「冒険者達が辿り着いた第三十階層まで、マッピングは進んでいます。第三十階層のロードガーディアンは、まだ倒せていませんが」
地図を指し示しながら、カティアは説明を続ける。
「第三十階層までの全階層の七十パーセント程が、マッピングされていますので、アガルタを冒険する際の、参考になさって下さい」
アガルタの各階層は広いので、冒険者達が辿り着いた階層でも、マッピングされていない場所は存在する。
故に、現時点でマッピングされているのは、七十パーセント程度なのである。
パブレティンを閉じて折りたたむと、カティアは寧人に手渡す。
「これで、冒険者登録や基本的な説明は終わりですが、最近……導入が進んでる、新しいサービスの、エストレイヤサビアについて、説明しても宜しいですか?」
武仙幇では教えられなかったサービスなので、寧人はエストレイヤサビアの事を知らなかった。
「あれは不要だ」
寧人ではなく、ヘルガが無表情で、拒否の言葉を口にする。
ヘルガはエストレイヤサビアを、知っていたのだ。
「何なの、そのエストレイヤ……何とかって?」
問いかける寧人に、カティアが答える。
「冒険者の能力や状態などの様々な情報を、数値化して表示する、タトゥーのことです。色々と便利なので、既に冒険者の半分は導入済みなんですよ」
考え込む寧人に、ヘルガが声をかける。
「武仙幇の者は、何らかの形で、身体に仙術が仕掛けられてるも同然の状態にある」
陰陽寶珠を体内に持つ者は、多数の仙術を体内に仕掛けられているも同然。
レヴァナントであるヘルガやジーナも、人を襲う妖魔としての性質を抑え込む、仙術が仕掛けられた札……
より正確にいえば、符籙を装備の一つとしている寶貝を、体内に取り込んでいるというべきなのだが。
「他の系統の術が仕掛けられている道具を使うならともかく、身体に直接、他の系統の術を仕込むと、干渉してトラブルを引き起こす可能性がある。安易に他の系統の術を、身体に仕込むべきじゃない」
そんなヘルガの言葉に、カティアは異を唱える。
「トラブルを起こすような術じゃ、無いんですけど……ヘルガ様は心配性ですね」
(これは、どうしたもんかな?)
二人の話を聞いて、寧人は考え込む。
どちらが正しいか判断できる程、この問題について、寧人は詳しくはなかったので。
「他の連中には秘密にしているんだけど、陰陽寶珠を使えば、エストレイヤサビアと同じようなことはできるから、武仙幫の者には不要なんだ」
そんな言葉をヘルガに囁かれ、寧人の中から迷いが消える。
「止めときます」
断りの言葉を、寧人は口にする。
「タトゥーとか入れ墨の類は入れるなってのが、爺ちゃんの遺言なんで」
「お爺様の遺言……ですか。それでは、仕方がないですね」
寧人の口癖を初めて聞いたカティアは、本当のことだと受け取ってしまう。
無論、そんな遺言など、弾は遺していない。
「それでは、これで私からの話は終わりですが、何か御不明な点は、おありですか?」
少しだけ考えて、寧人はカティアに返答する。
「いや、特にありません」
「そうですか。では……今後、何か御不明な点がおありでしたら、パブリックハウスに問い合わせて下さい」
寧人がリュックに仕舞い始めた青本を見ながら、カティアは続ける。
「まぁ、新人冒険者の方が分からないことは、大抵……青本に書いてあるとは思うのですが」
「……じゃあ、登録も終わったことだし、アガルタに向かうか」
青本とパブレティンを、リュックに仕舞い終えた寧人は、リュックを背負う。
続いて、カウンターの上に置いたままだったタグメダルを、ペンダントのように首にかけ、功夫服の内側に仕舞う。
そして、寧人は立ち上がると、カティアに一礼。
踵を返して、ヘルガと共にカウンターの前を後にする。
「それでは、よい冒険を!」
去って行く寧人の背中に、カティアは笑顔で声をかけた。
「結構長くかかったな」
時計で現在時刻が、午前八時四十五分辺りであるのを確認し、ヘルガは言い足す。
「カティアの奴、話が長いんだよ」
「仲いいんですか?」
ヘルガとカティアの会話や態度から、そうなのではないかと感じていた寧人は、問いかけてみる。
「子供の頃からの腐れ縁でね。まぁ……見た目だと、同い年には見えないだろうが」
寧人はヘルガの返答から、ほんの僅かな寂しさを感じ取る。
自分が変わらぬままなのに、友人だけが大人の身体になっていくのを見るのは、寂しいことなのかもしれないと、寧人は思う。
(俺も何時か、そんな風な寂しさを、感じることもあるのかな?)
仙人となった寧人は、不老と言う意味では、レヴァナントであるヘルガと同じ。
だが、まだ寧人には、その実感が全くなかった。
(ま、そんなことを気にするのは、ドラゴン共を倒した後だ!)
すぐさま寧人は、頭を切り替える。
(強くなってドラゴン共を倒さないと、友達だけが年をとっていく経験すら、俺にはできなくなるんだから!)
まずは友人達を守る為にも、寧人は強くならねばならない。
そして、強くなる為には、洞天福地での修行だけでなく、アガルタで実戦経験を積まなければならないのだ。
改めて気を引き締めた上で、寧人はヘルガと共に、出入り口に向って歩いていく。
「今度の
「
「確かに、鉄拳マドックに双剣のユージェニー、疾風のヴァレンタインと、最近名前が売れてる連中が揃ってるからな」
「そうか? 俺はシャドウレギオンの黒剣のキリアンか炎のドロレス辺りだと思うけど」
屯って雑談をしている冒険者達の会話が、寧人の耳に飛び込んでくる。
「武神祭って?」
寧人に問われ、ヘルガは答える。
「来月に開催される、若手の武術家向けの武術大会だよ」
ヘルガは言い足す。
「個人戦とパーティ戦があるんで、パーティ戦の方は魔術士や聖術士なんかの後衛も参加できるんだ」
「そんなのがあるんだ」
寧人の言葉の後、再び屯っている冒険者達の会話が聞こえてくる。
「モリグナは出るのかな?」
「モリグナは出ないだろ、出れば優勝候補になるだろうけど、これまで出たことないし」
モリグナの名が出てきたことに、寧人は驚く。
「優勝候補扱いになるくらいに、モリグナって強いんだ?」
「かなり強い部類だよ。若手どころか、現役の冒険者のトップクラスさ」
「知らなかった、意外だな」
モリグナの三人が、そんな凄腕の冒険者であることを知り、寧人は意外に思う。
八卦温泉で目にする三人は、酒と食べ物と温泉が大好きで、いつも楽しそうにしているお姉さん達という印象だったので。
雑談を交わしながら歩いてる間に、寧人とヘルガは出入り口の辺りに辿り着く。
そして、二人は出入り口を通り抜け、パブリックハウスを後にする。
これから寧人が実戦の修行をする、命の危険がある危険な地下迷宮、アガルタに向かう為に。
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