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第55話 失礼なことを言うようですが、このまま引き返すことをお勧めします

 曲がりくねり、あちこちが分岐している洞窟を、一時間近く巡った頃、寧人は広い空間に出た。

 広さも高さも、ドーム球場程はあるだろう空間には、様々な洞窟が繋がっている。


 寧人が進んでいた洞窟も、その一つである。

 十七回の戦いを経験し、四十一体もの様々なガーディアンを倒し、寧人は広い空間に辿り着いたのだ。


(やっとシェルスクエアか、予想より時間かかったな)


 貝殻に似た形の広場という事で、パブレティンの地図では、シェルスクエアと命名されている。

 第二階層に通じる連結孔がある場所、つまりは寧人にとって、第一階層のゴールとでも言うべき場所である。


 第一階層は楽なので、初心者でも三十分もあれば、連結孔には辿り着けると、ヘルガは言っていた。

 ところが、多くのガーディアンと遭遇したり、ルートを一度間違えてしまったりした為、その倍近くの時間がかかってしまったのだ。


 シェルスクエアには、多数の冒険者達や採掘者達が集まっている。

 下の階層に下りようとする者達や、逆に上がって来た者達が、集まっているので。


 三百人程の人々が集まっている、シェルスクエアは賑やかだ。

 洞窟を一人寂しく歩き続けて来た寧人は、少しだけほっとしたような気分がする。


「連結孔は、あの辺りかな?」


 洞窟の中にいる人々の多くが歩いて行く先に、寧人は目をやる。

 第二階層に下りられる連結孔が、その辺りにあるのではないかと、寧人は思ったのだ。


 記憶しているシェルスクエアの地図における、連結孔の位置とも、人々が向かっている方向は一致していた。

 寧人も多くの人々と同じ方向に、歩き始める。


 途中、進行方向から来た人々と、寧人は擦れ違う。

 かなり疲れた感じであり、着衣や甲冑などが汚れたり、破損している人々が多いことから、長時間の激しい戦いを経験した後、連結孔から上がって来た人達ではないかと、寧人は推測する。


 程なく、地面に口を開ける大きな穴が、寧人の視界に姿を現す。

 二十メートル程の直径がある、ほぼ円形の穴であり、周囲には多くの人々が集まっている。


 穴の中から出てくる者達もいれば、穴の中に入っていく者達もいる。


「あれが連結孔で、間違いないみたいだな」


 寧人は連結孔に、歩み寄っていく。

 すると、自分の方を見ている男の存在に、寧人は気付く。


 カーゴパンツにフィールドジャケットという組み合わせの、黒い標準戦闘服スタンダードの上に、プロテクター風の軽装の鎧を装着している、ありがちな服装の男だ。

 五十才近い年齢に見えるが、精悍さを感じさせる、黒い短髪の色白の男である。


 腰のベルトに剣を佩いていることから、剣士であるのが分かる。

 眼光の鋭い男で、値踏みするような目で、寧人のことを見ている。


(……何だ? 何か用なのかな?)


 疑問に思いながら、男を見返した寧人は、男の左胸にある、酒樽猫のバッジに気付く。


(ああ、パブの人なのか! バウンサーとかいう奴なのかな?)


 バウンサーというのは、アガルタで冒険者や採掘者を守る為、様々な活動をしている、パブリックハウスの職員のことだ。

 元冒険者が多く、並の冒険者よりも、高い戦闘力を持つ者が多いと、寧人はヘルガに聞いていた。


 状況に応じて、柔軟に配置換えが行われるので、どの層に何人のバウンサーが配置されると、決まっている訳ではない。

 だが、冒険者が踏破した層には大抵、バウンサーが送り込まれ、配置されることになっている。


 寧人が察した通り、男はバウンサーであった。

 バウンサーの男は、すぐに寧人から目を離すと、別の冒険者達の方に、目線を移動させる。


 連結孔に近寄る冒険者達や採掘者達を、調べているかのような感じに、寧人には見えた。

 ただ、男が何をしているのか、見続ける程に暇ではなかったので、寧人は足を進め、連結孔に近付いていく。


「……パブリックハウスのバウンサー、ゲラルト・ハンマーです」


 突如、後ろの方から、そんな声がしたので、寧人は振り返る。

 すると、先程のバウンサーの男が、近くにいるパーティに声をかけている光景が、寧人の目に映る。


「皆様は、第二階層に下りるつもりでしょうか?」


「そうだけど、それがどうかしたか?」


 パーティのリーダーらしき、赤い標準戦闘服に軽装の鎧という出で立ちの男が、バウンサーに訊き返す。

 逆立てた茶髪のショートヘアーが印象的な、色白の青年だ。


 尖った感じの、割と整った顔立ちの青年で、腰には剣を佩いている。

 予備の武器として、拳銃も持ち歩いているらしく、ベルトにはホルスターをぶら下げている。


「失礼なことを言うようですが、このまま引き返すことをお勧めします」


 バウンサーのゲラルトは、丁寧な口調で続ける。


「本日は通常よりも、ガーディアンの出現数が多いという報告が、階層各所から入っていまして……危険と言える状態です」


(あ、やっぱり普通よりも、ガーディアンの数が多かったんだ)


 ヘルガが言っていたよりも、多くのガーディアンと遭遇したので、そうなのではないかと、寧人は思っていたのだ。

 寧人が感じていたことは、ゲラルトの話により、事実だと裏付けられた。


「バリアアクセサリーも既に半分、失っている状態のようですし、装備にも破損個所が見られます」


 バリアアクセサリーとは、魔石や聖石のアガルタイズがセットされた、防御用の魔術や聖術が仕掛けられた防御アイテムだ。

 ある程度までの攻撃であれば、バリアアクセサリー一つにつき一度、完全に防ぎ切る効果がある。


 氣や奥拉……魔力や聖力などによる防御魔術を使えなかったり、甲冑を装備して長時間行動できる体力が無い冒険者達は、このバリアアクセサリーに頼っている場合が多い。

 ピアスやネックレス、ブレスレットタイプの物が、その殆どを占める。




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