「……どうやら、休んでる場合じゃなさそうだね」
バネッサの真顔での呟きに、モリグナの他の二人は頷く。
「寧人は早く逃げな、下から逃げてくる連中も殺到するだろうから、すぐに連結孔は無茶苦茶混み始めるんで、下手すれば逃げ損なう!」
バネッサの言葉を裏付けるように、西側の方から、百人を超えるだろう冒険者の一団が、走って来る。
下の階層から逃げて来た者達が、第六階層に辿り着き、上の階層に行ける連結孔を目指しているのだ。
「今なら多分、逃げ損なわずに済むよ! あと、第五階層に行けば、すぐに第一階層に行けるショートカットもあるから、それ使いな!」
素早く寧人に指示を出しつつ、バネッサは身支度を整える。
武器の状態と装備を確認し、身体を動かして解す。
シェイラとティルダも、素早く装備を確認する。
「五つ星三人、ゴーストドラゴンの迎撃に参加する!」
バネッサは他の二人と共に、テントハウスの方に移動しながら、パブリックハウスのバウンサー達に声をかける。
「モリグナ様、助かります!」
名の知られたパーティなので、声をかけられたパブリックハウスのバウンサー達は、モリグナの三人を知っていた。
「四つ星以上は、どれくらい集まりそうなの?」
シェイラの問いに、パブリックハウスの女性バウンサーが即答する。
「バウンサーに元五つ星が一人、元四つ星が三人……だけです、今のところは」
「俺達の他に冒険者は?」
バネッサの問いに、女性バウンサーが答える。
「今のところは……残念ながら。他の階層の冒険者達やバウンサー達が、合流してくれる可能性はありますが」
パニックに近い現状、援軍の合流は、あまり期待できないのだろう。
バウンサーの言葉は、やや曖昧であった。
「まぁ、何とかなるでしょ。ゴーストドラゴンは私達だけでも、狩ったことはあるんだし」
そんなティルダの言葉を聞いて、女性バウンサーは安堵の表情を浮かべる。
「さすがはモリグナの皆さん、助かります」
「それで、どの階層でやるんだ? こちらから下りるのか? それとも、ここで迎え撃つのか?」
バネッサの問いに、女性バウンサーは答える。
「ゴーストドラゴンの正確な位置が、まだ分かりませんので、位置を確定次第、移動して頂きます。それまでは、当階層での迎撃を前提に、待機していて下さい」
モリグナの三人とバウンサー達は、ゴーストドラゴンの迎撃について、会話を続ける。
「早く退避して下さい!」
若い男性のバウンサーが、寧人に声をかける。
迎撃に備えるバウンサー達だけでなく、退避の誘導を担当するバウンサー達もいるのだ。
寧人は連結孔を目指して、移動を始める。
輕身功を使えば、あっという間に連結孔に辿り着けるのだが、寧人は使う気になれない。
ゴーストドラゴンがどんなものなのか、見てみたいという好奇心が、寧人の心の中で膨らみ始めている。
退避しなければならないとは思いながらも、その好奇心のせいで、積極的に退避する気にもなれず、輕身功を使って急いで退避しようという気になれないのだ。
下の階層から逃れてきた者達と、第二キャンプにいた者達の合計は、いつの間にか四百人程に達していた。
連結孔があるエリアには、冒険者達が殺到して混雑し、バウンサーが人の流れを整理をするのだが、退避はスムーズには進まない。
連結孔の中では狭い部類で、階段型の連結孔であるのも、退避がスムーズに進まない原因の一つだ。
多くの人間が一度に移動し難いタイプの、連結孔なのである。
退避が遅れ気味になった寧人は、連結孔に殺到している冒険者達の中では、最後尾に近い辺りにいる。
大騒ぎになっている連結孔周囲で、寧人が順番を待ち始めて、三十秒程が過ぎた頃合……第六階層に衝撃音が響き渡る。
断続的に数回……衝撃音が響き、地面が揺れた後、耳を劈く轟音が、第六階層全体に響き渡り、大地震のように持続的に地面が揺れ始める。
連結孔の近くに残されていた、鍛え上げられた冒険者達ですら、一人残らず転倒し、階段型の連結孔の方では、将棋倒しが起こったらしく、悲鳴が響き渡ってくる。
このタイミングで、大地震のように地面が揺れたら、何が起こったのかは、誰にでも察せられる。
来るべきものが、来たのだと。
寧人は即座に体勢を立て直し、音が聞こえて来た方向、南西を向く。
おそらくは四百メートル程離れた辺りの、少し前までは平らな荒野だった辺りが、噴火でも起こったかのように、盛り上がり始めていた。
盛り上がっている辺りの周囲は、大地震でも起こったかのように、地割れだらけになり、地面のあちこちが突出したり、逆に陥没したりしていた。
そして、盛り上がり始めた辺りの地面に、下から突き破られるように大穴が開くと、その中から巨大な何かが、姿を現し始めた。
姿を現したのは、灰色の恐竜の背に、翼が生えたかのような見た目の、一目でドラゴンだと分かる存在。
第六階層と第七層を隔てる、分厚い層を突き破り、ゴーストドラゴンが第六階層に、姿を現したのである。