「せっかくだし、乗ってみようかな……コンカー。初めて来た町は、とりあえず見て回れってのが、爺ちゃんの遺言だし」
上から見下ろすのではなく、町を中から見てみたいという気がしたので、寧人はヘルガに、そう返答した。
無論、弾の遺言だというのは、事実ではない。
「それじゃ、急ごう。そんなに長くは、停車していないから」
コンカーに向かって、ヘルガが駆け出したので、寧人も後を追う。
すぐに二人は、バス停に似たシンプル過ぎる駅に辿り着くと、クリーム色と赤で塗り分けられた、コンカーに乗り込む。
日本の古い路面電車のように、内装は木製であり、座席は簡素な物が申し訳程度に、端の方に幾つか用意されているだけ。
立って乗るのが当たり前らしく、二十人程の他の乗客達は皆、立っている。
吊革や出入口付近の棒に掴まって、乗客達は転倒を防いでいる。
寧人とヘルガも吊革に掴まり、立った状態で乗ることにする。
(……知ってはいたけど、本当に背が高い人が多いな)
他の乗客達を見て、そんな感想を寧人は抱く。
日本でなら、寧人は平均より、少し高い程なのだが、乗客達の殆どは、寧人より明らかに背が高い。
この世界にいた頃の弾も、寧人と同じ感想を抱いて、この世界の人々の背が高いことについて、夢琪と話したことがあった。
その上で、夢琪から聞いた話を、弾は後から来る者の為に、書き残していた。
最終戦争でドラゴン相手に勝利する為、人間自体の戦闘能力を引き上げる計画が進められた。
身体的能力の強化を目指し、身体の大型化や、動物の優れた能力を取り込む研究などが行われていたのだ。
その結果、それまでの人間より、遥かに身体が大きい巨人や、動物の性質を持つ獣人などが生み出された。
最終戦争の後、巨人や獣人の血は、普通の人々と混ざり合い、この世界で背の高い人々が増えたし、獣人が存在するのである。
そういったことが書いてあった、弾の書き残した書を読んでいたので、サウダーデに背が高い人達が多い理由や、獣人が存在する理由を、寧人は知っていたのだ。
弾の書置きの正しさは、サウダーデに来る前から、武仙幇の女性達や、八卦溫泉を訪れる女性客達の多くを見れば、確かめられたも同然ではあったのだが。
寧人が背の高さについて、思い耽っている間に、発車を告げるベルの音が鳴り響く。
ドアが閉まり、ゆっくりとコンカーは動きだす。
コンカーは日本の鉄道に比べると、かなり音や振動は大きい。
「結構、五月蠅いし……揺れが酷いね」
「日本の鉄道は、静かで揺れないのか?」
ヘルガの問いに、寧人は頷く。
「ここまでは五月蠅くないし、揺れないよ」
「日本の鉄道は、技術が高いんだな」
「鉄道に関しちゃ、そうみたいだね。他のことは分からないけど」
寧人は言葉を濁す。
サウダーデの平均的な技術レベルは、日本がある世界の現代文明に比べると、寧人には遥かに低く見える。
だが、日本ですら実現されていない、様々な高度な技術が、この世界に存在しているのを、洞天福地での生活で、寧人は知っていた。
それ故、この世界と日本、どちらの技術が高いのか、寧人には簡単には、判断がつかないのだ。
この世界で集めた情報を元に、弾は推測を書き残していた。
その推測によれば、この世界は高度な科学技術を持つ機械文明が、最終戦争で滅ぼされた後の世界であるらしい。
科学と機械による兵器の殆どは、ドラゴン相手に無力であった。
そのことから、科学と機械を人々が信頼しなくなり、最終戦争後の世界は、科学と機械が廃れたままの状態で、発展してしまったらしいのである。
異世界からの侵略者であるドラゴンの軍勢を退けた、魔術や聖術、仙術などの、科学すら超えた真の技術……アールスヴェーラを中心に、最終戦争後の世界は、発展したのだ。
氣の扱いに関する技術が高度過ぎるが故に、仙術は当然……仙術を取り込んだ震天動地は、ごく一部の者達だけが使用する存在となり、広まることはなかったのだが。
ただ、科学や機械の全てが廃れた訳ではなく、旧世界の高度な技術の一部は、利用され続けている。
無尽蔵のエネルギー源であるフェルサを利用する、フェルサ機関を使用した乗り物などが、その一例といえる。
全体としては、日本より機械関連の技術や普及率が低く、魔術や仙術が存在する、ファンタジー物のロールプレイングゲームのような世界。
だが、現代日本ですら実現不可能な、高度な機械技術も、一部ではあるが存在している……それが、サウダーデなのである。
建築技術も低いせいか、建物も日本に比べれば低い。
だが、様々な建築様式の建物が混ざる景色は、無国籍感のある魅力を醸し出している。
「どうだ、サウダーデの町並は? 日本と比べて、どんな感じに見える?」
様々な雑談をしつつ、コンカーが二つの駅を過ぎた頃、ヘルガは興味深げに、寧人に訊ねる。
「建物が全体的に低目だけど、色んな造りの建物が並んでいて、面白いね」
「サウダーデは好き勝手に建物が建てられる、自由都市だからな。国家に所属してる都市だと、もう少し建物の見た目が、揃ってるんだけど」
寧人の目に、他の建物とは印象が違う、白い建物が映る。
大きな十字の飾りがある、キリスト教の教会を思わせる建物だ。
その周囲には、信者らしき白装束の人々がいた。
「キリスト教の教会? いや、十字架とはデザインが違うから、別の宗教か……」
良く見ると、教会を飾る十字は、下に伸びた部分が長くなっている、キリスト教の十字架とはデザインが違った。
物凄く細長い菱形を二つ、十字に組み合わせた感じの、十字なのだ。