「持っていたんだよ、歸來符籙を」
こともなげに、夢琪は答えた。
「陰陽寶珠は初期状態から、四つの寶貝が搭載されていて、その中の一つが歸來符籙なんだ」
「いや、俺の陰陽寶珠の寶貝、屏障仙傘一つだけですよ」
「それは、お前さんが使える寶貝が、屏障仙傘一つだけだったからさ」
夢琪は寧人に、説明を続ける。
「寶貝列表は戦闘時、素早く寶貝を出現させる為の表だから、陰陽寶珠の所有者が使える寶貝しか、表示されないんだ」
「そうなんだ、持ってる寶貝が、全部表示されるんだと思ってた」
寧人は自分が、寶貝列表の機能を勘違いしていたことを知る。
寶貝は出現させたり、本来の姿にするだけでも、時間がかかるものがあったりするのだが、寶貝列表に表示される寶貝であれば、すぐに出現させられるのだ。
特別な操作をすれば、所有者が現在の能力では使用できない寶貝も、一応は寶貝列表に表示させることができる。
ただ、使えもしない寶貝を表に加えると、トラブルを起こす可能性もあるので、デフォルトでは表示されないようになっているのである。
「世界の間を移動することもできる歸來符籙は、使うだけでも危険な寶貝だからね、ある程度以上の氣の力がないと、寶貝列表には表示されない仕様になっているんだ」
「つまり、俺の氣の力が低いから、歸來符籙や他の二つの寶貝が、寶貝列表に表示されなかったと?」
寧人の問いに、夢琪は呆れ顔で頷く。
「お前さん、まともに修行してなかっただろ?」
「それは、まぁ……」
事実なので、寧人は気まずそうに苦笑いしつつ、夢琪に訊ねる。
「俺には使えない筈なのに、何で俺は歸來符籙を使って、ここに来ることになったの?」
「歸來符籙を使わないまま、死んだからさ」
「……やっぱり俺、死んだんだよな」
死んだ筈なのだが、今の寧人は、何故か生きている。
故に、自分は死んだと思い込んでいるだけで、実は死んでいなかったのかもしれないと、寧人は思わないでもなかった。
だが、夢琪に「死んだ」と明言され、寧人は改めて、自分が死んだことを確信できたのだ。
「歸來符籙を所有しながら使わずに死んだ人間は、何処で死んだとしても、洞天福地の
弾が死んだ時、寧人と違って、屍解泉に転送されなかったのは、歸來符籙を使ってしまっていたから。
陰陽寶珠に標準装備されている歸來符籙は、同じ人間は一度しか使えない。
故に、既に一度使ってしまった弾は、死んだ時には使えなかったのである。
「……ということは、俺がここに来た時、最初に浸かっていた泉が、その屍解泉なの?」
夢琪は寧人の問いに、大きく頷く。
「屍解泉には、人を
「屍解って?」
「死んだ人間が、仙人として生まれ変わることだよ」
「へ? へんにん……じゃなくて、仙人?」
驚きの余り、間の抜けた声を発してしまった寧人は、慌てて訂正する。
「そう、仙人だ。屍解泉は相当に低い確率ではあるが、仙術の才能がある者の死体を屍解させ、仙人として蘇らせるのさ」
「……じゃあ、俺は……仙人になってるの?」
「まぁ、一応……そういうことになる」
「本当に? 何か全然、実感が湧かないんだけど……」
自分の身体のあちこちを動かしたり、見たり触ったりして、寧人は自分に何か変化があったのかどうかを、確認してみる。
だが、変化らしい変化を、寧人は確認できない。
「どこも変わった所、ないみたいだし」
「見た目は変わらないが、仙人になったせいで、お前さんには色々な変化が起きている。一つは既に、気付いている筈なんだがね」
「気付いている? 俺が?」
楽し気な笑みを浮かべ、夢琪は頷く。
(何だろう? 何か今までと変わったことが、あったっけ?)
洞天福地で意識を取り戻してから、自分に何か変化があったかどうか、寧人は記憶を辿ってみる。
すると、すぐに寧人は、一つの変化に気付く。
「跳躍力が……無茶苦茶上がってた!」
岩を跳び超えようとしただけなのに、信じられない程の高さと距離を跳び、八卦溫泉という名だと分かった露天風呂まで、辿り着いてしまったことを、寧人は思い出したのだ。
「前の俺は假面武仙になっても、あんなには跳べなかった! でも、普通の姿のまま、五メートル位の岩を跳び越そうとしただけなのに、百メートル以上跳んじゃったんだ!」
「惜しいね、正確には跳躍力が上がったんじゃなくて、お前さんの氣の力が、飛躍的に上昇したんだ」
「氣の力が?」
「死ぬ前まで、屏障仙傘しか使えなかったことから、お前さんの元々の
知らない言葉であったが、氣級が氣の力のレベルを意味するだろうことは、寧人には語感から察せられた。
ちなみに、普通の人間の氣級は、一以下である。
「今のお前さんの氣級は、たぶん百を超えた辺りだろう。氣の力が遥かに高まったから、目標を遥かに上回る程に跳んでしまったのさ」
「俺の氣……十倍以上に強まったのか」
「まぁ、氣級百なんていうのは、仙人としてなら最低レベルだ。弾は仙人ではなかったが、それでも氣級は十万を超えていたからな」
「じ、十万! 俺の千倍? いや、仙人になる前と比べたら、一万倍か」
寧人は弾と自分の力に、大差があるのは自覚していた。
それでも仰天してしまう程、差は大き過ぎたのだ。