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第49話 自分より弱そうな冒険者、特に新人の冒険者相手に、ちょっかいを出してくる馬鹿な奴は、結構いるんだ

「三番トンネルは、第五階層へのショートカットに近い辺りに出るのか」


 寧人が開いているパブレティンの、アガルタの地図を覗き込みながら、ヘルガは続ける。


「風雷旅団の連中は、早目に下の層を目指すみたいだね」


 ショートカットというのは、近道のことだ。

 アガルタの階層は、下の階層に下りる為の通路……連結孔れんけつこうがあり、普通は一つ下の階層にしか下りられない。


 ところが、幾つもの階層を飛ばした、下の階層に下りられる連結穴も、存在するのだ。

 そういった連結孔は、ショートカットと呼ばれている。


 急いで下の階層を目指すパーティは、ショートカットを利用する場合が多いのだ。


「さすがに、いきなり第五階層に下りるのはまずいから、下りる時にショートカットは使わない方がいい」


 ヘルガの助言に、寧人は頷く。


「でも、ショートカットの位置は、常に頭に入れておけ。初心者でもショートカットは、逃げる時に使う場合があるからな」


 体力や装備などが不足し、急いでアガルタから出る必要がある場合、ショートカットを使えば、素早く地上に逃げ易い。

 そういう意味で、初心者でもショートカットは、逃げる時に必要なのである。


「何だ? ガキみたいなのがいるぞ」


 どこかから、お調子者風の男の声がする。


「おいおい、冒険者ごっこ遊びか? ごっこ遊びなら、他所でやりなよ!」


 冷やかすような声の後、嘲るような笑い声が湧き上がる。

 寧人達の左側に集まっている、どこかのカンパニーの者達が、子供に見える寧人達を見て、嘲笑しているのだ。


 自分達のことを言われているのは察せられたので、寧人は不愉快そうに左側を睨む。

 動き易い標準戦闘服の上に、軽装の鎧を装備している、若い男性の冒険者達だ。


(何だ、俺と大して、年は変わらないじゃないか)


 二十歳前後だと思われる冒険者達を見て、寧人は心の中で呟く。

 寧人から見れば、彼等の年齢は自分と変わらないように見える。


 だが、クルサードの人間からすると、小柄で童顔の寧人は、嘲笑した冒険者達よりも、五歳以上は年下に……子供に見えてしまうのだ。

 無論、寧人と共にいるヘルガも、寧人と似たような年頃に見える。


「黙れ、馬鹿共!」


 厳しい男性の声が、響き渡る。

 三十代中頃と思われる、褐色の精悍な大男が、寧人とヘルガを嘲笑していた若者達を、叱り付けたのだ。


 服装は若者達と似ているが、並ではない大きさの剣を、大男は背中に背負っている。

 赤毛の短髪が印象的な、明らかに鍛え上げられた、筋肉だらけの大男である。


「見た目で相手を侮ると、ろくなことにはならんぞ! 相手がガーディアンだろうがモンスターだろうが、冒険者だろうが同じだ!」


「いいことを言う」


 ヘルガは真顔で、言葉を続ける。


「寧人も覚えておけよ。見た目で相手を、侮るんじゃない」


 叱責を終えると、大男は寧人達の方を向き、一礼する。


「すまんな。うちの若いもんが、無礼な真似をした」


「お気になさらず、慣れてますんで」


 余裕を持った言葉遣いと態度で、言葉を返したヘルガと、その隣にいる寧人に、もう一度大男は頭を下げる。

 そして、軽口を叩いた後輩達や、他の十人程の仲間達を引き連れ、第四トンネルに向かって移動を始める。


「自分より弱そうな冒険者、特に新人の冒険者相手に、ちょっかいを出してくる馬鹿な奴は、結構いるんだ」


 ちょっかいを出された経験があるのだろう、ヘルガは苦々し気な表情を浮かべる。


「言葉だけならいいんだが、中には初心者狩りとか言われてる、弱そうな初心者を襲ったりする悪質な連中もいるから、気を付けなよ」


「冒険者の八掟があるのに?」


 寧人の問いに、ヘルガが頷く。


「カティアが言っていただろ、小規模ないざこざは、事実上野放し状態だって」


 ヘルガに言われて、寧人はカティアの話を思い出す。


(ネトゲにもいたな、初心者狩りする奴)


 日本にいた時にプレイしたオンラインゲームで、まだ初心者だった頃、いわゆる「初心者狩り」に遭った時のことが、寧人の頭に蘇る。


「馬鹿に会っても、相手にするな」


 ヘルガは寧人に、助言を続ける。


「初心者狩りなんてするような奴は、弱い奴と相場が決まってる。そんな連中の相手をして……大怪我させたり殺したりすると、さすがに問題になることがあるから、相手しないで逃げた方が得だからね」


 冒険者同士のいざこざも、大怪我したり死んだりするような者が出る場合は、さすがに小規模とは扱われず、野放しにされることはないのだ。


「そうするよ」


 返事をしながら、寧人はパブレティンを畳み、リュックに仕舞う。


「後は……体力や装備の半分を消耗したり、氣の回復が遅れそうになったら、すぐに地上かパブのキャンプを目指すんだよ」


 氣は練れば回復するのだが、体力の消耗が酷くなると、氣を練っても回復し難くなる。

 そうなる兆しがあれば、すぐに安全な場所を目指せと、ヘルガは言っているのだ。


 パブのキャンプというのは、アガルタの数か所にパブリックハウスが築いた、橋頭保的な安全地帯である。

 絶対に安全とは言い切れないのだが、かなり安全な状態で。冒険者達は身を休め、補給を得ることができる。


「分かってるって。ヘル姐は同じアドバイスし過ぎだよ」


「お前は何度アドバイスしても、同じ失敗繰り返すだろうが。何度アドバイスしようが、し過ぎということはない」


 そう言われてしまうと、思い当たる節があり過ぎて、寧人は言い返せない。

 寧人は気まずそうに、目線を泳がせる。




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