(まさか、サウダーデでの初めての買い物で、何だかよく分からない物を買う羽目になるとは……)
どんな物だか良く分からない「バラフルタス」という、包み紙に包まれた棒状の食べ物と、緑茶入りの紙パックを手に、寧人は第二キャンプを徘徊する。
座ることができる場所を探し、座って身体を休めながら、落ち着いてバラフルタスを食べ、お茶で喉を潤そうと思ったのだ。
湖が眺められる辺りに、ベンチが幾つか並んでいる場所を見付け、寧人はそのベンチに座る。
そして、まずはお茶の紙パックの注ぎ口を開け、直に口を付けて、寧人は飲み始める。
冷たく爽やかな飲み口のお茶が、寧人の喉を潤す。
お茶が冷えているのは、魔術により冷やされた状態で売られているからだ。
まずは乾いた喉を潤し終えると、ベンチに紙パックを置く。
そして、寧人は空腹を満たすべく、バラフルタスの白い包み紙の一部を、剥がしてみる。
茶色いスティック状の、焼き菓子風の見た目をしたバラフルタスが、包み紙の中から半分程、姿を覗かせる。
甘いバターと果実の匂いが、空腹の寧人の食欲を刺激する。
「フルーツケーキみたいなもんか?」
寧人はバラフルタスの先端を、齧り取ってみる。
柑橘系らしき果物の味がする、見た目通りのフルーツケーキらしき味であり、空腹のせいなのかもしれないが、寧人には美味に思えた。
(バター多めだし、カロリー高そうだから、携行食にはいいんだろう)
アガルタに下りている冒険者からすれば、カロリーは高い食べ物の方が、携行食には向いている。
ダイエット中の人などは、絶対に食べてはいけないタイプの食べ物なのだろうが。
(バナナみたいに、包み紙を上から剥いて食べられるから、手も汚れないし、これはいいな)
他の冒険者達が、バラフルタスを選んでいた理由を、寧人は理解する。
実際、バラフルタスは冒険者達には、人気がある携行食なのだ。
「……あれ? 寧人君だよね?」
お茶を飲みつつ、バラフルタスを半分程食べた頃、寧人は突如、声をかけられる。
声が聞えてきた、売店がある方向に目をやると、三人の女性冒険者達の姿が、寧人の目に映る。
「シェイラさん!」
声をかけて来た相手の名を、寧人は口にする。
シェイラとは、寧人が洞天福地の八卦溫泉に墜落した時、八卦溫泉に入っていた常連客の一人、シェイラ・リベラのことだ。
赤毛で色白、胸が豊かな女性であり、モリグナというパーティの魔術士である。
普段から黒い服装を好んでいるのだが、魔術士としての服装も、黒い標準戦闘服の上に黒いローブと、黒尽くしだ。
魔術士や聖術士のローブには、様々な防御用の魔術や聖術が仕掛けてある。
装着者の能力にもよるのだが、バリアアクセサリーを十個装備するよりも、遥かに高い防御能力を持っている場合が多い。
ローブは動き難い服ではあるのだが、魔術士や聖術士は後衛職なので、前衛職のように素早い動きは期待されなていない。
故に、装備に関しては動き易さより、防御能力の高さの方が優先されるのだ。
シェイラに続いて、並んで歩いている他の二人の名も、寧人は口にする。
「バネッサさんとティルダさんも!」
銀髪のショートヘアで褐色の肌を持つ女性が、バネッサ・エスピーノ。
寧人が知っている中では、一番背が高い女性である。
バネッサは美人であり、普通に胸の膨らみもある。
だが、美青年風に見えてしまう場合もある、鍛え上げられた身体の持ち主だ。
青い標準戦闘服の上に、プロテクター風の黒い軽装の鎧を装着し、背負っているリュックの左右には、鞘に納められた剣が、ホルダーで固定されている。
バネッサは双剣使いの、剣士なのである。
八卦溫泉で会う時は、寧人はモリグナの三人には、抱拳禮をする場合が多いのだが、今回は手が塞がっているので、声をかけつつ、普通に会釈をするだけだ。
「梁さん、やっと寧人にアガルタ修行の許可……出したんだ?」
バネッサの問いに、寧人は答える。
「昨日出たんで、今朝からアガルタに下りてるんです」
「そうなんだ」
バネッサは言い足す。
「昨日は俺達、八卦溫泉に行かなかったからな、その話……聞きそびれてたよ」
モリグナの三人は、八卦溫泉が開いている日は大抵、姿を現すのだが、昨日は姿を現さなかったのだ。
「昨日はパブの依頼で、グレートウェスタン鉄道で遠出してて、私達がサウダーデに戻った頃には、八卦溫泉の営業時間……終わってたからね」
姿を現さなかった理由を説明したのは、ティルダ・テンプル。
色白で長い黒髪の、白の標準戦闘服に白いローブ姿の女性だ。落ち着いたクールな雰囲気の、聖術士である。
世話になりっ放しでは悪いと思い、寧人は八卦温泉の仕事を、ほぼ毎日のように手伝っている。
無論、女性の裸を目にするような場所での、手伝いではない。
手伝っている際、寧人は常連客とは、自然に会話を交わすようになった。
常連客の中でも、洞天福地に来て、初めて出会った三人といえる、寧人が八卦溫泉に墜落した際、入浴中だったモリグナの三人とは、特に親しくなったといっていい。
モリグナは毎日のように八卦温泉を訪れる、常連客である。
そのせいで、八卦温泉の仕事を手伝う寧人は、すぐに顔馴染になったのだ。