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第17話 ……ドラゴンより、やばいんじゃないか……この人

「お前さんは、何で竹林にいたんだい? あそこは他の場所よりも、遥かに強固な結界で守られている筈なんだが」


 夢琪に問われ、寧人は答える。


「何でって……気付いたら、冷たい泉の中にいて……泉から出たら、こっちの方から人の声が聞えたような気がしたんで、ここが何処だか訊こうと思って、竹林の中を歩いてたんです」


「ここが何処だか訊く? お前は何を言っているんだ? 洞天福地に決まっているだろう!」


 口を挟んだヘルガを、今度も夢琪は目線だけで制止する。

 そして、興味深げな、やや興奮気味の口調で、夢琪は寧人に問いかける。


「泉の中で気付く前、お前さんは何処で何をしていたんだい?」


「確か……ドラゴンと戦った後、ドラゴンと一緒にいた妙な奴に、殺されたんだ」


 ドラゴンという言葉を聞いて、その場にいた者達の空気が、一瞬で張り詰める。


「体中穴だらけにされて、殺されて……死んだ筈なのに、気付いたら泉の中にいて、怪我とかも治っていて、自分でも何がどうなっているんだか……」


「下手な嘘を吐くんじゃない!」


 ヘルガは寧人の話を、嘘だと否定する。


「ドラゴン……龍なんて、もう三百年……クルサードには現れていないし、最近は龍鬼りゅうきすら、サウダーデ辺りには現れてないんだから、戦える訳がないだろう!」


 知らない言葉が、幾つも出てきたので、寧人は意味をヘルガに問う。


「あの……クルサードとか、りゅうきとか、サウダーデって……何?」


「何を言っているんだ、お前は? 龍鬼はまだしも、クルサードとサウダーデを、知らない訳がないじゃないか!」


 寧人の問いを聞いて、ヘルガは語気を荒げて言い返す。

 だが、同じ話を聞いていた夢琪は、何か思い当たることでもあるかのように、軽く両手を打ってから、眼鏡のフレームを弄り始める。


 そして、眼鏡越しに寧人を見詰めながら、夢琪は「やはりな」とでも言わんばかりの表情で、大きく頷く。


「……ヘルガ、この子の拘束を、解いてあげなさい」


 夢琪の言葉を聞いたヘルガは、納得がいかなそうな口調で尋ねる。


「何故です?」


「この子は少し頭が混乱しているようだから、今は問い詰めても、まともな話は聞けないだろう。落ち着いてから、話を聞くことにしようじゃないか」


「出鱈目な話をして、誤魔化そうとしているだけですよ!」


慧眼鏡けいがんきょうを持つ私に、そんな誤魔化しが通じると思うのかい?」


 眼鏡を指差しながらの、夢琪の言葉を聞いたヘルガは、反論を続けられない。

 ヘルガは不承不承ではあるが、寧人の手足を拘束する鎖を、解き始める。


 ようやく手足というか、身体の自由を取り戻した寧人は、軽く手足を動かして解す。


「とりあえず……この子の身柄は、あたしが預かる。ヘルガは仕事に戻っていいよ」


「いや、でも……こんな得体の知れない男を、梁師に預ける訳には……」


「ヘルガが倒せる相手に、あたしが不覚を取るとでも?」


「それは、そうですが……」


 ヘルガは言い淀む。夢琪の言葉は事実であり、ヘルガには反論のしようがないのだ。


(夢琪って人の方が、このヘルガって子よりも強いのか)


 会話の流れから、寧人はそう判断する。


(俺が変身しても、たぶんヘルガって子には勝てそうにないし、どれ程の強さなんだ、この夢琪って人は?)


 寧人は夢琪を、観察する。

 男性としては普通の背の高さである寧人より、拳一つ分程背が高く、程良い筋肉がついてはいて、スポーツをやっていた人には見えるのだが、強そうには見えない。


 見た目の割りには、喋り方などから、やや年寄り臭い感じを受ける。

 見た目より本当の年齢は高いように、寧人には思えた。


 ただ、何となくではあるのだが、尋常ではない強さの人物であるかのような雰囲気を、寧人は夢琪に対して感じた。

 今の自分では、どんな真似をしても、戦って勝てる相手ではない気が、寧人にはしたのだ。


(……ドラゴンより、やばいんじゃないか……この人)


 ドラゴンを目の前にした時を上回る、圧倒的な力の差を、寧人は本能的に察したのだといえる。

 敵意を感じないので、恐怖を覚えはしなかったのだが。


 夢琪は立ち上がると、気楽な口調で寧人に問う。


「お前さん、名前は?」


「……寧人、神志南寧人です」


 寧人の名前を聞いた夢琪は、再び「やはりな」とでも言いたげな、それでいて懐かし気で寂し気な笑みを、一瞬だけ浮かべる。


「それじゃ、寧人……ついて来なさい」


 夢琪は踵を返すと、出入り口の方に向かって歩き始める。


「安心しな、悪いようにはしないから」


(ここは、言う通りにしておくしかなさそうだ。夢琪って人、俺に敵意はなさそうだし)


 寧人は立ち上がると、手足を動かして解しつつ、ヘルガを観察する。


(背は俺と同じくらいだけど、顔は……年下っぽいな)


 実際は、寧人より僅かにヘルガの背は高い。

 目付きは鋭いが、顔立ちは寧人が感じた通り、十代中頃か前半に見える。


(猫耳と尻尾……本物か?)


 問いかけたい気がしたのだが、夢琪について行かなければならないし、不機嫌そうなヘルガを怒らせてしまう気がしたので、寧人は何も訊かなかった。

 そして、ヘルガの鋭い視線を感じながら、寧人は夢琪の後を追い歩き始める。




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