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第20話 人の命は短いものだね……

「それでも、何とか独学で修行を続けた弾は、歸來符籙を使える程度まで実力を高め……」


 封印が解除された扉を、夢琪は開く。

 かなり長い間、開かれていなかった扉らしく、埃が辺りに舞い散り、夕日を浴びて煌めく。


「歸來符籙を使って、洞天福地を訪れたのさ。氣を操る武術や仙術を修行する為に」


「凄いな……この世界には、他の世界と自由に行き来できる技術があるんだ」


「いや、そこまでの技術はないさ」


 寧人の思い違いを、夢琪は正す。


「歸來符籙は本来、この世界で使われる前提で、開発された寶貝だ。基本的には危険が迫った時、予め設定してある場所に転移し、逃げる為のね」


 夢琪は説明を続ける。


「ところが、世界と世界を隔てる壁に、幾つか穴が開いてしまっているせいで、他の世界……例えば日本で歸來符籙を使っても、設定してある逃げ場である洞天福地に、転移できるようになってしまったんだ」


 全ての陰陽寶珠には、歸來符籙が標準装備されている。

 その陰陽寶珠が、何らかの経緯で日本に流れ着いてしまった。


 日本で陰陽寶珠を手に入れ、歸來符籙を使えるようになった弾は、歸來符籙を使えば、陰陽寶珠を作り出した異世界に移動できることに気付いた。

 そこで、陰陽寶珠を使いこなす為、歸來符籙を使い、陰陽寶珠が作り出された世界に転移したのである。


 ちなみに、陰陽寶珠が日本に流れ着いていた、正確な理由は分かっていない。

 夢琪は個人的に、理由が推測できていたのだが、確証がないのだ。


「爺ちゃんは日本に帰る時も、その歸來符籙ってのを使ったのかな?」


「歸來符籙は洞天福地への片道切符でね、帰還する際には使うことができない」


「じゃあ、爺ちゃんはどうやって、日本に帰ったの?」


「かなり高度な術なので、相当に氣と仙術の力を上げなければ習得できないし、使える状況が……かなり限られているんだが……」


 夢琪は続ける。


「過去に自分が存在した場所に、それが例え異世界であろうが、移動できる術がある。その術を使い、修行を終えた弾は、日本に帰ったんだ」


「……成程」


「まぁ、要するに……あたし達にも、自由に世界の間を移動する技術は、ないんだよ」


 そこまで説明した後、気になっていたことを、夢琪は寧人に問いかける。


「ところで、弾の奴は、何時……どうやって死んだんだ?」


 そう問いかけた理由を、夢琪は短く説明する。


「陰陽寶珠は所有者が死ぬと、大抵は血族の中で、最も氣の才に恵まれた者に受け継がれる。孫であるお前さんが、陰陽寶珠を受け継いでいるってことは、弾の奴は死んでいる筈だからね」


 ちなみに、血族の中に氣を操る才を持つ者がいない場合、陰陽寶珠は適当な場所に転移し、行方不明になる。


「十年くらい前に、ベルウェザーXっていう、無茶苦茶強い悪人と戦って、相打ちになって……」


「あいつが、人間と相打ちだって? 相打ちとはいえ、あいつを倒せる人間がいるなんて、信じられん……」


 驚きの声を、夢琪は上げるが、すぐに思い直す。


「いや、十年前なら……あいつはもう、老人といえる年か。幾ら氣の力で老化を抑えようが、人である以上、力は衰えていたんだろう」


 寧人は頷き、夢琪の推測が正しいことを伝える。

 氣を操れる弾は、同年代の普通の老人に比べれば、異常と言える程に若々しさを維持できていた。


 だからこそ、老人といえる年齢でありながら、日本のスーパーヒーローの中心人物であり続けられたのだ。

 だが、それでも老化のせいで、実力は全盛期の数分の一に落ちていたと、弾自身が寧人に語っていた。


「ここで修行を続ければ、羽化昇天うかしょうてんすらできただろうに……倒さなければならない敵が待っていると言って、弾は帰ってしまったんだ」


 寂し気な口調で、夢琪は言い足す。


「人の命は短いものだね……」


 そして、夢琪は家の中に、足を踏み入れる。

 一般的な日本の家とは違い、土足が基本なので、靴を脱がずに。


 出入口を抜けると、そこは広い部屋になっていた。

 中華風と洋風が、半端に混ざり合った感じの、玄関と繋がった応接室らしき部屋は、適度に夕日が部屋の中に射し込んでいる為、薄暗い程度の明るさだ。


 屋内は板敷になっていて、歩く度に埃が舞い上がるし、空気も淀んでいる。


「空気を入れ替えた方がよさそうだね」


 夢琪が何か呪文のような言葉を短く呟くと、ガラス窓が勝手に開く。

 外から気持ちのいい空気が流れ込んできて、淀んでいた空気と混ざり合う。


 埃も舞い上がるのだが、すぐに空気の流れが窓の外に、埃を吹き飛ばしてしまう。

 ほんの僅かな間に、屋内の空気は外と変わらぬ状態になった。


 応接セットの木製の椅子の埃を手で払うと、夢琪は腰かける。

 久し振りに座られたせいだろう、椅子は軽く軋む。


「少し、ここで話そうか」


 寧人は頷くと、机を挟んで対面の椅子に座る。

 無論、埃を払った上で。


「爺ちゃんの書いた表札があるし、爺ちゃんが洞天福地で、強くて綺麗な仙女の師匠達に、武術や仙術を習ったって言ってたのを思い出したから……」


 夢琪が、「強くて綺麗な仙女の師匠達」という言葉を聞いて、やや嬉しそうに表情を綻ばせたのに気付きつつ、寧人は話を進める。


「爺ちゃんが歸來符籙を使って、ここに来たって話は信じるけど……」


 不思議そうな顔で、寧人は夢琪に問いかける。


「さっきも言ったように、俺は歸來符籙なんて持っていないのに、何で洞天福地に来たのかな?」


 そのことが、寧人は不思議だったのだ。




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