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第21話 屍解泉には、人を屍解させる、特別な力がある

「持っていたんだよ、歸來符籙を」


 こともなげに、夢琪は答えた。


「陰陽寶珠は初期状態から、四つの寶貝が搭載されていて、その中の一つが歸來符籙なんだ」


「いや、俺の陰陽寶珠の寶貝、屏障仙傘一つだけですよ」


「それは、お前さんが使える寶貝が、屏障仙傘一つだけだったからさ」


 夢琪は寧人に、説明を続ける。


「寶貝列表は戦闘時、素早く寶貝を出現させる為の表だから、陰陽寶珠の所有者が使える寶貝しか、表示されないんだ」


「そうなんだ、持ってる寶貝が、全部表示されるんだと思ってた」


 寧人は自分が、寶貝列表の機能を勘違いしていたことを知る。

 寶貝は出現させたり、本来の姿にするだけでも、時間がかかるものがあったりするのだが、寶貝列表に表示される寶貝であれば、すぐに出現させられるのだ。


 特別な操作をすれば、所有者が現在の能力では使用できない寶貝も、一応は寶貝列表に表示させることができる。

 ただ、使えもしない寶貝を表に加えると、トラブルを起こす可能性もあるので、デフォルトでは表示されないようになっているのである。


「世界の間を移動することもできる歸來符籙は、使うだけでも危険な寶貝だからね、ある程度以上の氣の力がないと、寶貝列表には表示されない仕様になっているんだ」


「つまり、俺の氣の力が低いから、歸來符籙や他の二つの寶貝が、寶貝列表に表示されなかったと?」


 寧人の問いに、夢琪は呆れ顔で頷く。


「お前さん、まともに修行してなかっただろ?」


「それは、まぁ……」


 事実なので、寧人は気まずそうに苦笑いしつつ、夢琪に訊ねる。


「俺には使えない筈なのに、何で俺は歸來符籙を使って、ここに来ることになったの?」


「歸來符籙を使わないまま、死んだからさ」


「……やっぱり俺、死んだんだよな」


 死んだ筈なのだが、今の寧人は、何故か生きている。

 故に、自分は死んだと思い込んでいるだけで、実は死んでいなかったのかもしれないと、寧人は思わないでもなかった。


 だが、夢琪に「死んだ」と明言され、寧人は改めて、自分が死んだことを確信できたのだ。


「歸來符籙を所有しながら使わずに死んだ人間は、何処で死んだとしても、洞天福地の屍解泉しかいせんに、転送されるようになっている」


 弾が死んだ時、寧人と違って、屍解泉に転送されなかったのは、歸來符籙を使ってしまっていたから。

 陰陽寶珠に標準装備されている歸來符籙は、同じ人間は一度しか使えない。


 故に、既に一度使ってしまった弾は、死んだ時には使えなかったのである。


「……ということは、俺がここに来た時、最初に浸かっていた泉が、その屍解泉なの?」


 夢琪は寧人の問いに、大きく頷く。


「屍解泉には、人を屍解しかいさせる、特別な力がある」

「屍解って?」


「死んだ人間が、仙人として生まれ変わることだよ」


「へ? へんにん……じゃなくて、仙人?」


 驚きの余り、間の抜けた声を発してしまった寧人は、慌てて訂正する。


「そう、仙人だ。屍解泉は相当に低い確率ではあるが、仙術の才能がある者の死体を屍解させ、仙人として蘇らせるのさ」


「……じゃあ、俺は……仙人になってるの?」


「まぁ、一応……そういうことになる」


「本当に? 何か全然、実感が湧かないんだけど……」


 自分の身体のあちこちを動かしたり、見たり触ったりして、寧人は自分に何か変化があったのかどうかを、確認してみる。

 だが、変化らしい変化を、寧人は確認できない。


「どこも変わった所、ないみたいだし」


「見た目は変わらないが、仙人になったせいで、お前さんには色々な変化が起きている。一つは既に、気付いている筈なんだがね」


「気付いている? 俺が?」


 楽し気な笑みを浮かべ、夢琪は頷く。


(何だろう? 何か今までと変わったことが、あったっけ?)


 洞天福地で意識を取り戻してから、自分に何か変化があったかどうか、寧人は記憶を辿ってみる。

 すると、すぐに寧人は、一つの変化に気付く。


「跳躍力が……無茶苦茶上がってた!」


 岩を跳び超えようとしただけなのに、信じられない程の高さと距離を跳び、八卦溫泉という名だと分かった露天風呂まで、辿り着いてしまったことを、寧人は思い出したのだ。


「前の俺は假面武仙になっても、あんなには跳べなかった! でも、普通の姿のまま、五メートル位の岩を跳び越そうとしただけなのに、百メートル以上跳んじゃったんだ!」


「惜しいね、正確には跳躍力が上がったんじゃなくて、お前さんの氣の力が、飛躍的に上昇したんだ」


「氣の力が?」


「死ぬ前まで、屏障仙傘しか使えなかったことから、お前さんの元々の氣級ききゅうは、十に届かない程度だったと推測できる」


 知らない言葉であったが、氣級が氣の力のレベルを意味するだろうことは、寧人には語感から察せられた。

 ちなみに、普通の人間の氣級は、一以下である。


「今のお前さんの氣級は、たぶん百を超えた辺りだろう。氣の力が遥かに高まったから、目標を遥かに上回る程に跳んでしまったのさ」


「俺の氣……十倍以上に強まったのか」


「まぁ、氣級百なんていうのは、仙人としてなら最低レベルだ。弾は仙人ではなかったが、それでも氣級は十万を超えていたからな」


「じ、十万! 俺の千倍? いや、仙人になる前と比べたら、一万倍か」


 寧人は弾と自分の力に、大差があるのは自覚していた。

 それでも仰天してしまう程、差は大き過ぎたのだ。




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