(やった! これなら……逃げられる!)
既にドラゴンには、寧人を攻撃したり追跡したりする余裕はない。
倒せはしなかったが、狙い通りといえる成果であったので、寧人は歓喜する。
だが、それは束の間の喜びに過ぎなかった。
突如、寧人は全身から力が抜け始め、その場で膝をついてしまう。
そして、寧人の身体は閃光に包まれたかと思うと、假面武仙のコスチュームは消え去り、寧人はジーンズに白いTシャツ姿となる。
假面武仙の変身が解除され、寧人は元の姿に戻ってしまったのだ。
陰陽寶珠も身体の中に、姿を消してしまっている。
(何だ? どうなってんだ?)
寧人は慌てながら、氣を練る呼吸を行いつつ、氣を下丹田に集め、陰陽寶珠を出そうとする。
だが、上手く氣を練れないし、流れを操ることができない。
(駄目だ、陰陽寶珠を出すどころか、まともに氣を練れないし、操れない!)
焦りつつ狼狽えた直後、寧人は背筋が震えるような悪寒を覚え、上を向く。
殺気を感じたとでもいうべきなのだろう、自分の頭上から、恐るべき何かが接近してくるような気が、寧人にはしたのだ。
空を見上げた寧人の視界は、幾つもの光を捉えた。
普通の光ではない、SFの映像作品などに出てくる、ビームの如き白く細い光線が数十条、寧人に向かって襲い掛かってきたのだ。
(攻撃? 他にもドラゴンがいたのか?)
かなり広範囲に渡り、光線は降り注いでいた。
明らかな敵意、攻撃の意志を感じ取った寧人は、立ち上がって回避しようとするが、身体は
その結果、光線を避けられず、寧人は全身に光線を食らってしまい、悲鳴を上げる。
身体が焼かれるような激痛を、寧人は身体中に覚えながら、仰向けに倒れる。
假面武仙のコスチュームを纏っていれば、耐えられただろう光線なのだが、ただの人間の姿に戻った寧人には、耐えられる訳がない。
寧人は身体に五か所ほど、槍で貫かれたかのような穴を穿たれてしまう。
傷口からは、鮮血が吹き出し始める。
(出血を……止めないと)
氣を操る能力を持つ者は、体内の氣の流れを操れば、傷口を一時的に塞ぎ、止血することができる。
だが、寧人は氣を上手く操れず、止血することができなくなっていた。
(駄目だ、止血できない……)
大量の出血のせいか、寧人の全身から力が抜け、次第に意識が朦朧とし始める。
(やばい、こりゃ……死ぬな……俺)
意識が遠のく程の出血やダメージは、死に繋がる。
避け難い自分の死を意識し、恐怖する寧人の目に、自分に向かって降下してくる、謎の人影が映る。
(光線を放った奴……なのか? ドラゴンじゃなくて、人間?)
謎の人影はゆっくりと降下し続け、寧人の傍らに降り立つ。
寧人の様子を確認する為に降下してきたらしく、謎の人影は寧人を見下ろし、観察する。
(何だ……こいつは? 人なのか? それとも……ドラゴンなのか?)
