目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第63話 そういえば、サウダーデに来て買い物するの、初めてだよ

(売店に行って、何か飲み物と食べ物を買おう、どうせ証明書代わりの領収書がいるんだし)


 寧人は売店に向かい、食べ物を買うことにした。

 第六階層に到達した証拠を確保する為、寧人は売店で何かを買って、領収書を貰わなければならない。


 ギルドの売店の領収書には、発行した店がある場所が記される。

 故に、売店で何かを買い、領収書を受け取れば、第六階層に到達した証明書代わりになるのだ。


 湖に背を向けると、パイプテントが並んでいる辺りに向かって、寧人は歩きだす。

 冒険者達で賑わう、パイプテントの辺りに近付くと、自然と冒険者達の会話が、耳に飛び込んでくる。


「……そんなヤバいもんまで出たのか」


「今日は、どの階層も荒れてるから、早目に上がった方がいいぜ」


「うちも……もう少し休んで回復したら、今日は上がるつもりだ。本当は第十階層まで下りる予定だったんだけど」


 今日のアガルタが、普段よりも荒れているといった趣旨の話が、次々と寧人の耳に飛び込んでくる。

 連結孔を下りる際などに、近くを通った冒険者が似たような話をしていたのを、寧人は何度も耳にしていた。


 寧人自身も、夢琪やヘルガから聞いていた話や、パブレティンに書いてある情報よりも、ガーディアンと遭遇する回数が多過ぎるように感ていた。

 しかも、第五階層までには滅多に出現しない筈の、レベル3のガーディアンにも、第三階層辺りから何回も遭遇していた。


 故に、アガルタに初めて下りた身でありながらも、「荒れている」という実感を、寧人は覚えていたのだ。


(やっぱり、今日は普通じゃないんだな)


 寧人は心の中で呟きながら、様々な品物が並んでいる、売店のパイプテントに、足を踏み入れる。


(そういえば、サウダーデに来て買い物するの、初めてだよ)


 失くさないように、懐に仕舞っておいた紙幣を二枚、寧人は取り出す。

 大陸共通通貨のルーナ紙幣であり、額面は千ルーナ。


 寧人は恩返しのつもりで、紅囍館の店の手伝いを、ほぼ毎日のようにしている。

 その体験で知った、メニューの飲食物の値段から、一ルーナはドラゴンのせいでインフレが進む前の、五円程度に相当するのではないかと、寧人は何となく思っていた。


 他所の料金を知らないので、それが正しいのかどうかは、寧人には確信はない。

 ただ、寧人の推測は、大よそ当たっている。


 食べ物が並んでいる棚を見付けたので、他の冒険者達と並んで、寧人は食べ物を選び始める。

 見知らぬ食べ物が多いのだが、冒険者向けという都合上、携行食風の持ち歩き易そうな食べ物が多い。


 他にも、日本でいうところのブリックパック風の、箱のような形をした、紙パック入りの飲み物も売っていた。

 缶や瓶ではなく紙パックなのは、軽いのでギルド側が輸送し易いからである。


 この場で飲む冒険者もいれば、水筒に移して携行する冒険者もいる。


(飲み物があってよかった、これで湖の水を飲まないで済む)


 棚に並んでいた飲み物を目にして、そんな風に思ってから、寧人は携行食風の食べ物に目線を移す。


(どれがいいんだろう?)


 考えても分からないので、寧人は結局、他の冒険者が買った物を真似て、買ってみることにする。

 食べ物と飲み物を手にして、寧人は会計に向かう。


 会計カウンターには、レジストラーセと呼ばれている、レトロなレジスターが置かれいる。

 バウンサーも兼ねている、黒い標準戦闘服姿の若い女性店員が、会計業務を務めている。


 カウンターには、「タグメダルを置いて下さい」と書かれた板が置かれている。

 パブリックハウスの施設の多くでは、身分確認の為、タグメダルの提示やチェックをする場合が多いと、寧人はヘルガに教わっていた。


(これがチェック用の奴か)


 寧人が首にかけて、着衣の内側に仕舞っていたタグメダルを外し、板の上に置くと、板が白く光る。

 パブリックハウスに登録されている冒険者のタグメダルだと、板に仕掛けられている聖術により、確認されたのだ。


 板で確認するだけでなく、タグメダルに刻まれた顔と寧人の顔を、店員が見比べて、タグメダルの所有者が寧人であることを確認する。


「確認しました、タグメダルは仕舞って結構です」


 そう言うと、店員は寧人がカウンターに置いた商品の会計を始める。

 寧人はタグメダルを、再び首にかけて、功夫服の内側に仕舞う。


 キャンプの売店で販売されている商品は、地上と殆ど同じ価格で販売されている。

 アガルタの中まで運ぶコストを考慮すれば、利益がないどころか、赤字も同然の価格といえる。


 キャンプにおいて、そんな価格で商品が売られているのは、パブリックハウスが登録している冒険者達を、支援する為の組織だから。

 登録した冒険者達が支払う、登録料や会費……手数料などで、維持されているサービスの一つなのである。


 つまり、パブリックハウスに登録されていない冒険者達や、冒険者ではない者達は、支援の対象ではないし、サービスのコストも負担していない。

 それ故、登録冒険者であることを、タグメダルで証明できない者は、キャンプの売店を利用できないのだ。


 これはキャンプの売店だけでなく、パブリックハウスの冒険者用の施設では、基本的には同じシステムになっている。

 ただ、パブリックハウス自体は、事実上のサウダーデの行政機関的と化してもいるので、地上の施設などでは、登録していない住民相手のサービスも提供している(ただし、登録している冒険者より、利用料金は高い)。


 寧人は千ルーナ紙幣二枚で代金を払って、釣りを貰うと、領収書を書いてもらう。

 釣りと領収書を懐に仕舞うと、寧人は買った食べ物と飲み物を一つずつ手にして、残りをリュックに仕舞う。


 そして、売店のテントハウスを、寧人は後にする。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?