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第15話 勝手に口を開くな! 訊かれたことにだけ答えるんだ!

 電撃に似た、激しい衝撃を身体に受け、寧人は意識を取り戻す。

 何が起こったのかは分からぬまま、寧人は瞼を上げると、周囲を見回す。


 目に映ったのは、古びた旅館のロビーのように見える部屋と、数人の女性達の姿。

 旅館のロビーといっても、良く見ると和風ではない。


 太極図や八卦図など、祖父の家でよく目にした、中国風の意匠の装飾品が、あちこちにある。

 東洋風ではあるのだが和風ではなく、中華風に西洋風が混ざった感じの設えであることに、寧人は気付く。


 室内の照明は灯っているが、窓からは夕日が射し込んでいる。

 まだ夕方といえる時間帯らしく、気を失ってから、大して時間が過ぎていないのだろうと、寧人は察する。


 寧人の前、三メートル程離れた辺りには、誰かの為に用意されているかのように、椅子が置かれている。

 酒樽を少しばかり改造して、椅子に作り替えた感じの、簡素な椅子だ。


 部屋にいる女性の数は四人、その中の一人は、見覚えのある猫耳メイドの少女であり、寧人の一番近くにいた。


「起きたか? そろそろ梁師が御出おいでになり、お前の処分を決める。命が惜しくば姿勢を正せ」


 少女の口調から、寧人は察する。

 どうやら先程の衝撃は、少女が寧人を目覚めさせる為に、何かをしたのだろうと。


(言うこと聞いておいた方が、よさそうだな……)


 姿勢を正そうとして、寧人は気付く。

 後手で両手を縛られ、両足は鎖でぐるぐる巻きにされた状態で、自分が椅子に座らされていることに。


「ここは、何処なんだ?」


「勝手に口を開くな! 訊かれたことにだけ答えるんだ!」


 寧人を厳しい目で見下ろしながら、少女は強い口調で言葉を返す。


「ヘルガさん怖ーい!」


 そんな間の抜けた声を発したのは、寧人の右斜め前にいた、白い肌の赤毛の女性だ。

 その辺りは、西洋風のカウンターバーのような感じになっていて、三人の背の高い女性達が、並んで座っていた。


 三人の中で、右端に座っていた赤毛の女性は、黒いノースリーブのシャツにハーフパンツという、動き易そうな黒ずくめの服装に身を包んでいる。

 赤毛は緩やかなウェーブがかかったセミロングであり、明るい色気を感じさせる女性である。


(この声は、さっきの……)


 声の主が、意識を失う前、「ヘルガさん」と呼んだ声の主と同じであることに、寧人は気付く。


「仕方がないでしょう、変質者相手なんですから。甘い態度なんて、取れませんよ」


 猫耳のメイド服姿の少女、ヘルガ・ヴァイヤーは言葉を返す。

 寧人への言葉と違い、女性に対する言葉は優しく丁寧だ。


 十代中頃に見えるヘルガより、二十代前半に見える赤毛の女性の方が、寧人には年上に見える。

 年上の赤毛の女性が、ヘルガを「さん」付けで呼ぶだけでなく、何となく年上扱いしているように感じられることが、寧人には少し不思議に思えた。


「それにしても、洞天福地どうてんふくちで、女湯に乱入するとか、君……命知らずにも程があるねぇ」


 赤毛の女性は気楽な口調で、寧人に話しかけてから、右手に持っていたグラスを煽る。

 カウンターバー風なのは見た目だけでなく、実際に酒を出す為の設えなのだ。


 グラスを煽る動きの反動で、女性の豊かな胸が揺れる。

 女性の黒いシャツの胸元は、大きく空いている為、揺れる胸の谷間が顔を覗かせている。


 そのせいで、目のやり場に困りながらも、寧人は「洞天福地」という言葉について、思いを巡らす。


(洞天福地って、そんな感じの響きの言葉、聞いた覚えがあるな……何だっけ? 仙術に関係がある言葉だった気がするけど……)


 思い出そうとするが、寧人には思い出せない。

 祖父に少しだけ、仙術について教わった時、聞いた気がするのだが、何せ子供の頃の話なので、よくは覚えていないのだ。


「それ以前に、どうやって洞天福地に入り込んだんだ?」


 今度は、赤毛の女性の左隣に座っていた、スポーツ選手のように鍛え上げられた身体の女性が、話に口を挟む。

 青い半袖のシャツに、ジーンズによく似たパンツという出で立ちであり、銀色のショートヘアの凛々しい顔立ちの女性だ。


 カウンター席に座る三人は、揃って長身なのだが、この女性が最も背が高い。


「梁さんの結界を突破しないと、今の洞天福地には、男は入れない筈なのに」


「確かに、それは不思議だね」


 凛々しい女性の言葉に、その左側の席に座っている、長い黒髪の女性が同意する。

 白いブラウスに灰色のハーフパンツ姿の、落ち着いた印象の女性だ。


「梁さんの結界破れる男……というか人間なんて、まずいない筈なんだけど……」


 赤毛の女性だけでなく、他の二人の女性の声も、寧人は聞き覚えがあった。

 カウンター席に座っているのは、露天風呂で声を聞いた三人だったのである。


(こんな綺麗なお姉さん達が、あの時……露天風呂にいたのか)


 露天風呂では焦っていたので、寧人は三人の姿を、まともに見ることはできなかった。

 今になって、ようやく三人の外見を、寧人は確認できたのだ。


 寧人が三人を、「お姉さん」と表現したのは、寧人からすると年上に見えて、背も高く大柄に見えたから。

 背の高さに関しては、椅子に座っているので、正確なところは分からない。


 ただ、寧人の見立ては、正しかった。

 その三人は寧人より年上であり、背も高かったので。




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