(この三人の裸を見れなかったとは、惜しいことしたな……)
そんな風に心の中で呟いた寧人は、慌てて自分の考えを正す。
(いや、見たら本当に覗きになるから、見れなくてよかったんだよ!)
寧人が自分のことを、少しばかり恥ずかしく思った直後、正面方向にある出入口の、開き戸が開く。
出入り口に目をやると、寧人の目に二人の女性の姿が映る。
一人は黒髪を頭の左右で、お団子のようにまとめた、いわゆるシニヨンという髪形の、二十代中頃に見える女性だ。
地味に整った顔を飾る丸眼鏡の奥には、鋭い瞳が輝いている。
半袖の白いチャイナドレス……
布だか革だか見分け難い、靴の色も黒であり、身に着けているもので白と黒でないのは、フレームが銀色の眼鏡くらいだ。
もう一人は、眼鏡の女性に付き従っているように見える、これまた二十代中頃だと思われる、長身の女性。
眼鏡の女性も寧人より、拳一つ程高く見えるのだが、もう一人の方は、それよりも明らかに高く、カウンター席に座る赤毛の女と同程度である。
背が高い女は、胸が豊かであり、半袖の深紅の旗袍に、恵まれたスタイルの身体を包んでいる。
肌は白過ぎる程であり、緩やかなウェーブがかかっている金髪は、腰まで伸びている。
やや厚めの紅さした唇に、艶っぽい目付き。
全体的に、セクシーな印象の女性である。
二人の……というよりは、眼鏡の女性の姿を見て、ヘルガが姿勢を正したのに気付き、寧人は察する。
眼鏡の女性こそが、ヘルガが言う梁師なのだと。
眼鏡の女性は、付き従う長身の女性と共に、左掌と右拳を胸の前で合わせ、カウンター席にいる三人に一礼。
続いて、眼鏡の女性は、謝罪の言葉を口にする。
「済まないね、男の侵入者を許すとは、とんだ失態だ」
謝罪の言葉を受けたカウンター席の三人は、眼鏡の女性に返礼する。
こちらは、普通の会釈だ。
「すっごく驚いたよ!」
長い黒髪の女性が、眼鏡の女性に言葉を返す。
「いきなり男の子が現れたことにも、梁さんの結界が破られたことにも」
「一応、ここに来る前……大雑把に結界を調べたんだが、破られた形跡は見当たらないんだがねぇ」
不思議そうな顔で、眼鏡の女性……
「……とにかく、今日は風呂も酒も、お代はいらないよ。好きなだけ飲んでくれ」
夢琪の言葉を聞いて、カウンター席の三人は、喜びの声を上げる。
「ジーナさん、俺は
「あたしは
「体調整えたいから、私は
カウンターの中に入った、赤い旗袍の色っぽい女性……ジーナ・ドルチェは、手際よく注文通りに、ガラスや陶器製の酒瓶を取り出し、グラスに注いで女性達に出す。
薬酒を指定した女性には、酒の名を教えながら、酒に満たされたグラスを出す。
「体調を整えたいなら、
ちなみに、カウンターにいる三人女性達が飲んでいた酒は、ジーナが夢琪を呼びに行く前に、出した物であった。
寧人が意識を失っている時、三人の女性達に酒を出してから、ジーナは夢琪を呼びに行ったのである。
客達の相手をジーナに任せ、夢琪は寧人の方に近付いてくると、用意されていた酒樽の椅子に腰かける。
この椅子は夢琪の為に、用意されていたのだ。
「……この子が結界を突破して、洞天福地に侵入した、変質者ねぇ……まだ子供じゃないか」
意外そうな目で寧人を見下ろしながら、夢琪は続ける。
「お前さん、どうやって結界を突破したんだい?」
ヘルガを見上げて、寧人は様子を窺う。
ヘルガが「答えてもいい」と言わんばかりに頷いたので、寧人は口を開く。
「結界なんて破ってないですよ、変質者でもないし……あと子供じゃなくて、大人ですから」
「女風呂に侵入しておきながら、変質者じゃないなどと、よく言えたものだな!」
強い口調で、寧人に食って掛かるヘルガの言葉を、夢琪は目線だけで制止した上で、寧人に問いかける。
「結界を破っていないだって? だったら、どうやって洞天福地に入ったんだい?」
「どうやってって……」
何をどう説明したものか、寧人は考え込む。
寧人は洞天福地が温泉施設のことだと思い込んでいたので、温泉に飛び込む羽目になった辺りについて、話してみる。
「竹林の中を歩いていたら、馬鹿でかい岩が並んでたんで、跳び超えようとしたら、跳び過ぎちゃって……露天風呂の中まで、跳んできちゃったんですよ」
寧人は短く、付け加える。
「わざとじゃないんです! 岩だけ跳び超えようとしただけなのに、自分でも信じられないくらいの高さと距離……跳んじゃっただけで!」
夢琪は目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべる。
寧人の話に、夢琪は思い当たる節があったのだ。