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第41話 愚かなる冒険者達よ、悔い改めなさい! アガルタは本来、十字星教の物であり、十字星教の教徒ではない者達が、踏み込

「ここが第一パブリックハウスだよ」


 看板を指差しつつ、ヘルガは寧人に語りかける。

 看板を飾る、酒樽に猫が乗っている、「酒樽猫 バァラァルキャット 」というマークこそが、パブリックハウスのシンボルマークなのだ。


 建物には出入り口が幾つかあるのだが、その中の一つをヘルガは指差す。


「あそこから入ろう」


 ヘルガが指差したのは、ローズウッド風の色合いの木材で作られた、大きくて重そうな観音開きの扉。

 武装している多数の人々が、扉を開閉して出入りしている。


 出入口の近くには、背中や胸に十字星の刺繍がされている、白いシャツにパンツという出で立ちの者達が、二十人程集まっている。

 その白装束の者達は、第一パブリックハウスに出入りする者達に、ビラを配ろうとしていた。


 ただ、冒険者達の方は迷惑そうであり、ビラを受け取ろうとはしない。

 面倒臭げに無視しているという感じの、冒険者ばかりだ。


「十字星教の屑共だ、迷惑な連中だよ」


 ゴミでも見るかのような目で、白装束の十字星教の教徒達を一瞥しつつ、ヘルガは言い放つ。


「あいつらは無視しておけばいい、関わっても何の得もないし、損ばかりだ」


 先程指差した出入口に、ヘルガは堂々とした足取りで、歩み寄って行く。

 様々なスタイルの、戦闘用の服装を身に纏う冒険者達の中で、黒いメイド服姿のヘルガの姿は、妙に目立ってしまっていた。


 十数メートル離れた場所で、ビラを配っていた十字星教の教徒の女が、ヘルガの存在に気付く。

 その女がヘルガを目にして、嫌悪の表情を浮かべる。


 女の表情の変化を目にして、寧人は呟く。


「ヘル姐も十字星教を嫌ってるみたいだけど、あっちもヘル姐の方を嫌ってるみたいだね」


「構わない。あいつらに好かれたがってる奴なんざ、サウダーデにはいやしないんだから」


 毒づくヘルガの言葉の直後、その女とは別の教徒の男が、街頭演説風に発した声が、寧人の耳に飛び込んで来る。


「愚かなる冒険者達よ、悔い改めなさい! アガルタは本来、十字星教の物であり、十字星教の教徒ではない者達が、踏み込んでいい場所ではありません!」


「あの屑共が、勝手に言ってるだけだ」


 ヘルガは不愉快そうに言い足す。


「アガルタは旧世界の様々な術者達が、協力して作り上げた、無限にエネルギーを得ることができる施設を、最終戦争に備えて、戦闘訓練場としての機能を追加したものだからな」


 声を上げる十字星教の教徒を一瞥し、ヘルガは言葉を吐き捨てると、出入り口から建物の中に入って行く。


「アガルタを荒らす冒険者達は、神の審判を受け、クルサードから消え去ることになります! 神の審判を受けたくないのなら、冒険者を辞め、悔い改めた上で、十字星教に帰依するのです!」


 教徒は声を張り上げるが、通りにいる冒険者達は、相手にしていない。

 寧人もヘルガの指示に従って、教徒を無視する。


 少しだけ緊張しながら、寧人はヘルガの後を追い、口を開けている出入り口から、第一パブリックハウスの中に足を踏み入れる。

 歴史のある大きなホテルや銀行のロビーを思わせる広い空間が、寧人の目に映る。


 天井には、古い映画などに出て来るような、大きな扇風機があり、ゆっくりと羽が回転し、部屋の空気を攪拌かくはんしている。

 室内は暑い外とは違い、適温が保たれているのだが、それは扇風機のせいというよりは、魔術による冷房が効いているせいである。


 かなり長いカウンターがあり、その内側には、バーテンダーのような黒服の者達がいる。

 黒服の者達はカウンター越しに、冒険者達の相手をしている。


「ああ、カウンターは……パブっぽいんだな」


 初見では、ホテルや銀行のロビー風だと思ったのだが、カウンター辺りの光景を目にして、そんな感想を寧人は抱いたのだ。

 日本にいた頃に目にした、映画やドラマで目にした酒場のカウンターに、似た雰囲気だったのである。


「パブで始まった組織だから、組織や建物の名前だけでなく、色々とパブっぽくする伝統が、続いているんだ」


 解説しながら、ヘルガはカウンターの近くの壁に掲げられている時計で、現在時刻を確認する。

 午前八時を、少しだけ過ぎている。ちなみに、クルサードの時制は、日本と変わらない。


「予約の時刻まで、まだ少し時間があるから、掲示板でも見ておこうか。冒険者になれば、使う機会もあるだろうし」


 そう言うと、寧人の返事もきかずに、ヘルガはカウンターの左側の壁に向かって歩き出す。

 壁の手前には、テーブルや椅子が並んでいて、飲食物を売るカウンターもあり、一見すると軽食コーナー風に設えてある。


 遅めの朝食なのか、椅子に座ってサンドイッチやパスタなどを食べている冒険者達や、コーヒーを飲みながら、カウンターの順番待ちをしているらしい冒険者達もいる。


(フードコートみたいだな)


 色々な飲食物の匂いが、混ざっているのを嗅いで、寧人はそんな感想を心の中で呟く。


「ここはパブリックハウスが、最初に間借りしたパブと同じ、フラットって名前の飲食コーナーになってる」


 カウンターを指差し、ヘルガは続ける。


「今の時間だと、さすがに酒は出ないけど、夜なら酒も出るよ」


「……本当に酒場でもあるんだ」


 寧人の言葉に頷きつつ、ヘルガは軽食コーナーの奥にある壁の前に、寧人を誘導する。

 大きな壁には、コルクボード風の五枚の掲示板が設置されていて、多数の紙が貼り出されていた。




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