「拝見させて頂きます」
書類のチェックを始めたカティアは、すぐに寧人に訊ねる。
「震は
「そうです」
アガルタでの実戦修業に出る際、武仙幇は門下生に、八卦姓という姓を名乗らせる仕来りがある。
縁起担ぎであり、
この中から、寧人が昨夜、八卦骰子を振って選んだのが震だった。
「失礼ですが、年齢が十八才というのは、間違いはないんですね?」
「はい。もうすぐ十九になりますけど、今は十八です」
「そうですか……ヘルガ様から聞いてはいたんですが、本当にお若く見えますね」
昨日、パブリックハウスを訪れたヘルガから、カティアは大雑把にではあるが、寧人の話を聞いていた。
実際の年齢よりも若く見えことは、ヘルガにより伝えられていたのだが、それでもカティアには、寧人が十代前半に見えてしまったので、驚いて確認したのである。
ちなみに、別に十代前半だからといって、冒険者登録ができない訳ではない。
ただし、学校に通う年代である十代前半で、冒険者となる者は、殆どいないのだが。
「……特に問題がありそうな部分は、ないようですね」
そう言うと、カティアは書類をカウンターの、寧人から見て右脇に置く。
続いて、カティアはカウンターの下から、白い板を取り出し、寧人に手渡す。
「写真を撮りますので、この
(写真撮影の時に背景にする、白いスクリーンみたいなもんか)
白い板……背景板を、そう寧人は理解しつつ、カティアの指示通りにする。
寧人の背景板に関する理解は、正しかった。
背景板と同様に、カウンターの下に用意していたカメラを、カティアは持ち上げると、寧人の正面に置く。
寧人の方にレンズを向けている、レトロな大判カメラを思わせる、黒くて大きいカメラには、意味不明な様々な文字や紋様が書き込まれている。
カメラのファインダーらしき小窓を覗き、カメラの左側にあるボタンを操作しつつ、カティアは寧人に指示する。
「少しの間……動かないで、カメラのレンズを見て下さい」
(昔のカメラみたいに、撮影に時間がかかるのかな?)
カティアの指示通りにしつつ、そんな疑問を寧人が抱いた直後、カメラのレンズの上にある、小さなライトが光を放ち始める。
淡い光であり、眩い程ではない。
十秒ほど続いて、光の照射は止まった。
「終わりました、もう動いていいですよ」
カティアはファインダーから顔を話すと、カメラをカウンターの、寧人から見て左側に退ける。
(シャッター音みたいなのは、しないんだな)
自分の知っているカメラとは、動作が違うせいか、余り写真を撮られたという感覚が、寧人にはなかった。
「背景板を、こちらに……」
寧人はカティアに言われて、役目を終えた背景板を、カティアに戻す。
直後、カメラが耳障りな機械音を、発し始める。
「すぐに処理は終わって、音は止みますから」
驚きの表情を浮かべる寧人に、背景板をカウンターの下に仕舞いながら、カティアは声をかけた。
「……処理が終わるまでは、そうですね……冒険者の八掟について、説明しておきましょうか」
そう言うと、カティアはカウンターの引き出しを開け、ファイルを取り出し、寧人に見えるように開いて見せる。
「カンパニーの方で、既に冒険者の八掟についての説明は、受けているとは思いますが、パブリックハウス側には説明義務がありますので、お聞き下さい」
カティアの言葉に、寧人は頷く。
「それでは、まずは第一の掟、『殺人の禁止』についてから……」
カメラが音を立てる中、カティアは冒険者の八掟の説明を始める。
大して音は大きくないので、説明の邪魔にはならない。
第一の掟の「殺人の禁止」の内容は、人殺しをするなという掟であり、第二の掟の「襲撃の禁止」も、文字通りの内容で、人を襲ってはいけないという掟だ。
この二つの掟には、正当防衛が認められる為、相手から先制攻撃を受けた結果であれば、罪を問われることはない。
第三の掟の「窃盗の禁止」も、言葉通りのもの。
第四の掟の「凌辱の禁止」は、性暴力を禁止する掟であり、痴漢行為から強姦に至るまで、あらゆる性暴力は禁止されている。
第五の掟は、「裏切りの禁止」というもの。
これは契約の遵守義務に関するものだが、契約を順守すると冒険者の八掟を破ることになる場合は、破って……裏切って構わないという、付帯条項がある。
第六の掟は、「脅迫の禁止」だ。
暴力的な手段を背景として、他者を脅迫することを禁じるものであり、具体性や実現性のないことを持ち出した上での脅迫は、該当しない。
第七の掟は「
これは、詐欺レベルの騙す行為を禁止するもので、友人間の気楽なものまで禁止するものではない。
そして、第八の掟が「私闘の禁止」である。
パブリックハウスを通した、規定に沿った形での決闘や、正当防衛となる場合を除き、冒険者同士やカンパニー同士の戦闘は、この第八条で禁止されている。
十年前、とある問題で対立した二つのカンパニーが、武力抗争状態に突入。
多数の死傷者を出した挙句、一つのカンパニーが完全に壊滅する結果となった。
パブリックハウスの調査の結果、壊滅した側のカンパニーに、明らかな八掟破りの事実が発覚した。
それ故、勝利したカンパニーは正当防衛が適用され、罪に問われないことになった。