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第43話 坊ちゃんに嬢ちゃん、ここは子供が出入りする場所じゃないよ!

「……で、これが第五掲示板」


 右端の掲示板の前に移動し、ヘルガは説明する。


「冒険者活動に関係があろうがなかろうが、冒険者が好きに使っていい掲示板だよ」


 他の掲示板と違い、用紙がバラバラの第五掲示板の貼り紙に、寧人は目をやる。

 趣味の仲間を募っていたり、交際相手を募集していたり、イベントの告知がされていたりと、貼り紙の内容は様々であった。


「……何だ、あの小さい子供みたいな連中は? あれで冒険者なのか?」


 後ろの方から、そんな男性冒険者の声がする。

 日本に比べると、平均的な身長が明らかに高いサウダーデの中でも、冒険者は身体が大きな者達が多い。


 十代中頃に死んでレヴァナントとなったヘルガは、その頃の見た目のまま。

 つまりは、子供と言える年齢の身長なので、見た目で子ども扱いされることは多い。


 そんなヘルガより、寧人は少し背が低く、顔も日本にいた頃から、実年齢より年下に見られがちであった。

 寧人もサウダーデでは、子供に見間違えられても、おかしくはないのだ。


 フラットで食事中の冒険者が、寧人達にからかいの声をかける。


「坊ちゃんに嬢ちゃん、ここは子供が出入りする場所じゃないよ!」


「馬鹿の相手は、するだけ無駄だ。構うなよ」


 子ども扱いされるのには慣れっこのヘルガは、涼しい顔で寧人に囁く。


「そろそろ時間だ、カウンターに行こう」


 そう言うと、ヘルガは寧人を誘い、カウンターの方に向かう。

 四十メートル程の長さがあるカウンターは、二メートルごとに仕切りで区切られていて、一から二十までの番号が振られている。


 一番から五番までのカウンターが、予約者専用になっている。

 予約者用のカウンターは空いているのだが、そうでない飛び込みの冒険者向けのカウンターは、行列ができていた。


「今日は朝から混んでるな、予約入れといてよかった」


「予約入れておいてくれて、ありがとう」


 寧人に礼を言われたヘルガは、少し恥ずかし気に目線を泳がせる。

 でも、すぐに普段通りの表情に戻り、空いている三番カウンターへと向かう。


 歴史を感じさせる、木製のカウンターの手前と奥には、どちらも椅子があり、奥には女性が座っていた。

 バーテンダー風の服装に身を包んだ、豊かな胸の女性だ。


 左胸には、酒樽猫が刻まれた、銀色のメダルのバッジをしている。

 パブリックハウスの職員は、皆身体のどこかに、このメダルを付けている。


 銀のストレートボブが似合う色白の女性で、縁なしの眼鏡をかけている。

 年齢は二十代中頃か、前半といったところ。


 真面目そうに見えるが、どことなく色っぽさも感じさせる、魅力的な女性に、寧人には見えた。


「時間通りですね、ヘルガ様」


 七番カウンターに現れたヘルガに、眼鏡の女性はにこやかに声をかける。


「様はいらないよ、気持ち悪い」


 居心地悪そうなヘルガに、涼しい顔で女は言葉を返す。


「規則なんですよ。仕事中は諦めて下さい」


 パブリックハウスは、冒険者をサポートする為の組織である。

 その性格上、職員は冒険者達には、丁寧な言葉遣いをすることが、義務付けられている。


 無論、八掟を破ったり、パブリックハウスの施設で、迷惑行為を行った者達相手には、それ相応の態度を取るのだが。

 とにかく、顔見知りや親しい間柄の冒険者相手でも、仕事中の言葉遣いは丁寧なのである。


 ヘルガと眼鏡の女性とのやり取りから、二人が知った間柄なのは、寧人には察せられた。

 寧人はヘルガに促され、カウンターの椅子に座る。


(椅子が大きいな、二人くらい座れそうだけど)


 そう寧人は思ったのだが、ヘルガにその気はないようで、ヘルガは寧人の保護者のように、その左側に立った。


「うちの担当者で、バーメイドのカティアだ」


 ヘルガは眼鏡の女性、カティア・グリンカを、寧人に紹介する。

 バーメイドというのは、パブリックハウスの女性職員を意味する言葉で、男性の場合はバーマンとなる。


 担当者というのは、武仙幇の担当者という意味だ。

 大手だったり、伝統あるカンパニーには、専任という訳ではないのだが、主にそのカンパニーの仕事を担当する、担当者がつく場合があるのだ。


 小規模であり、この六年の間、表向きは冒険者としての活動を、サウダーデでは殆ど行ってこなかったのだが、武仙幇は最古のカンパニーの一つ。

 それ故、武仙幇には担当者がついていて、それが今はカティアなのである。


「カティア・グリンカです」


 カティアに丁寧に一礼され、自己紹介された寧人は、慌てて抱拳禮を返し、自己紹介をする。


「あ、神志南……じゃなくて、しん寧人です」


 寧人は神志南ではなく、震という姓を名乗る。

 そうするように、夢琪から指示されているので。


「十字星教の連中が騒いでいて、五月蠅くて仕方がない。どうにかしてくれよ」


 面倒臭げな表情で言い放ちつつ、ヘルガは懐から大き目の封筒を取り出すと、中から取り出した書類を、カティアに手渡す。

 ヘルガが昨日、パブリックハウスから受け取った、冒険者登録申請用の書類と、登録に必要な分の紙幣だ。


 既に記入事項は、全て記入済みである。


「また騒いでるんですか」


 書類を受け取りながら、カティアは呆れ顔で続ける。


「つい先程、退去させたばかりなんですけど……すぐにまた係の者達が、排除すると思いますよ」


 サウダーデは自由都市なので、公の場での宗教の勧誘は自由である。

 ただし、パブリックハウス近辺は道路であっても、実はパブリックハウス管理下の所有地なので、通行人などから多くの苦情が入るような行為をした者達は、強制的に退去させることができる。




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