緑色の粘液が、津波のように寧人に襲い掛かってくる。
寧人は慌てて跳び退くが、左脚をスライムに捕らわれる。
普通の人間であれば、下手すると数秒で皮膚が溶かされてしまうのだが、氣膜に守られている寧人の場合、すぐに溶かされるようなことはない。
しかも、瞬時に硬身功を発動したので、功夫服を少しばかり溶かされただけで、身体の方はノーダメージであった。
ただ、ピープスライムは獲物を捕らえる際、身体に電気を流すので、寧人の身体は少しだけ痺れてしまう。
今回の硬身功は、ちゃんと発動していたのだが、氣膜だけの防御の際、僅かに電撃を食らってしまったのだ。
口惜し気に、寧人は言葉を吐き捨てる。
「また、ミスっちまった!」
寧人は硬身功で得た強力な力で、ピープスライムを左脚から剥がそうとするが、剥がれない。
力が強い訳ではないのだが、ねっとりと糸を引くように伸びるだけで、剥がせもしなければ、引き千切れもしないのだ。
(やっぱ氣で吹っ飛ばすしかないのか!)
氣で吹き飛ばす場合、術で氣に様々な属性を与えることもあれば、ただの氣で吹き飛ばすこともある。
ピープスライムの場合は、属性を与えずとも、強力な氣の力に弱く、消滅させることができる。
寧人は右掌に氣を集めて、ピープスライムに向けると、一気に氣を放出する。
寧人は氣砲で、ピープスライムに氣風を浴びせかけたのだ。
白く光る暴風の如き、氣風を浴びたピープスライムは、沸騰したかのように泡立ち始め、黒い煙を湯気のように発生させながら、あっという間に消滅してしまう。
米二粒程の大きさがある、黒いアガルタイズが、ピープスライムがいた辺りに残されていた。
「やった……」
ピープスライムを倒した寧人は、安堵の表情を浮かべながら、地面に落ちていたアガルタイズを拾い上げる。
「また黒か……まぁ、他の色のアガルタイズは出難いらしいからな、特にレベルが低いガーディアンからは」
寧人はアガルタイズを、リュックのポケットに仕舞う。
そして、ピープスライムに捕らわれた左脚の状態を、一応は確認してみる。
左脚自体にダメージは無いが、功夫服が溶かされ、幾つか穴が開いてしまっていた。
ピープスライムは完全消滅したので、緑の粘液による汚れは、残されてはいない。
破損した功夫服が、自分の戦いの未熟さを物語っているように、寧人には感じられた。
寧人は再び、洞窟の中を進みながら、終わったばかりの戦いを顧みる。
(戦ってる時の判断が遅いな……いや、それもあるけど、考える時に、身体の動きが鈍っているのもまずいか……)
考えながらでも、ちゃんと動き回れていれば、ピープスライムに捕らえられたりはしなかった筈だと、寧人は考えたのである。
(いきなり襲われると、つい焦って迷ったりして……頭と身体が動かなくなっちゃうんだ)
ヘルガとの散打の際にも、判断の遅さと、思考で動きが鈍る欠点は、指摘されていた。
その傾向が、アガルタでの実戦では、より酷い形で起こってしまっている。
散打の修行とは違い、ガーディアン相手の実戦では、何時……どんな相手に、どこから襲われるかが分からない。
奇襲されるのが当たり前というのが、アガルタにおける実戦だ。
しかも、ヘルガより遥かに弱いとはいえ、自分を殺すべく攻撃を仕掛けてくるのがガーディアンである。
散打の時よりも焦ってしまうのは、当たり前と言えなくもない。
(こうなるのは、実戦経験不足のせいなんだろう。雑魚相手だっていうのに、余裕がなさ過ぎるんだ)
反省しつつも、寧人は前向きな方向に、考えを進めてみる。
(だからこそ、俺は実戦経験を積みまくる為、アガルタに来たんじゃないか! 今はとにかく、戦いまくって実戦経験を積みまくるんだ!)
自分を鼓舞するように、寧人は続ける。
(そうすれば……もっと余裕が生まれて、欠点は改善される筈だし、上手く戦えるようになる筈なんだから!)
寧人は改めて気合を入れ直し、洞窟の中を進み続ける。
その後、寧人は五体のピープスライムの奇襲を受けたが、初回のようなミスは犯さず、全て危なげなく倒すことに成功した。
実戦を繰り返す内、少しずつではあるのだが、寧人の経験値は確実に高まり、その戦いは進化し始めていた。
戦う度に失敗した部分を省みて、同じ失敗は繰り返さぬよう、寧人は努力し続けたのだ。
無論、同じ失敗を繰り返してしまうことが、ない訳ではない。
それでも、失敗を省みながらの努力は、確実に寧人の血肉となっていったのである。
戦いと失敗……反省を繰り返しながら、パブレティンの地図を見て決めた、予定のルート通りに、寧人は進み続けた。
様々なガーディアンを相手に実戦経験を積み重ね、徐々に成長し続けながら……。
♢ ♢ ♢