「お前さんは、何で竹林にいたんだい? あそこは他の場所よりも、遥かに強固な結界で守られている筈なんだが」
夢琪に問われ、寧人は答える。
「何でって……気付いたら、冷たい泉の中にいて……泉から出たら、こっちの方から人の声が聞えたような気がしたんで、ここが何処だか訊こうと思って、竹林の中を歩いてたんです」
「ここが何処だか訊く? お前は何を言っているんだ? 洞天福地に決まっているだろう!」
口を挟んだヘルガを、今度も夢琪は目線だけで制止する。
そして、興味深げな、やや興奮気味の口調で、夢琪は寧人に問いかける。
「泉の中で気付く前、お前さんは何処で何をしていたんだい?」
「確か……ドラゴンと戦った後、ドラゴンと一緒にいた妙な奴に、殺されたんだ」
ドラゴンという言葉を聞いて、その場にいた者達の空気が、一瞬で張り詰める。
「体中穴だらけにされて、殺されて……死んだ筈なのに、気付いたら泉の中にいて、怪我とかも治っていて、自分でも何がどうなっているんだか……」
「下手な嘘を吐くんじゃない!」
ヘルガは寧人の話を、嘘だと否定する。
「ドラゴン……龍なんて、もう三百年……クルサードには現れていないし、最近は
知らない言葉が、幾つも出てきたので、寧人は意味をヘルガに問う。
「あの……クルサードとか、りゅうきとか、サウダーデって……何?」
「何を言っているんだ、お前は? 龍鬼はまだしも、クルサードとサウダーデを、知らない訳がないじゃないか!」
寧人の問いを聞いて、ヘルガは語気を荒げて言い返す。
だが、同じ話を聞いていた夢琪は、何か思い当たることでもあるかのように、軽く両手を打ってから、眼鏡のフレームを弄り始める。
そして、眼鏡越しに寧人を見詰めながら、夢琪は「やはりな」とでも言わんばかりの表情で、大きく頷く。
「……ヘルガ、この子の拘束を、解いてあげなさい」
夢琪の言葉を聞いたヘルガは、納得がいかなそうな口調で尋ねる。
「何故です?」
「この子は少し頭が混乱しているようだから、今は問い詰めても、まともな話は聞けないだろう。落ち着いてから、話を聞くことにしようじゃないか」
「出鱈目な話をして、誤魔化そうとしているだけですよ!」
「
眼鏡を指差しながらの、夢琪の言葉を聞いたヘルガは、反論を続けられない。
ヘルガは不承不承ではあるが、寧人の手足を拘束する鎖を、解き始める。
ようやく手足というか、身体の自由を取り戻した寧人は、軽く手足を動かして解す。
「とりあえず……この子の身柄は、あたしが預かる。ヘルガは仕事に戻っていいよ」
「いや、でも……こんな得体の知れない男を、梁師に預ける訳には……」
「ヘルガが倒せる相手に、あたしが不覚を取るとでも?」
「それは、そうですが……」
ヘルガは言い淀む。夢琪の言葉は事実であり、ヘルガには反論のしようがないのだ。
(夢琪って人の方が、このヘルガって子よりも強いのか)
会話の流れから、寧人はそう判断する。
(俺が変身しても、たぶんヘルガって子には勝てそうにないし、どれ程の強さなんだ、この夢琪って人は?)
寧人は夢琪を、観察する。
男性としては普通の背の高さである寧人より、拳一つ分程背が高く、程良い筋肉がついてはいて、スポーツをやっていた人には見えるのだが、強そうには見えない。
見た目の割りには、喋り方などから、やや年寄り臭い感じを受ける。
見た目より本当の年齢は高いように、寧人には思えた。
ただ、何となくではあるのだが、尋常ではない強さの人物であるかのような雰囲気を、寧人は夢琪に対して感じた。
今の自分では、どんな真似をしても、戦って勝てる相手ではない気が、寧人にはしたのだ。
(……ドラゴンより、やばいんじゃないか……この人)
ドラゴンを目の前にした時を上回る、圧倒的な力の差を、寧人は本能的に察したのだといえる。
敵意を感じないので、恐怖を覚えはしなかったのだが。
夢琪は立ち上がると、気楽な口調で寧人に問う。
「お前さん、名前は?」
「……寧人、神志南寧人です」
寧人の名前を聞いた夢琪は、再び「やはりな」とでも言いたげな、それでいて懐かし気で寂し気な笑みを、一瞬だけ浮かべる。
「それじゃ、寧人……ついて来なさい」
夢琪は踵を返すと、出入り口の方に向かって歩き始める。
「安心しな、悪いようにはしないから」
(ここは、言う通りにしておくしかなさそうだ。夢琪って人、俺に敵意はなさそうだし)
寧人は立ち上がると、手足を動かして解しつつ、ヘルガを観察する。
(背は俺と同じくらいだけど、顔は……年下っぽいな)
実際は、寧人より僅かにヘルガの背は高い。
目付きは鋭いが、顔立ちは寧人が感じた通り、十代中頃か前半に見える。
(猫耳と尻尾……本物か?)
問いかけたい気がしたのだが、夢琪について行かなければならないし、不機嫌そうなヘルガを怒らせてしまう気がしたので、寧人は何も訊かなかった。
そして、ヘルガの鋭い視線を感じながら、寧人は夢琪の後を追い歩き始める。