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第4話 園芸学校の七不思議

「何か見えましたか? ここは百年の歴史ありですしね」

「やめやめい! 単にあのスプリングフラッシュちゃん、なして月見草ちゃんの区画に紛れ込んどるんやろって思っただけや」


 「帰る」と言わせるのは失敗し、至近距離で喚かれる。

 目を凝らせば確かに、しなやかな月見草に、小さな黄色のスプリングフラッシュが一株寄り添っていた。


「妙ですね。どちらも日なたと水はけのいい土を好みますが、用土の配分は少し異なります。苗の見た目も違うので、植え付けの際取り違えたりしないでしょうし」


 夕は顎に手を当てた。

 日当たりや用土はもちろん、草高や色のバランスも計算して花を植えている。園芸学校の花壇として、この図はちょっとあり得ない。


「……先月、この辺のお花ちゃんの苗植え付けたん、おれや」


 翔太が夕のシャツを摘まむ指に力を込める。なんだ、調和を乱した犯人は明らかではないか。という目をした夕を見上げ、ぶんぶん首を振った。


「けど覚えがない! やから不気味なんやって」

「では後で誰かが意図的に植えたのでは」


 花に関することなのでつい分析してしまったものの、早く調達を済ませてひとりになりたい。適当にあしらう。

 しかし翔太はなおも食い下がってくる。


「だ、誰かって誰や。意図ってなんや。この子ら鉄板の組み合わせでもないやん」


 月見草は野草に近く、夜咲く。

 スプリングフラッシュは園芸品種で、日中咲く。正反対だ。

 いわゆる「水食い」「肥料食い」のスプリングフラッシュと寄せ植えすれば、多湿多肥が苦手な月見草の根腐れを防がなくもないが――を要約して「さあ」と返す。


「解明してや夕ー、おれ七不思議引き寄せ体質やねん。気になって夜しか眠れん」


 夕は似非七不思議なぞ気にならない。翔太の体質も知ったことではない。普段ならこれ以上絡まれないよう線を引く。


 でも今夜に限って、ひとつ引っ掛かった。

 異変があったのは月見草の区画。花園で行き合った少年も、オエノセラ月見草

 特別な生徒として、花園と連動した課題に取り組め、と解釈できなくもないか?


 日誌の使い方を解き明かすのはひとりになってからと考えていたが、計画変更だ。


「わかりました」

「へ、ほんまのほんまに?」

「調べますので、八月朔日さんはアレンジメント用の花を探していてください」


 頼んできたくせにきょとんとしている翔太に背を向け、日誌を開く。

 春の夜闇に、淡い光が拡がった。




 ゼゾン・ガルテンの区画間通路が、半屋外の回廊に塗り替わる。夕の世界と時間の流れが違うのか、陽が射している。


「実習生さんっ。校外研修の選抜に参りましょう」


 声を掛けられて向き直り――二度目の訪問にも拘らずぎょっとした。

 濃緑のローブを纏う等身大のテディベアが、愛らしく微笑んでいるではないか。何なら横の教官室にいる他の教官も、薬瓶とか台帳とかがローブを着ているとしか言えない。


 窓に映る夕は、畳み皺のついたローブ以外、シューレでの姿と変わりない。どうやら唯一人型ゆえに教育実習生だと見分けられたらしい。


 驚きを引っ込め、ぽてぽて歩くテディベア先生を追い掛ける。


「今回の『テラピー学』の研修は、お見舞いですっ。ニンゲンを元気づけますよ~」


 テディベア先生が朗らかな声で説明してくれる。

 見舞いときた。やはりシューレと連動している。花園は、青少年が職業技術を学ぶ寄宿学校というところか。


「園外も自由に出歩ける実習生さんには、引率してもらいますっ」

「……任せてください」


 「天の花園」に相応しい優れた園芸職人になるには、似非七不思議の解明より、実習生の務めを果たすほうが重要に思えた。

 ガルテンの謎を解くための再訪ではあるが、ひとまず実習を優先しよう。


 ゆるやかな傾斜のついた回廊をしばらく進み、蝶が何羽も群がる扉に行き着いた。話し声や笑い声が漏れ聞こえる。


「皆さん、お静かに~っ!」


 テディベア先生がぱたんと中に踏み込むと、階段教室は静まり返った。

 数百の生徒が、おそらく学年ごとに、木の長椅子に座っている。壮観だ。


 少年とも少女ともつかない彼らの注目が、夕に降り注ぐ。にわかにさざめきが復活した。


「教育実習の先生だ。十年ぶりって上級生が言ってた」

「花園の外の話、聞けるかな」


 テディベア先生が校外研修の内容を説明する間にも、好奇心を隠しきれない視線を送られる。

 おおむね歓迎な雰囲気でよかった。最初にハズレと思われたら終わりだ。


 そうこうするうち、見舞いに出向く生徒が選抜されていく。テディベア先生より声の通る夕が呼び出し役を引き受けた。


「チューリップ」


 テラピー学の優等生。ネクタイが様になる麗人で卒業間近だろう。


ラシラススイートピー


 逆に十代前半に見えるが慣れた様子だ。誇らしげに教卓前に並ぶ。


 名簿を見ずとも顔を見れば彼らの名がわかった。あたかも同定試験だ。花園の生徒は、シューレに咲く花そのものに違いない。


(あの花がおしゃべりだったり、この花は落ち着きがなかったり、興味深いな)


 もしミドルミストがここにいたら、相変わらず悪戯っ子だろうか。なんてあり得ない考えがよぎった。

 目の前の生徒に集中し直そうと、顔を上げる。


 窓際に座るディモルフォセカ――スプリングフラッシュの学名――を見つけた。

 ゼゾン・ガルテンの謎に関わる、もうひとりだ。



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