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第50話 俺だけじゃねーのか、独りぼっちは?

「……そろそろ行くよ」


 気まずさを誤魔化すように、寧人はヘルガに声をかける。


「どこから行くんだ?」


「四番トンネルから下りようと思う。とりあえずは、パブレティンに載ってる新人向け推奨ルートを、進んでみる」


 パブレティンには、パブリックハウスが推奨する、様々なルートが載っている。

 その中の、新人向けに推奨されているルートは、東側エントランスの場合、四番トンネルから入るルートなのだ。


「そうだな、その方がいいと思う」


 寧人の判断に、ヘルガは同意する。


「……初めてなんだから、無茶はしない程度に、頑張ってこい!」


 ヘルガは寧人の背中を、励ますように叩くと、強い口調で付け加える。


「でも、目標を達成できなかったら、罰が待ってるからな!」


「分かってるよ……」


 そう言いつつ、苦笑いを浮かべる寧人に、ヘルガは抱拳禮をしてから、言い放つ。


「それじゃ、よい冒険を!」


 寧人は抱拳禮を返し、続いて元気よく言葉を返す。


「……行ってきます!」


 そして、寧人は左手を振ると、四番トンネルに向かって、歩いて行く。

 強い言葉とは裏腹に、心配そうな表情を浮かべている、ヘルガの目線を背中に感じながら。


 左斜め前に向かい、寧人は坂道を下りて行く。

 坂道の部分は、土が剥き出しの、荒野同然の状態だ。


 坂を下りて行くと、高さにして三十メートル程の、蒲鉾かまぼこのような形のトンネルが、次第に目の前に迫ってくる。

 日本で見かけたことがあるトンネルよりも、かなり大きく迫力がある。


 出入口の部分だけは、レンガ風の建材だが、トンネルの内部は全て、コンクリート風の建材で造られている。

 陽光の届かぬトンネルの中に、寧人は足を踏み入れる。


 外に比べれば暗いのだが、天井部分に照明があるので、街灯に照らされた夜道と同じ程度の明るさは、保たれている。

 ひんやりとした空気の流れを肌に浴び、寧人はめくりあげていた功夫服の袖を伸ばす。


 通学する人々や通勤する人々で賑わう、朝の駅近くの通りのように、トンネルの中は賑わっている。

 そのせいか、寧人は余り緊張しないで済んでいる。


 結構な急こう配な上、人で込み合っているので、走る人はいない。

 輕身功を使えば、壁を歩いたりもできるのだが、まだアガルタに辿り着いてもいないのに、氣を消耗することもないだろうと考え、寧人は輕身功の使用を控えた。


 周囲からは、様々な声が聞えてくる。

 トンネルの中であるせいか、妙に響いてしまうので、聞き取り易くはないのだが。


 真面目にアガルタ内での策について、語り合っている者達もいれば、女や酒の話をしている男達も、男の話をしている女達もいる。

 冒険者と思われる人達の声も、採掘場について語る採掘者らしき人達の声もする。


(俺だけじゃねーのか、独りぼっちは?)


 単独行動をしているのが、自分だけな気がして、寧人は少しだけ寂しさを覚える。

 武仙幇の方針なので、仕方がないとはいえ、できれば仲間と冒険してみたかったなと、寧人は思う。


 そのまま三百メートル程、寧人が坂を下り続けると、遠くに開けた空間が姿を現し始める。

 トンネルを抜けた先の、第一階層からがアガルタなのだ。


 程なく、寧人はトンネルを抜け、その開けた空間に出る。


「ここが、アガルタか……」


 これまで散々、人から話を聞いたり、資料で読んだりしていたアガルタに、とうとう足を踏み入れた寧人は、感慨深げに呟きつつ、懐から懐中時計を取り出す。


「午前、九時七分……と」


 アガルタに入った時刻を記憶した寧人は、懐中時計をしまうと、アガルタの中を歩き始める。

 周囲を見回すと、岩石に覆われた広い空間が、寧人の目に映る。


 広い空間の先には、トンネルのような穴が、多数口を開けている。

 冒険者達や採掘者達は、それぞれ目を付けた穴に向かって、足を進めている。


「第一階層は坑道型迷宮……あの穴が、坑道みたいになってる訳か」


 パブレティンの地図には、第一階層は坑道型迷宮という説明書きがあった。

 坑道型迷宮とは、鉱山の坑道のような通路が、広大な迷路を形作っているタイプの迷宮である。


 採掘者達が下りるのは、基本的には第一階層まで。

 行動型迷宮こそが、採掘者達の活動の場なのである。


 中には、第二階層まで下りる採掘者もいるのだが、少数派といえる。

 第一階層より品質の高いアガルタイズが採掘できるのだが、第一階層よりも遥かに危険なので。


 坑道型迷宮の通路のあちこちに、アガルタイズがある。

 採掘者達は、それを目当てにして、洞窟の中に入って行く。


 冒険者達も洞窟の穴に入って行くが、こちらは採掘が目当てではない。

 ガーディアンを倒すことが、冒険者達の目的なのだ。


 ガーディアンは倒されると、高純度で質の高いアガルタイズを残し、消え去る。

 深い階層の強力なガーディアンの方が、より質が高く、大きなアガルタイズを残す傾向がある。


 ただ、浅い階層の弱いガーディアンの場合、残すアガルタイズの質は低い。

 故に、浅い階層では、高値で売れるアガルタイズは、普通なら入手できないのだ。


 浅い階層で採掘者が時間をかけて採掘するよりも、遥かに高値で売れるアガルタイズを、大抵の冒険者達は、ガーディアンを倒して手に入れることができる。

 しかも、ガーディアンは高値で売れる、貴重なアイテム……ドロップを残すこともある。


 高品質のアガルタイズやドロップを入手できるので、冒険者の稼ぎは採掘者よりも、遥かに多い。

 その代わり、強力なガーディアンとの戦闘を繰り返すことになるので、遥かに危険な仕事ではあるのだが。




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