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第37話 分かってますよ! 梁師は心配し過ぎです

「……いくら、命の危険がある実戦経験の積み重ねが、強くなる為には重要だといっても、アガルタで氣が使えなくなるような真似をするのは、武仙にとっては自殺行為でしかないんだ」


 夢琪はしつこく、念を押す。


「本当に、ここで使わなければ死ぬって時だけしか、使っちゃ駄目だからね!」


「分かってますよ! 梁師は心配し過ぎです」


 寧人は輕身功を発動しつつ、夢琪に返答する。

 そして、寧人とヘルガは、夢琪とジーナ相手に抱拳禮をする。


 夢琪とジーナも、寧人とヘルガに抱拳禮を返す。


「じゃあ、行ってきます!」


 夢琪とジーナに声をかけると、寧人は輕身功を発動したヘルガと共に、地を蹴り宙に舞う。

 そして、心配そうな夢琪とジーナに見送られながら、寧人はヘルガと共に、階段を駆け下り始める。


 身を洗う朝の空気と、緑の匂いが心地良い。

 爽快な気分を味わいながら、寧人は吹き下ろす風のように、山肌を蛇行する長い長い階段を、駆け下り続ける。


 普通の人であれば、途中で休む場などを利用して、時間をかけて下りる必要がある三千段の石段でも、輕身功を発動中の二人であれば、あっという間に駆け下りてしまえる。

 石段には、朝霧に濡れている場所もあるので、滑る可能性を考慮し、輕身功発動中にしては、それ程スピードを出している訳ではないのに。


 程なく、地形がなだらかになり、寧人とヘルガは麓に辿り着く。

 階段の終点辺りも、木々に覆われた森となっているのだが、幾つかの人工的な物もある。


 階段の向かって左側には、牌楼に似せた作りの、シンプルな建物があり、クルサードの標準語で書かれた、「自転車置き場」を意味する言葉が書かれた看板が掲げられている。

 サウダーデから八卦溫泉を訪れる客は、一部の走力自慢の者達を除けば、自転車を利用する者達が多いのだ。


 向かって右側には、直径にして二十メートル程の池があり、一度に二十人くらい乗れそうな、小さな屋形船が浮いている。

 この帶篷飛船たいほうひせんという、空を飛ぶ屋形船とでも言うべき名を持つ船は、名が示す通りに空を飛ぶ。


 ごくたまにアガルタで発見される、浮遊石と呼ばれる物を利用している、この空を飛ぶ船は、来客が八卦溫泉まで上がる為に利用している。

 日本の山でいうなら、ケーブルカーや斜行エレベーター的な存在といえる。


 輕身功が使える武仙幇の者達や、輕身功には劣るが、似た技といえる奥拉駆動オーラドライブを使える冒険者達などは、麓から気楽に、八卦溫泉まで移動できる。

 だが、普通の人達には、三千段の階段を使って移動するのは、厳しいものがあるので、夢琪が普通の人達の為、帶篷飛船を作ったのだ。


 帶篷飛船は階段を無視して、牌楼の近くにある泉の一つに、数分間で飛んで行ってくれる。

 発進ボタンを押すだけで、自動的に決まったルートを行き来するので、運転手は不要である。


 ちなみに、客用ではない輸送用の帶篷飛船もあり、ジーナが温泉の湯を運ぶ時などに利用している。


(ちょっと乗ってみたい気もするな)


 帶篷飛船を目にした寧人は、心の中で呟くが、乗っている暇はない。

 既にヘルガが、西に向かって駆け出しているので、寧人は後を追わなければならないのだ。


 草原や森林、荒野などを通り抜ける道は、一応はアスファルトで舗装されている。

 大都市であるサウダーデの近辺は、舗装されている道が多いのである。


 舗装されているのは都市と周辺地域くらいで、それ以外の道路は、まともに舗装されていない場合が多い。

 そういった舗装もされていない道や荒野でも、余裕で走ることができる、オフロードタイプの車両が、都市間交通には利用されている。


 細い道を二分も走り続けると、大型トラックが複数並んで走れそうな程に、太い道に出る。

 他の都市と繋がる街道に、寧人とヘルガは辿り着いたのだ。


 クルサードにおける、主要な交通機関は鉄道である。

 自動車は補助的な交通機関で、鉄道の路線が敷かれていない都市間において、主に使われている。


 街道を走り続けていると、数百メートル離れた右前方に、鉄道の列車が見えてくる。

 クルサード大陸の西側の大都市を巡る、グレートウェスタン鉄道の貨客列車が。


 一見すると、巨大なシリンダー型の機関車は、蒸気機関車風の見た目であり、煙突からは灰色の煙を棚引かせている。

 あくまでも蒸気機関車風の見た目であり、蒸気機関車ではない。


 フェルサというエネルギー源を使う、フェルサ機関で動く、フェルサ機関車である。

 アガルタの中では、「アガルタイズ」と呼ばれるフェルサの塊が、採掘される。


 無限に湧き出るに等しいアガルタイズを採掘し、他の都市に販売して稼ぐのも、サウダーデの主力産業の一つである。

 アガルタイズの採掘の為だけに、アガルタに下りる者達は、冒険者ではなく採掘者と呼ばれている。


 貨客列車はサウダーデで採掘されたアガルタイズを、他の都市に輸送するのだ。

 無論、客車もあるので、都市間の人々の移動にも、使われている。


 寧人とヘルガは、すぐに貨客列車に追い着き、追い越してしまう。

 輕身功を発動してはいるが、大してスピードを出している訳ではないのに、追い越せてしまったのは、サウダーデに近付いたせいで、貨客列車が減速し始めていたから。


 洞天福地の麓からサウダーデの外縁部までは、数キロしか離れていない。

 故に、輕身功を使っている寧人達は、すぐにサウダーデに辿り着いてしまうのだ。


 自由都市であるサウダーデは、住みたい人が空いてる土地に、勝手に建物を建てるという、出鱈目なやり方で発展してきた。

 そのせいで、土地計画とは縁遠い都市といえる。




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