフォセカの属は色違いが多い。素朴な黄色のほか、オレンジ、白、ピンク、赤、紫。他の色も振り出せるのだろうか。ちらりと旋毛を見下ろす。
「やってみます」
ディモルフォセカは「白、ピンク」と小さく唱えながら挑んだ。
しかし手を振れども振れども、出てくるのは黄色の花びらばかり。
夕が急遽ラシラスと交代させ、ピンクがかった白の花を贈ることで、何とか事なきを得た。
現実世界の見舞い花や祝い花は贈ったきりだが、花園の生徒は花園に帰ってくる。
宵闇の中、校舎と寄宿舎間の高架をディモルフォセカと並んで歩く。ディモルフォセカの歩幅は小さく、回廊の手前でついに止まった。
「テディベア先生への結果報告、ちょっとだけ時間を置いてはだめですか? 少し、
俯いたまま申し出てくる。
研修が苦い結果に終わったのは、花園では色違いは別個体だと察せなかった夕の落ち度でもある。認める以外の選択肢はない。
「わかった。落ち着いたら、僕の部屋へおいで」
結局オエノセラとのことを訊けずじまいで、ディモルフォセカを見送った。
(はあ。なかなかうまくいかん)
もどかしさでローブを翻す。
実習も似非七不思議の解明も、思うとおりには進まない。日誌の使い方だってまだまだ不明だ。一度現実に戻って考えを整理したくとも、
(日誌から手ぇ離すか、日誌閉じるか? それ以外は?)
花園側でできるアクションを発見していない。
仕方なく、実習生用私室に向かうことにする。
寄宿舎は、階段状に増築していったような構造で、結構入り組んでいる。
夕はふと思い立って、ループタイの生徒を呼び止めた。オエノセラの居場所を尋ねてみる。
だが生徒は困り眉で首を振った。
「二年の部屋では見掛けませんでしたが。あいつ、また何かしました?」
オエノセラにも接触できないときた。「いや」と取り下げ、すごすご私室に引っ込む。
私室は、机とベッドとクローゼットという簡素な一人部屋で、居心地がいい。
ただ、ディモルフォセカがちっとも現れず、日誌の考察に集中しきれなかった。
(すっぽかすような子ちゃうと思うけど。迷うたのか?)
待ちきれず、夕のほうから一年生の部屋が集まる中階に出向く。
どたばた走り回る音が廊下まで聞こえた。ここにはいまい。となれば川岸か?
屋外に出ると、夜の帳が下りてきていた。花園では夜歩き回る生徒はいない。
(まさか川に落ちたりとか……まさかな)
厭な想像をしてしまった。自然と大股になる。
川沿いには外灯が点るのみだ。ローブのせいで滲む汗を拭う。どこに隠れた。
暗く静かな坂道を取って返す。
校舎に続く螺旋階段に、制服の背中が垣間見えた。今夜は青いとんぼ玉が光っていないので暗く、ディモルフォセカだという確証はない。とにかく全速力で駆け寄る。
「先生、どうなさったんですか?」