周囲の山々から見下ろすと、サウダーデは盆地の底に置かれた、巨大なドーナツのように見える。
地下に存在する巨大迷宮アガルタの上には、建築物が存在せず、直径七キロの円形の荒野が広がっていて、それがドーナツの穴に見えるせいだ。
再生期間に入ると、アガルタの上に広がる荒野の、外縁部分を除いた殆どでは、様々な異常現象が発生する。
他の場所と入れ替わってしまったり、巨大な竜巻が発生したり、いきなり殆どが水没し、巨大な湖のようになってしまったり……。
故に、アガルタの上にある地上部分の殆どに、建物はないのだ。
たまに利用しようとする者達が現れるのだが、毎度のように失敗している。
この広大な荒野の外縁部分の東西南北には、アガルタに出入り出来る、大きな出入口……エントランスがある。
そして、円形の荒野の外縁部分には、再生期間でも異常現象は発生しないので、建物が存在する。
エントランスの周囲には、パブリックハウスの出張所や、冒険者や採掘者向けの様々な店が並んでいる。
商店街や繁華街のように、賑わっているのだ。
コンカーの駅も、エントランスの近くの、異常現象が起こらない辺りに設置されている。
普通のコンカーの駅もあるのだが、採掘されたアガルタイズを輸送する為の、輸送用のコンカーの駅もある。
冒険者とは違い、採掘者は採掘したアガルタイズを、出入り口付近にある、コーヒーハウスで売却する。
パブリックハウスの発掘者向けの施設が、コーヒーハウスなのだ。
コーヒーハウスでパブリックハウスが購入したアガルタイズは、輸送用のコンカーにより、アガルタイズの精製工場へと輸送される。
精製されたアガルタイズは、グレートウェスタン鉄道やコンボイにより、購入した他の都市や国家などに輸送されるのだ。
多数の冒険者達と採掘者達、彼等を相手に商売を営む様々な者達により、アガルタの出入り口付近は冒険期間中、常に祭のように賑わっている。
そんなアガルタの東部エントランスの前に、寧人とヘルガは姿を現した……第一パブリックハウスを出た、数分後のことである。
甲冑や軽装の鎧、黒いローブにや白いローブ、
様々な服装に身を包み、武器を携えた人々が数百人、出入り口付近に集まっている。
(まるで、ネトゲのロビーだな)
ファンタジー系のネットワークロールプレイングゲームで、多数のプレイヤー達が集うロビーのような光景だなと、寧人は思う。
一部、現代もののシューティング系のゲームや、ギャング系のゲーム風の、銃砲を手にした人々も混ざっている。
氣や
そういった力を操る人間だけでなく、殆どのガーディアン相手には、有効とは言えない武器だ。
それ故、クルサードにおいて銃砲は、弱い部類の武器といえる。
ただ、浅い階層に出現する、弱い部類のガーディアン相手であれば、一応は有効な武器となる。
氣や
だから、浅い階層までしか潜らない採掘者などは、銃砲で武装している場合が多いのだ。
そして、冒険者や探索者でもなければ、彼等を相手に商売を営む訳でもない者達も、東部エントランス前の群衆達に混ざっていた。
「こんな所にまで……迷惑な連中だ」
群衆の中で声を張り上げ、ビラを配っている白装束の一団を目にして、ヘルガは忌々し気に言葉を吐き捨てる。
ヘルガの目線の先には、十字星が印された白装束を身に纏う、十字星教の教徒達の一団がいた。
「愚かなる冒険者達に採掘者達、悔い改めよ! アガルタは本来、十字星教の物である、聖なる場! 十字星教の教徒ではない者達が、踏み込んでいい場所ではない!」
十字星教の教徒達は十数人でグループを作り、あちこちで声を張り上げ、ビラを配っている。
だが、冒険者達にも探索者達にも、相手にされていない。
声を張り上げているのは、十字星教の教徒達だけではない。
「
寧人達の近くに集まっていた、二十人程の集団中で、一人の男が声を上げる。
風雷旅団というのはカンパニーの名前、疾風と迅雷というのは、風雷旅団の冒険者達で構成される、パーティの名である。
「今日は三番から下りる! はぐれるなよ!」
東西南北の各エントランスには、それぞれ十本のトンネルが口を開けている。
トンネルには右から順番に、数字が振られている。
つまり、風雷旅団の二つのパーティは、右から三番目のトンネルから、アガルタに下りる訳である。
軽装の鎧の剣士達や黒いローブ姿の魔術士達、白いローブ姿の聖術師達が、右斜め前に向かって移動を開始する。
ちなみに、戦闘において、主に前線に出て戦う前衛職は、戦闘スタイルの違いにより、更に細かく職種が分類されている。
剣術で戦うなら剣士、主に素手で戦うなら格闘家といった感じで。
カンパニー独自の職種も、存在している。
震天動地という流派の戦闘スタイルで戦う武仙は、カンパニー独自の職種なのである。
寧人達がいる辺りは、三番と四番のトンネルの近く。
目の前にある下り坂を、右斜め前に下りて行くと、ちょうど三番トンネルが、左斜め前に下りて行くと、四番トンネルがあるのだ。