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第40話 寧人も十字星教には、気を付けろよ。武仙幇……いや、冒険者にとって、十字星教は敵だからな

「あの教会なら、十字星教じゅうじせいきょうの教会だよ」


 教会を睨み付けながら、不愉快そうにヘルガは言葉を吐き捨てる。


「十字星か、確かに星にも見えるな、あの十字」


 教会の屋根の上などに飾られた、十字のシンボルを見ながら、寧人は続ける。


「ヘルしゃは十字星教、嫌いなの?」


 ヘルガの表情と言葉遣いから、そう寧人には思えたのだ。


「嫌いだね。ろくな連中じゃないよ、十字星教の連中は」


 ヘルガは即答する。


「最近はサウダーデでも、また十字星教の教会が増え始めてるんだけど……何を企んでいるんだか」


 そして、ヘルガは寧人に警告する。


「寧人も十字星教には、気を付けろよ。武仙幇……いや、冒険者にとって、十字星教は敵だからな」


 十字星教がどういう宗教なのか、寧人は知らないのだが、とりあえずはヘルガの言葉に頷いた。

 ヘルガが嫌っていそうな話題ではなく、他の話題に切り替えるべく、寧人は町並を眺め、別の話題を探す。


 すぐに寧人は、別の話題を見付けだす。


「日本に比べると、自転車の数が凄いな……自動車は殆ど走ってないのに」


 日本に比べれば、通りを行く自動車の数は少ない。

 フェルサ機関は高価であり、自動車は業務用車両が殆どで、乗用車が普及していないせいだ。


 その代わりに、多くの自転車が走っている。

 体力脚力に自信が有る住民達が多いので、自転車があれば長距離移動は苦にならないのである(八卦溫泉を訪れる、サウダーデからの客達も、自転車利用者が殆ど)。


 サウダーデの重要な場所には、コンカーで行くこともできる。

 乗用車がなかろうが、暮らしに不便はないのだ。


「日本は自動車が沢山、走ってるのか?」


 ヘルガの問いに、寧人は頷く。


「大抵の家は、自動車持ってるから」


 寧人の返答を聞いて、ヘルガは目を丸くする。


「……金持ちが多いんだな、日本は」


「この世界より、自動車が安いだけだと思う」


 そう言葉を返した寧人の目に、冒険者らしい武装した集団の姿が映る。

 次第に広くなり始めた道には、他にも武装している人達の姿が確認できる。


 日本の通りを歩いていても、違和感がない服装の人々も多い。

 だが、日本でだと、コスプレをしていると勘違いされそうな、刀剣などの武器を携えた戦闘服……標準戦闘服スタンダード姿の人々や、魔術士や聖職者風の姿の数が、明らかに増え始めていた。


「……日本には、あんな風に武装したり、魔術士みたいな格好して、町の中をうろついてる人はいないな」


「武装していなくて、魔術士もいないということは、武仙幇みたいに、素手での武術や仙術がメインなのか?」


 ヘルガは興味深げに、言葉を続ける。


「そういえば、寧人のお爺さんの弾も、日本にいる時から、一応は仙術を使えたそうだし」


「いや、そもそも戦う機会がないから! 普通の人は武装する必要がないの!」


「そうなんだ……平和な国なんだな、日本って」


「大抵の時はね」


 寧人はヘルガに、言葉を返す。


「超人大戦の頃や、ドラゴンが現れてからは、そうでもないんだけど……」


 ドラゴンに日本が襲われているのを思い出し、寧人の表情が強張る。

 今……この瞬間にも、大事な家族や友人が、命の危機に晒されているかもしれないことを思い出し、寧人は気が引き締まる思いがしたのだ。


 寧人の表情から、何を考えているのかを察し、ヘルガは声をかける。


「……龍共を倒す為にも、アガルタで実戦経験を積まないとな」


 ヘルガの言葉に、寧人は頷く。


「そろそろ、パブリックハウス前に着くよ」


 窓の外の景色を見て、ヘルガが告げる。

 サウダーデの中心街に近付いて来たので、大きな建物が増えてくる(それでも高さの方は、日本のビル程ではないのだが)。


 道を行く人々の中で、武装している人々の比率が上がったのは、パブリックハウスが近付いているせいであったことを、寧人は察する。


「第一パブリックハウス前、到着します!」


 短いベル音の後、男性運転手の声が、伝声管を伝わり、客室の中に響き渡る。

 パブリックハウスの主な建物は、アガルタの東西南北に一つずつ建っていて、冒険者は好きなパブリックハウスの施設を選んで使って構わない。


 だが、主に利用するパブリックハウスの施設を、決めているカンパニーも多い。

 アガルタの東側にある第一パブリックハウスが、洞天福地から近いので、武仙幇は第一パブリックハウスを、主に利用することにしている。


 コンカーは徐々に減速を始め、大通りの端で停車する。

 バス停風の簡素な駅の前で、コンカーは停車したのだ。


 ドアが開き、何時の間にか三十人程に増えていた、冒険者らしき乗客達と共に、寧人とヘルガはコンカーを下りる。

 アニメやゲームの中から、抜け出してきたかのような、様々なスタイルの冒険者らしき人々が、通りを歩く光景は、まるでコスプレのイベントでも、開催されているかのようだ。


「ハロウィンの繁華街とか、こんな感じなのかねぇ?」


 小声で呟きながら、寧人はヘルガの後に続き、コンカーの乗客であった人々と同じ方向に歩きだす。

 寧人はハロウィンのコスプレイベントに、参加しているかのような気分になる。


 そして、通りの一角を占める程に大きな、五階建ての煉瓦造りの建物の前に、寧人は辿り着く。

 古い時代のホテルや銀行のような、威厳のようなものも感じさせる、立派な建物ではあるのだが、酒樽の上に猫が乗っている絵が描かれた看板が、その威厳を少しばかり殺いでいる。


 周囲の建物より、明らかに大きく、名を冠したコンカーの駅まであることから、特別な存在であるのが一目で分かる。




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