畳の上には、びりびりに破かれた新聞の破片が、散らばっていた。
新聞の上には、数日間は着たままと思われる、よれよれのジャージ姿の三十代に見える女性が、力なく座り込んでいた。
寧人によく似た顔立ちなのは、女性が寧人の母親だからである。
元気を絵に描いたような、明るい女性であった母親は、寧人の祖父が死んでから暫くの間、沈み切っていた。
寧人の祖父、つまり母親からすれば、父親が死んだのだから、沈むのは当たり前ではある。
だが、母親の沈み方は普通ではなく、心を病んでいるかのようであった。
ベルウェザーXと相打ちとなって死んだ、スーパーヒーローである祖父は、その死後……激しい批判の対象となったのだ。
本来なら、日本をスーパーヴィラン達から救ったのだから、感謝されることはあっても、批判される立場ではない筈なのだが、そうなってしまった。
激化する超人大戦において、超人同士の戦いは、凄まじい被害を出すことになった。
その戦いの当事者として、インヤンマスクは批判されたのである。
無論、インヤンマスクなどのスーパーヒーロー達に、感謝する声も多かった。
ところが、何故か超人大戦の終戦後は、インヤンマスク達……超人同盟側のスーパーヒーロー達に対する批判ばかりが、マスメディアを賑わせていた。
人類先導戦線に対し無力であった政府が、自分達への批判を軽減する為にマスメディアを操作。
スーパーヒーロー達の象徴といえる存在であったインヤンマスクに、批判を向けさせたのではという陰謀論も、インターネットでは語られていたのだが、真実は明らかになっていない。
とにかく、寧人の母親からすれば、人々の為……正義の為に戦った挙句、命を失った父親が、日本中から批判される状況に置かれてしまったのだ。
破り捨てられた新聞にも、インヤンマスクを批判する記事が、掲載されていたのである。
悲しみ疲れ、心の安定を失っていた涙目の母親に、まだ子供であった寧人は、震える声で頼まれたのだ。
「……寧人は、スーパーヒーローになんてならないでね。寧人まで父さんみたいなことになったら、母さん……耐えられないよ」
父親が婿入りしたせいもあり、生まれた頃から同じ家に住んでいた、母方の祖父が大好きだった子供の頃の寧人は、スーパーヒーローに憧れていたし、自分でもなるつもりだった。
だからこそ、祖父に武術を習い、真と共に真剣に修行し、子供ながらに氣を操れるだけの段階に至れたのだ。
それでも、精神的に追い込まれた母親に頼まれたら、自分の夢や希望を抑え込んで、答えるしかなかったのだ。
寧人は母親も、大好きだったので。
「大丈夫だよ、俺はスーパーヒーローになんてならないから……なりたくもないし」
返事を聞いて、母親が浮かべた安堵の表情を目にして、寧人も安堵した。
自分がスーパーヒーローにならなければ、母親は安心して、元通りになれるのだと、子供の頃の寧人は考えたので。
その日を境に、寧人はスーパーヒーローになる夢を、きっぱりと諦め、武術の修行も止めてしまった。
陰陽寶珠が「ちょっとしたトラブル」を引き起こさないように、最低限度の氣を操る能力を維持する為の修行だけは、たまに行ってはいたのだが……。
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