「三番トンネルは、第五階層へのショートカットに近い辺りに出るのか」
寧人が開いているパブレティンの、アガルタの地図を覗き込みながら、ヘルガは続ける。
「風雷旅団の連中は、早目に下の層を目指すみたいだね」
ショートカットというのは、近道のことだ。
アガルタの階層は、下の階層に下りる為の通路……
ところが、幾つもの階層を飛ばした、下の階層に下りられる連結穴も、存在するのだ。
そういった連結孔は、ショートカットと呼ばれている。
急いで下の階層を目指すパーティは、ショートカットを利用する場合が多いのだ。
「さすがに、いきなり第五階層に下りるのはまずいから、下りる時にショートカットは使わない方がいい」
ヘルガの助言に、寧人は頷く。
「でも、ショートカットの位置は、常に頭に入れておけ。初心者でもショートカットは、逃げる時に使う場合があるからな」
体力や装備などが不足し、急いでアガルタから出る必要がある場合、ショートカットを使えば、素早く地上に逃げ易い。
そういう意味で、初心者でもショートカットは、逃げる時に必要なのである。
「何だ? ガキみたいなのがいるぞ」
どこかから、お調子者風の男の声がする。
「おいおい、冒険者ごっこ遊びか? ごっこ遊びなら、他所でやりなよ!」
冷やかすような声の後、嘲るような笑い声が湧き上がる。
寧人達の左側に集まっている、どこかのカンパニーの者達が、子供に見える寧人達を見て、嘲笑しているのだ。
自分達のことを言われているのは察せられたので、寧人は不愉快そうに左側を睨む。
動き易い標準戦闘服の上に、軽装の鎧を装備している、若い男性の冒険者達だ。
(何だ、俺と大して、年は変わらないじゃないか)
二十歳前後だと思われる冒険者達を見て、寧人は心の中で呟く。
寧人から見れば、彼等の年齢は自分と変わらないように見える。
だが、クルサードの人間からすると、小柄で童顔の寧人は、嘲笑した冒険者達よりも、五歳以上は年下に……子供に見えてしまうのだ。
無論、寧人と共にいるヘルガも、寧人と似たような年頃に見える。
「黙れ、馬鹿共!」
厳しい男性の声が、響き渡る。
三十代中頃と思われる、褐色の精悍な大男が、寧人とヘルガを嘲笑していた若者達を、叱り付けたのだ。
服装は若者達と似ているが、並ではない大きさの剣を、大男は背中に背負っている。
赤毛の短髪が印象的な、明らかに鍛え上げられた、筋肉だらけの大男である。
「見た目で相手を侮ると、ろくなことにはならんぞ! 相手がガーディアンだろうがモンスターだろうが、冒険者だろうが同じだ!」
「いいことを言う」
ヘルガは真顔で、言葉を続ける。
「寧人も覚えておけよ。見た目で相手を、侮るんじゃない」
叱責を終えると、大男は寧人達の方を向き、一礼する。
「すまんな。うちの若いもんが、無礼な真似をした」
「お気になさらず、慣れてますんで」
余裕を持った言葉遣いと態度で、言葉を返したヘルガと、その隣にいる寧人に、もう一度大男は頭を下げる。
そして、軽口を叩いた後輩達や、他の十人程の仲間達を引き連れ、第四トンネルに向かって移動を始める。
「自分より弱そうな冒険者、特に新人の冒険者相手に、ちょっかいを出してくる馬鹿な奴は、結構いるんだ」
ちょっかいを出された経験があるのだろう、ヘルガは苦々し気な表情を浮かべる。
「言葉だけならいいんだが、中には初心者狩りとか言われてる、弱そうな初心者を襲ったりする悪質な連中もいるから、気を付けなよ」
「冒険者の八掟があるのに?」
寧人の問いに、ヘルガが頷く。
「カティアが言っていただろ、小規模ないざこざは、事実上野放し状態だって」
ヘルガに言われて、寧人はカティアの話を思い出す。
(ネトゲにもいたな、初心者狩りする奴)
日本にいた時にプレイしたオンラインゲームで、まだ初心者だった頃、いわゆる「初心者狩り」に遭った時のことが、寧人の頭に蘇る。
「馬鹿に会っても、相手にするな」
ヘルガは寧人に、助言を続ける。
「初心者狩りなんてするような奴は、弱い奴と相場が決まってる。そんな連中の相手をして……大怪我させたり殺したりすると、さすがに問題になることがあるから、相手しないで逃げた方が得だからね」
冒険者同士のいざこざも、大怪我したり死んだりするような者が出る場合は、さすがに小規模とは扱われず、野放しにされることはないのだ。
「そうするよ」
返事をしながら、寧人はパブレティンを畳み、リュックに仕舞う。
「後は……体力や装備の半分を消耗したり、氣の回復が遅れそうになったら、すぐに地上かパブのキャンプを目指すんだよ」
氣は練れば回復するのだが、体力の消耗が酷くなると、氣を練っても回復し難くなる。
そうなる兆しがあれば、すぐに安全な場所を目指せと、ヘルガは言っているのだ。
パブのキャンプというのは、アガルタの数か所にパブリックハウスが築いた、橋頭保的な安全地帯である。
絶対に安全とは言い切れないのだが、かなり安全な状態で。冒険者達は身を休め、補給を得ることができる。
「分かってるって。ヘル姐は同じアドバイスし過ぎだよ」
「お前は何度アドバイスしても、同じ失敗繰り返すだろうが。何度アドバイスしようが、し過ぎということはない」
そう言われてしまうと、思い当たる節があり過ぎて、寧人は言い返せない。
寧人は気まずそうに、目線を泳がせる。