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第7話 助けてくれたお礼に、デートしてあげるから、無茶な真似しないで、ちゃんと逃げてよ!

 棒から相当離れた場所にも、傘を出現させることができる。

 ただ、寧人は氣の力が弱いので、今はあまり遠くに出現させることはできない。


 使用者が防ぎたい攻撃や、危険な存在全てを防いでくれるだけでなく、触れた敵の動きを、一時的に封じてくれる、超強力な防御用寶貝なのだ。

 だが、、強力であるが故に、操るのは難しく、使用者は大量に氣を消耗する。


「早く逃げろ! 俺は本物のインヤンマスクじゃないから、ドラゴンと戦って、倒せるような力は無い!」


 寧人は声を張り上げ、周囲にいる人々に指示を出す。


「俺の氣の力じゃ、ドラゴンの落下を、ほんの少しの間、止めることしかできないんだ!」


 氣を操る基本的な修行は、祖父に習って子供時代に積んでいたので、寧人は氣を操れる。

 だが、継続的に修行を積み重ねた訳ではないので、まともに屏障仙傘を使えるだけの、氣の力もなければ、技術もない。


 寧人の祖父であれば一時間以上、屏障仙傘で町一つを守ることができた。

 でも、今の寧人には、この辺りにいる人々を、数分守るのが限界だった。


 茫然としていた者達は、寧人の声を聞いて我に返り、慌てて逃げだす。

 宗助が声を上げて、誘導しつつ逃げたので、レトロにいた者達だけではなく、辺りにいた者達は一斉に、東に向かって逃げ始めた。


「寧人先輩は、逃げないの?」


 清音と共に、自転車で逃げ始めた百虹架が、寧人が逃げようとしないのに気付き、慌てて問いかける。


「傘を使ってる間、俺は動けないんだ! 俺は後から逃げる!」


 氣を操る能力や、氣の出力が高ければ、移動しながらでも屏障仙傘を使えるのだが、寧人の能力では、それは不可能。

 屏障仙傘で皆を守っている間、寧人は移動できないのだ。


 寧人を残し、自分達だけで逃げる気になれなかった清音と百虹架は、自転車を止め、両足を路面につけたまま、顔を見合わせて戸惑う。


「早く逃げろ! お前達が早く逃げてくれた方が、俺も早く逃げられるんだから!」


 鋭い寧人の命令を耳にして、清音と百虹架は意を決し、自転車のペダルに足をかける。


「先に逃げて、待ってます! 無事に追い着いて下さいね!」


 清音に続いて、百虹架も寧人に声をかける。


「助けてくれたお礼に、デートしてあげるから、無茶な真似しないで、ちゃんと逃げてよ!」


「どさくさに紛れて、何デートとか言ってんの?」


「先輩のやる気を引き出す為だし」


 言い合いを始めた清音と百虹架を見て、仮面の下で呆れた表情を浮かべつつ、寧人は強い口調で声を発する。


「さっさと逃げろと言ってるだろ!」


 寧人に強い口調で命じられ、清音と百虹架は慌ててペダルをこぎ始める。

 自転車のスピードを上げつつ遠ざかる二人の方から、百虹架の声が聞えてくる。


「先輩も早く、逃げろよな!」


 ようやく二人が逃げたことに安堵しつつ、寧人は呟く。


「逃げられそうなら、逃げたいんだが……」


 苦々し気な顔でドラゴンを見上げ、寧人は続ける。


「逃がしちゃくれなそうだな……」


 傘の向こう側で、動きを止められているドラゴンは、寧人を見下ろしていた。

 人間と同等の知性を感じさせる目に、明らかな敵意を込めて、寧人を睨み付けていたのだ。


 自分の動きを止める程の、超常的な力を見せた寧人を、ドラゴンは最優先で倒すべき敵だと、認識したのである。


(たぶんドラゴンは、俺が逃げたら追いかけてくる)


 どうするべきか、寧人は思案する。


(みんなが逃げた方に逃げると、追いかけてくるドラゴンに、みんなやられちまうかもしれないから、同じ方向には逃げられないか)


 周囲を見回し、寧人は状況を確認。

 辺りに人影は見当たらない、既に辺りにいた人々は、逃げ遂せたのだ。


(宗助先輩の誘導のお陰で、みんな東側に逃げていたな。だとしたら、ドラゴンに狙われている俺は、反対の西側に逃げるべきか……)


 ドラゴンは巨体に似合わず、動きは俊敏。

 飛行速度はジェット機並みであり、地を駆けても自動車並に速い。


(コルベット級の小型ドラゴンの地上走行速度は、時速百キロ程度だとか、前に見たニュース番組で言ってたな)


 過去に変身した状態で、寧人は自分がどれくらいの速度で走れるのか、確かめたことがある。

 その時の速度が、時速百キロ程度だった。


(最高速度は似たようなものだから、上手く逃げ回れば、何とか逃げ切れるかもしれない)


 そう考えて、寧人は自分を奮い立たせる。

 戦って勝てないのは当たり前、逃げることも不可能となれば、寧人は絶望するしかないので、少しでも自分に生き残れる希望があると、思いたかったのだ。


 地上走行速度が互角だとしても、ドラゴンには強力な攻撃能力があるので、ドラゴンから逃げ切るのは、現実には困難といえるのだが。


(爺ちゃんだったら、飛んでも走っても、余裕で逃げ切れたんだろうな)


 その考えを、寧人はすぐに否定する。


(いや、爺ちゃんだったら、この程度のドラゴンなら、簡単に倒せただろうから、逃げないか)


 似たような姿に変身できても、インヤンマスクであった祖父と、祖父から陰陽寶珠を受け継ぎ、基本的な修行をしただけの寧人では、その能力に大き過ぎる差がある。

 祖父がベルウェザーXと相打ちで死亡したせいで、寧人は祖父から、基本的なことしか学んでいなかった。


 その後、スーパーヒーローとして活動する道も選ばなかったので、寧人は殆ど修行を行わなかった。

 護身術として役に立つ、武術のトレーニングは一応続けていたので、普通の人間に比べれば遥かに強いのだが、スーパーヒーローといえる程の強さは、寧人にはない。




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