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第26話 これだけ離れてると、氣風じゃ効かない、氣彈でないと!

 夏の午後の強い陽射しが降り注ぐ中、袖なしの黒い功夫服を身に纏っている二人が、実戦に近い形式の修行、いわゆる散打さんだを行っている。

 場所は洞天福地の山腹を削って作られた、サッカー場の数倍の広さがある正方形の修練場、五行修練處ごぎょうしゅうれんじょである。


 五行修練處は荒れ地のような地面を、灰色の煉瓦で作られた、十メートル程の高さの塀に囲んで作られた、広いだけのシンプルな修練場に見える。

 ただ、様々な仙術が施されているので、見た目とは違い、かなり便利で高機能な修練場なのだ。


 修行者が一定以上のダメージを受けそうになった場合、五行修練處に仕掛けられた仙術が発動。

 修行者の身体を守るので、滅多なことでは死にはしないのである。


 散打を行っているのは、寧人とヘルガの二人。

 押されている寧人は、冷や汗を顔に浮かべて、五行修練處の中央辺りで身構えている。


 そんな寧人に向かって、西端辺りにいたヘルガが突進を開始。

 数十メートルを一瞬で駆け抜けてから、ヘルガは地を蹴ると、寧人に向かって砲弾のような勢いで、素っ飛んで行く。


 一直線に飛来し、一瞬で間合いを詰めたヘルガは、そのまま鋭い跳び蹴りを放つ。

 全身をミサイルと化したかのような高速の跳び蹴り、飛彈踢ひだんてきを放ったのである。


 寧人が初めてヘルガに食らったのが、この飛彈踢だった。

 ヘルガとの初対面の時、跳躍後に足先を前方に向け、高速で敵に襲い掛かり、そのまま蹴り飛ばす飛彈踢を、寧人が見たことがある気がしたのは、弾が使っていたのを見たことがあったから。


 弾が夢琪に習った、震天動地の基本的な跳び蹴り……飛踢ひてきの一つが飛彈踢。

 ヘルガも夢琪の弟子なので、弾と同様に飛彈踢が使えるのだ。


 以前は対処すらできず、完全に食らってしまったヘルガの飛彈踢を、寧人は際どいタイミングで見切り、何とか左に回避。

 寧人は振り返り、ヘルガが通り過ぎた方向に両掌を向けつつ、氣を両掌に集める。


(もう、あんな遠くに!)


 既に百メートル近く離れた辺りまで、ヘルガは遠ざかっていた。

 ヘルガは輕身功を使っているので、跳躍力や移動速度が、徹底的に引き上げられているのだ。


(これだけ離れてると、氣風きふうじゃ効かない、氣彈きだんでないと!)


 寧人は氣を集めた両掌で、バスケットボール程の大きさのボールを抱えているかのような構えを取る。

 この構えは、抱球ほうきゅうという。


 抱球は近距離戦であれば、敵の攻撃を受け流す為の構えである。

 だが、敵との間合いが開いている場合は、氣彈を作り出す為の構えとなる。


 氣彈とは文字通り、氣を圧縮して固めて球体とし、作り出される氣の砲弾のような存在だ。

 抱球の構えにより、両掌で氣彈を作り出す場合もあるが、片方の掌だけで作り出す場合もある。


 震天動地においては、氣を放って飛ばす武術の攻撃を氣砲きほうという。

 氣砲で放つのは氣彈だけでなく、氣を圧縮して固めずに、氣の暴風……氣風きふうとして放つ場合もある。


 同程度の氣を使うのなら、氣彈は射程距離が長く、当たった場合の威力は高い。

 氣風は攻撃範囲が広く、敵に当て易いのだが、射程距離は短く威力も低い。


 武術の技である氣砲は、有効射程距離が長めの氣彈であっても三百メートル程であり、中距離攻撃に使用される。

 震天動地において、三百メートルを上回る距離への攻撃、遠距離攻撃を行うのは、武術の氣砲ではなく、仙術による様々な攻撃方法なのだ。


 今の寧人であれば、五十メートル程の間合いなら、氣風でも一応は届くのだが、百メートルも離れられてしまうと、ヘルガに通用するだけの威力を、維持できない。

 この間合いで氣風を当てても、ヘルガであれば氣膜きまくだけで、余裕で防ぎ切ってしまえるので。


 一定以上の氣級の者は、氣が自然に体表に溢れて膜を作り、防御能力を引き上げてくれる。

 この普通の人には視認できぬ程、薄い氣の膜を、氣膜という。


 氣膜には、防御力や力を引き上げる內功……硬身功こうしんこう程の防御力はないのだが、甲冑程度の防御力はある。

 氣膜が使える程度に氣級が強ければ、硬身功を使わずとも、ある程度の防御力を維持しながら、輕身功による高速戦闘が可能なのだ。


 一秒もかけずに、大き目の西瓜すいか程の大きさがある、白く光り輝く氣彈を、寧人は作り終える。

 同時に、両足を開いて腰を少し下げ、身体の安定性を高めながら、両掌をヘルガの方に向ける。


 両腕の氣の流れを操作し、爆発的な勢いで、寧人は両掌から放った氣を氣彈に当てる。

 すると、大砲から撃ち出される砲弾のように、氣彈は両掌から撃ち出され、ヘルガに向かって飛んでいく。


 要するに、氣砲で氣彈を撃つ場合、氣風で吹き飛ばして飛ばすのだ。

 氣風で飛ばす氣彈の方が、有効射程が長いのは、すぐに氣風は拡散して消滅しまうからである。


 氣彈の方も、放った者から一定以上離れると、崩壊して氣が拡散し消滅してしまう。

 ただ、すぐに拡散する氣風よりは、遠くまで届くのだ。


 寧人は止まった上で足を開き、身体を安定させて、氣彈の氣砲を放った。

 実力が高ければ、輕身功で高速移動しながらでも、強力な氣砲を放つことができる。


 まだ未熟な寧人の場合、止まって安定性を高めなければ、強力な氣砲は放てないのだ。

 弱い氣砲であれば、高速移動しながらでも放てるのだが。


 寧人の放った氣彈は、唸りを上げながら、ヘルガがいる方向に向かって、砲弾のように飛んで行く。

 かなりの速さであり、普通の人間なら避けるのは不可能だろう。


 だが、ヘルガは普通の人間ではない。

 普通の人間よりも身軽な、猫系の獣の力を持つ獣人な上、後にレヴァナントという妖魔になり、身体能力や強度は異常な程に高まっていた。


 その上、ヘルガは武仙幫に入り、震天動地の修行を続けているのだから、並大抵の強さではないのだ。

 故に、ヘルガは余裕をもって、高速で直進する氣彈を、寧人から見て左側に跳び退いて、回避することができた。




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