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第13話 夕焼け空? あれ、俺……死んだんじゃなかったっけ?

(……冷たい)


 突如、体中から感じる冷たさに、寧人は意識を取り戻す。

 布団を退けてしまった冬の夜、寒さに目を覚ました時のような感覚だ。


 だが、時間が過ぎるにつれ、感じてる冷たさが気温ではなく水温であることに、寧人は気付く。

 夏なのに天気が悪く、涼しい日に行われた体育の水泳の授業で、冷たいプールの中に入った時のような……冷たい水に浮いている感覚がするのだ。


 自分がどうなっているのかを確認する為、寧人は瞼を上げようとする。

 長時間……目を閉じたままにしていたらしく、重たい瞼を上げた寧人の目に、赤く色付いた夕焼け空が映る。


(夕焼け空? あれ、俺……死んだんじゃなかったっけ?)


 意識が回復して、少しの時間が過ぎたせいか、寧人の頭の中に、様々な情報が浮かんでくる。

 自分が友人達を逃がした後、ドラゴンを何とか行動不能に追い込んだものの、謎の女に殺されたことや、真と再会したこと。


 スーパーヒーローの道を歩まなかったのを後悔したことや、自分が子供の頃、その選択をした時の母親との思い出を、夢に見たらしいことなどが、一気に頭の中に浮かび上がり、寧人は混乱してしまう。


(何がどうなってるんだか分からないが、とりあえず……ここは何処なんだ? まさか、あの世なのか?)


 自分は確かに死んだ筈だという自覚が、寧人にはあった。

 死んだのだから、今の自分がいるのは、あの世なのではないかと寧人が思うのは、当たり前のことである。


(とにかく、冷たいの嫌だし……水から出よう)


 ただ水に浮かんでいる状態を止め、寧人は身体を起こし、立ち泳ぎに切り替える。

 足が底には着かないので、普通のプールより水深が深いらしいことを、寧人は察する。


 身体を起こしたせいで、寧人には周囲の光景が見えるようになる。


(竹? 竹林の中なのか、ここは?)


 夕日に照らされているせいか、やや赤味がかって見えるが、周囲には竹林が広がっていた。

 微風にそよぎ、竹林が奏でる音が、寧人の耳に届く。


 竹林の中にある、直径二十メートル程の円形の泉に、寧人は浮いていたのだった。

 水は澄み切っているのだが、下を向いても底は見えない。


「……底なし沼……じゃなくて、泉か池ってとこだな」


 泉と池の明確な定義を知らない寧人は、何となくではあるが、そう判断する。

 そして、平泳ぎで岸に向かって泳ぎ出すと、すぐに寧人は岸に辿り着き、泉の中から出る。


 直後、竹林が風に騒めく音に混ざり、人の声が聞えたような気が、寧人にはした。

 確実に聞えた訳ではないが、楽し気な女性の声が、風に流されてきたような気がしたのである。


「人がいるなら、ここが何処なのか分かるかもしれないし、ここにいても仕方がない。行ってみるか」


 そう決意した寧人は、頭や四肢を動かして、大雑把に水気を飛ばしてから、声が聞えたような気がした方向に、歩き始める。

 濡れた服が身体に纏わりついて、少し歩き難い。


 濡れた服が気になった寧人は、着衣の状態を確認してみる。

 着衣の各所には穴が開いているが、水に洗い流されたのか、血の痕はない。


 そして、着衣の穴の下にある筈の、身体に穿たれた穴は、完全に消え去っていた。

 傷痕すら残っていないのだ。


「どうなってんだ? 服の穴は消えてないのに、身体の傷は消えてやがる」


 疑問に思いながら、数分間歩き続けた寧人の前に、竹ではない存在が姿を現す。

 姿を現したのは、五メートル以上の高さがある巨大な岩々。


 行く手を遮るかのように、鈍色の岩々が立ち並んでいるのだ。

 普通の人間であれば、登るのは困難な巨岩の列である。


 岩々の列の前に辿り着いた寧人は、回り込めるかどうか、左右を見て確認する。

 だが、岩々の列は弧を描いて、まるで寧人がいた泉と竹林を囲むかのようになっていて、回り込めそうになかった。


「回り込むのは難しそうだし、跳び超えるか。誰も見ていなそうだし」


 独り言を呟きながら、寧人は呼吸を整えて気を練ると、全身の經絡けいらくに流す。

 經絡というのは、全身を巡る氣の経路である。


 假面武仙に変身しなければ、寧人は輕身功を使えない。

 だが、全身を流れる氣の量を増やせば、身体能力を強化できるので、この程度の巨岩であっても、余裕で跳び超えられるのだ。


 超常の力である氣を使う場面を、人に見られたくはないので、寧人は人前では非常時を除き、気を使わないことにしている。

 だが、誰も見ていなそうな今なら、氣を使っても問題はない。


 ちなみに、独り言が増え始めているのも、周りに人がいないせいだったりする。

 独り言が増えているのは、不安なせいでもあるのだが。


 全力で地を蹴って、寧人は跳躍する。

 すると、寧人の身体は、一気に宙に舞い上がる。


 そこで、いきなり予期せぬことが起り、寧人は情けない、驚きの声を上げてしまう。


「え、何? どうなってんの?」


 寧人が驚いたのは、自分の身体が跳び過ぎてしまったから。

 これまでは氣を使った場合でも、寧人の全力の跳躍は、せいぜい七メートル程度の高さまでしか、跳び上がれなかったのである。


 ところが、全力で跳んだ寧人の身体は、輕身功を使っていないのに、一気に百メートルを超える高さまで、舞い上がってしまったのだ。

 巨岩を跳び越すどころか、その向こう側にも広がっている竹林の上、地上から百メートルを超えた辺りを、寧人は弾道を描きながら、移動していたのである。


 高く舞い上がったせいで、かなり広範囲の光景が、寧人の目に映るようになる。

 寧人の目に映ったのは、夕日に照らされた竹林や木々に覆われた山腹と、古びたデザインのいくつかの建物。


 それだけではない、更に……遥か遠くにある、都市らしき存在までも、寧人は視認したのだ。

 その都市は幾つもの山に囲まれている、いわゆる盆地と言われる地形に存在している。


 自分がいるのが、都市を囲む山の一つであるらしいと、寧人は理解した。

 そして、寧人がいる山には、いくつもの建物があった。


 古い寺などにある五重塔に似た、塔のような建物や、テレビか何かで目にしたことがある、古い中国の城や楼閣のような建物が、寧人には幾つも見えたのだ。

 他にも、夕焼け空を水面に映している、様々な水場の存在も、寧人の目に映った。


 信じられぬ程の高さと距離を、寧人は跳んでしまったが、その建物が並んでいる辺りまでは、辿り着けなかった。

 その建物より数十メートル程手前にある小さな建物と、湯気を立ち昇らせているように見える水面……というよりは湯面に向かって、寧人は落下していく。


 落下するにつれて、寧人の視界の中で、地上の景色が急拡大する。


(……泉や池? いや、湯気が上がってるから、温泉か?)


 寧人には最初、自分が墜落しそうな辺りに、泉や池があるように見えた。

 だが、湯気が上がっている、つまり水ではなくお湯らしいのを視認し、温泉だと認識を改めたのだ。




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