電撃に似た、激しい衝撃を身体に受け、寧人は意識を取り戻す。
何が起こったのかは分からぬまま、寧人は瞼を上げると、周囲を見回す。
目に映ったのは、古びた旅館のロビーのように見える部屋と、数人の女性達の姿。
旅館のロビーといっても、良く見ると和風ではない。
太極図や八卦図など、祖父の家でよく目にした、中国風の意匠の装飾品が、あちこちにある。
東洋風ではあるのだが和風ではなく、中華風に西洋風が混ざった感じの設えであることに、寧人は気付く。
室内の照明は灯っているが、窓からは夕日が射し込んでいる。
まだ夕方といえる時間帯らしく、気を失ってから、大して時間が過ぎていないのだろうと、寧人は察する。
寧人の前、三メートル程離れた辺りには、誰かの為に用意されているかのように、椅子が置かれている。
酒樽を少しばかり改造して、椅子に作り替えた感じの、簡素な椅子だ。
部屋にいる女性の数は四人、その中の一人は、見覚えのある猫耳メイドの少女であり、寧人の一番近くにいた。
「起きたか? そろそろ梁師が
少女の口調から、寧人は察する。
どうやら先程の衝撃は、少女が寧人を目覚めさせる為に、何かをしたのだろうと。
(言うこと聞いておいた方が、よさそうだな……)
姿勢を正そうとして、寧人は気付く。
後手で両手を縛られ、両足は鎖でぐるぐる巻きにされた状態で、自分が椅子に座らされていることに。
「ここは、何処なんだ?」
「勝手に口を開くな! 訊かれたことにだけ答えるんだ!」
寧人を厳しい目で見下ろしながら、少女は強い口調で言葉を返す。
「ヘルガさん怖ーい!」
そんな間の抜けた声を発したのは、寧人の右斜め前にいた、白い肌の赤毛の女性だ。
その辺りは、西洋風のカウンターバーのような感じになっていて、三人の背の高い女性達が、並んで座っていた。
三人の中で、右端に座っていた赤毛の女性は、黒いノースリーブのシャツにハーフパンツという、動き易そうな黒ずくめの服装に身を包んでいる。
赤毛は緩やかなウェーブがかかったセミロングであり、明るい色気を感じさせる女性である。
(この声は、さっきの……)
声の主が、意識を失う前、「ヘルガさん」と呼んだ声の主と同じであることに、寧人は気付く。
「仕方がないでしょう、変質者相手なんですから。甘い態度なんて、取れませんよ」
猫耳のメイド服姿の少女、ヘルガ・ヴァイヤーは言葉を返す。
寧人への言葉と違い、女性に対する言葉は優しく丁寧だ。
十代中頃に見えるヘルガより、二十代前半に見える赤毛の女性の方が、寧人には年上に見える。
年上の赤毛の女性が、ヘルガを「さん」付けで呼ぶだけでなく、何となく年上扱いしているように感じられることが、寧人には少し不思議に思えた。
「それにしても、
赤毛の女性は気楽な口調で、寧人に話しかけてから、右手に持っていたグラスを煽る。
カウンターバー風なのは見た目だけでなく、実際に酒を出す為の設えなのだ。
グラスを煽る動きの反動で、女性の豊かな胸が揺れる。
女性の黒いシャツの胸元は、大きく空いている為、揺れる胸の谷間が顔を覗かせている。
そのせいで、目のやり場に困りながらも、寧人は「洞天福地」という言葉について、思いを巡らす。
(洞天福地って、そんな感じの響きの言葉、聞いた覚えがあるな……何だっけ? 仙術に関係がある言葉だった気がするけど……)
思い出そうとするが、寧人には思い出せない。
祖父に少しだけ、仙術について教わった時、聞いた気がするのだが、何せ子供の頃の話なので、よくは覚えていないのだ。
「それ以前に、どうやって洞天福地に入り込んだんだ?」
今度は、赤毛の女性の左隣に座っていた、スポーツ選手のように鍛え上げられた身体の女性が、話に口を挟む。
青い半袖のシャツに、ジーンズによく似たパンツという出で立ちであり、銀色のショートヘアの凛々しい顔立ちの女性だ。
カウンター席に座る三人は、揃って長身なのだが、この女性が最も背が高い。
「梁さんの結界を突破しないと、今の洞天福地には、男は入れない筈なのに」
「確かに、それは不思議だね」
凛々しい女性の言葉に、その左側の席に座っている、長い黒髪の女性が同意する。
白いブラウスに灰色のハーフパンツ姿の、落ち着いた印象の女性だ。
「梁さんの結界破れる男……というか人間なんて、まずいない筈なんだけど……」
赤毛の女性だけでなく、他の二人の女性の声も、寧人は聞き覚えがあった。
カウンター席に座っているのは、露天風呂で声を聞いた三人だったのである。
(こんな綺麗なお姉さん達が、あの時……露天風呂にいたのか)
露天風呂では焦っていたので、寧人は三人の姿を、まともに見ることはできなかった。
今になって、ようやく三人の外見を、寧人は確認できたのだ。
寧人が三人を、「お姉さん」と表現したのは、寧人からすると年上に見えて、背も高く大柄に見えたから。
背の高さに関しては、椅子に座っているので、正確なところは分からない。
ただ、寧人の見立ては、正しかった。
その三人は寧人より年上であり、背も高かったので。