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第14話 ……生かしておいてやるということは、俺は……まだ生きているのか

(いや、そんなことより、こんな勢いで落ちたら、死んじまうって! いや、ここはあの世で、もう俺は死んでるんだろうから、死なないのか?)


 とにかく、寧人は慌てて陰陽寶珠を出現させ、假面武仙に変身しようとする。

 假面武仙に変身し、防御能力を引き上げれば、落下によるダメージは軽減されると考えたのだ。


 だが、落下スピードは速く、寧人は陰陽寶珠を出現させる前に、温泉の中に墜落してしまう。

 凄まじい湯飛沫が、間欠泉や噴水のように上がる。


(あ痛たたたたたたた! 痛いって死ぬわマジでっ!)


 湯が口の中に入ったせいで、声が出ない為、寧人は心の中で悲鳴を上げる。

 何とか足の方から下りられたのだが、墜落の衝撃で、全身が軋み……激痛に身体が悲鳴を上げる。


 いくら氣で身体能力が強化されてるとはいえ、百メートル以上の高さから墜落すれば、身体は無事では済まないと、寧人は思っていた。

 だが、激痛を覚えはしたのだが、寧人は自分の身体が無事であるのを、すぐに自覚した。


 湯を口から吐き出すべく、すぐさま立ち上がれたので、そのことに寧人は気付けたのだ。

 寧人は全身の状態を、目で見て確認してみるが、怪我もなければ、骨にも異常はなかった。


 変化したことといえば、着衣と身体を濡らしているのが、水から湯に変わったことくらいだった。


(水にずぶ濡れになったと思ったら、今度はお湯かよ……)


 自嘲しながら、寧人は周囲の様子を確認する。

 すると、湯気で確認し難いのだが、露天風呂らしき光景が、寧人の目に映る。


 学校のプールを超える大きさの、かなり広い露天風呂だ。

 その中央に、寧人は墜落したのである。


 地面に埋め込まれている露天風呂の浴槽は、石材で作られていて、寧人が墜落した衝撃にも耐え切っていた。

 墜落時の衝撃の余波だろう、湯面は激しく波打っている。


 湯気のせいで見え難い中、寧人は建物を視認する。

 はっきりとは見えないのだが、跳躍中に見た高い建物とは違う、煉瓦造りの平屋の建物のように、寧人には見えた。


(あそこに行けば、誰かいるかも……)


 そう考えた寧人は、湯の中を歩き始める。

 そして、湯気で視界が悪い中、十メートル程歩いた辺りで、寧人は湯気の中に人影を視認する。


(人がいたのか!)


 明らかに人が使う為に作られている露天風呂なのだから、人がいてもおかしくはない。

 だが、湯気のせいで人影が見えなかった為、寧人は誰もいないと、思い込んでいたのだ。


 ここが何処なのか訊きたいので、人に出会えること自体は、寧人にとっては嬉しいことだ。

 だからこそ、人がいるかもしれない建物を目指し、移動してきたのだから。


 でも、温泉に浸かっている人となれば、話は別である。

 男であれば問題はないのだが、女の場合は問題となる。


 何かを着たまま温泉に浸かるのなんて、温泉をレポートする女性タレントくらいだろう。

 つまり、この温泉に浸かっている女は、当然裸ということになる。


 見知らぬ女が裸で温泉に入っている所に、男である自分が姿を現すのは、さすがに問題が有り過ぎる。

 それ故、出来れば男であって欲しかったのだが、風が吹いて湯気が流れ、姿を現した人影は……女であった。


(そう言えば、風に乗って女の声がしたような気が……この人達の声だったのか?)


 明らかに日本人ではない、二十代前半と思われる、三人の若い女性達が、湯に肩まで浸かった状態で、寧人を見上げていた。

 何かが露天風呂に墜落したらしいことには、気付いていたのだが、女性達の方も湯気のせいで、近付いてきた寧人が男だと、分かっていなかったのだ。


 女性達の表情が、驚きと嫌悪の表情に変わる。

 明らかに、寧人を変態や性犯罪者だと見做した表情を、女性達は浮かべている。


(やっばい、俺……変態と思われてるっ!)


 自分がどんな風に思われているかを察し、焦りながら弁解しようと、寧人は口を開く。


「いや、あの……違うんだ!」


 だが、寧人以上に驚き焦っている女性達は、聞く耳など持たず、次々と大声を上げる。


「変態だー! 覗きだよ覗き!」


「いや、覗いてるってレベルじゃないでしょ! 痴漢とかレイプ魔とか、そのレベルの性犯罪者だよ!」


「ヘルガさん! 性犯罪者だよ! 助けてっ!」


 最後の一人が、ヘルガという者に助けを呼んだ直後、寧人が目指していた建物の方から、黒い人影が素っ飛んでくる。

 湯気のせいで、人影が自分に近付くまでは、はっきりと姿が寧人には視認できなかった。


 だが、すぐに寧人は、その姿を視認できるようになる。

 黒い人影は、三十メートル程は離れていただろう建物から、まさに一瞬で寧人の前に移動してきたので。


 姿を現したのは、褐色の肌に黒いショートヘアー、膝丈スカートの黒いメイド服に身を包んだ、十代中頃に見える少女。

 怒っているせいだろう、その目付きと表情は鋭い。


 ただ、その少女は明らかに、普通の少女ではなかった。

 輕身功を使っているとしか思えない、異常な速さを見せつけた時点で、普通ではないのだが、見た目も普通ではないのだ。


 髪の毛からは、黒い猫耳らしき何かが飛び出していて、おまけにお尻の辺りからは、黒い尻尾が生えているのである。


(え? メイド服姿の、猫耳美少女?)


 いきなりの猫耳メイド美少女の登場に、寧人は驚きの余り、反応が遅れる。

 いや、仮に驚かずとも、今の寧人の反応速度では、間に合わなかっただろう。


 それ程、ヘルガと呼ばれた少女の動きは、速過ぎた。

 回避も防御もできぬまま、寧人は少女が放った跳び蹴りを、胸の真ん中に食らい、吹っ飛ばされる。


(あれ? 今の蹴りって……確か……)


 湯の中に倒れ込みながら、遠ざかる意識の中、寧人は少女が放った蹴りに、見覚えがあるような気がしていた。

 何故、見覚えがあるかは、意識がはっきりしなくなってきたので、思い出せはしなかったのだが。


「この変質者が!」


 吐き捨てるような刺々しい口調で、少女は続ける。


「殺してやりたいところだが、梁師りょうしの許可を得ずに殺す訳にはいかないからな、この場は生かしておいてやる」


(……生かしておいてやるということは、俺は……まだ生きているのか)


 他者である少女が、どうやら自分のことを生きていると認識しているのを知り、寧人は自分が死んだ後、あの世にいる訳ではなく、生きているらしいことを知る。

 そして、そのまま寧人は、意識を失ってしまう。




   ♢     ♢     ♢




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