寧人は心の中で、自問する。
近付いてきたせいで、謎の人影の姿は、はっきりしたのだが、その姿は人間でありながら、ドラゴンのようにも見えなくはなかったのだ。
全体的な姿は、長身で赤毛のショートヘアーの、年若く鋭い目鼻立ちの、西洋人風の女性といった感じなのだが、背中からは短い翼、尻の辺りからは尻尾も生えていた。
身体のラインが出る、ドラゴンの鱗を思わせるデザインの、スケイルアーマー風のコスチュームを身に纏っているせいもあり、全体的にドラゴンや龍を思わせる見た目であった。
胸の中央には、大きなルビーのような、赤い球体が存在する。
「……大した力を感じなかったが、
蛇のような縦長の瞳孔を持つ、青い瞳で見下ろしながら、謎の女は呟く。
明らかに日本語ではない、知らない言語なのだが、寧人には理解できる。
陰陽寶珠は所有者に、様々な言語を操る能力を与える。
それ故、謎の女が口にした、聞き覚えの無い言語ですら、寧人には理解ができるのだ。
ただし、完全に操れる訳ではなく、これまで寧人が日常的に使ってこなかったり、知らなかった言葉に関しては、上手く翻訳できない場合もある。
「この様子なら、程なく死ぬだろうが、侮らぬ方がいいだろう。何せ、『あの姿』になることができる人間なのだから……」
謎の女は腰に
「止めをさしておくべきだな」
明らかに、長剣で切り殺されそうな状況、寧人は焦りながら、息も絶え絶えといった風に、謎の女に問いかける。
「な……何なんだ、お前……は?」
丁龍という言葉の意味など、他にも気になることはあるのだが、最も気になることを、寧人は訊ねた。
話の流れから、丁龍がドラゴンの名称的な意味合いであるのは、寧人には読み取れていたし。
「丁龍を追い込んだ褒美に、教えてやる」
謎の女は、言葉を続ける。
「全ての世界を、正しい姿に帰す為、
話の途中で、謎の女は振り返りつつ。
瞬時に剣を振るう。寧人に向けてではなく、ほんの一瞬前まで、背を向けていた方向に。
凄まじい金属音が響き渡り、衝撃で大気が震える。
いきなり姿を現した男が、右手に持った刀で斬りかかってきたので、謎の女は手にした剣で、受け止めたのだ。
男は右手の刀で剣を抑えつつ、左手に持った刀で、謎の女に切りかかる。
男は両手に、刀を手にしていたのである。
謎の女は地を蹴り、数十メートルの距離を跳び退いて、男の斬撃をかわす。
明らかに普通の人間の、跳躍力ではない。
謎の女を後退させた後、満身創痍の寧人を見下ろしながら、男は呟く。
「……大丈夫……じゃなさそうだな。どう見ても、致命傷だ」
その男の声に、寧人は聞き覚えがあった。
白と黒で塗り分けられた、どことなくだがインヤンマスクに似たコスチュームを着た、その男の姿にも、寧人は見覚えがあった。
マスクは顔の上半分だけしか隠していないので、下半分は露になっているし、目元の辺りは穴が開いている。
女性のような整った顔立ちと、生真面目そうな目を、寧人はよく知っていた。
(デュアル……ウィールド……いや、
二刀を手にしたスーパーヒーロー、デュアルウィールドの名を、寧人は心の中で呟いた。
声に出そうと、口を動かしていたのだが、既に声は出なかったのだ。
ちなみに、デュアルウィールドとは、英語で二刀流を意味する言葉である。
「俺は治療や回復能力を持たないし、致命傷を受けたお前を治せるような奴は、この辺りにはいない。俺がお前にしてやれることは、悪いが……何もないってことだ」
瀕死の寧人を助ける為、デュアルウィールド……
だが、既に寧人が致命傷を負っているのに、真は気付いたのだ。
謎の女にも、「この様子なら、程なく死ぬだろう」と言われていたし、自分でも致命傷を負っていた自覚はあった。
故に、真の言葉は寧人にとって、驚く程ではなかった。
無論、死にたくなどなかったのだが。
「インヤンマスクから、陰陽寶珠を受け継いでおきながら、ろくに戦いもせずに死ぬとはな……」
哀れみ半分、侮蔑半分といった感じの口調で、真は続ける。
「スーパーヒーローとして生きることからも、己を鍛え続けることからも逃げたお前には、似合いの最後だよ……自業自得だ」
寧人は真の厳しい言葉に、返す言葉が無かった。
口惜しさと後悔の念に苛まれはするのだが、デュアルウィールドの言葉は事実だと、寧人は思ったので。