目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第6話 變身!

(できれば……やりたくなかったんだけど、こうなっちまったのなら、仕方がない!)


 寧人は心の中で愚痴りながら、特殊な呼吸法を行い、氣を練り上げる……要は全身から氣を発生させる。

 そして、全身を流れる氣を、へその下……下丹田しもたんでんと呼ばれる辺りに集める。


 ちなみに、日本では一般的には、という表記を使うが、寧人が学んだ武術では、氣という表記を使う。

 報道においても、ドラゴンの襲撃を受けた中国が、「氣」という表記を使用することから、ドラゴンに関しては「氣」の表記が普通になっている。


(氣の量が、ギリギリだな……最近、殆ど氣を練ってなかったせいか)


 自分が思っていたよりも、身体がなまっていて、氣がギリギリの量しか集められなかったことに、寧人は焦る。

 だが、最低限の量の氣を、下丹田に集めたことにより、寧人の身体に変化が起こり始める。


 下丹田よりも少し上、臍の辺りに、野球ボール程の大きさの半球が、着ている服を通り抜け、浮き上がるように姿を現したのだ。

 白と黒に色分けされた、いわゆる太極図に似た見た目の半球に見えるが、半分が体外に露出しただけで、実際は球体である。


(よし! 寶珠ほうじゅを出せた!)


 寶珠とは、太極図に似た球体の名称だ。

 より正確にいえば、陰陽寶珠いんようほうじゅというのだが、面倒なので寶珠と略してしまう場合もある。


 寧人が下丹田に氣を集めると、陰陽寶珠が臍の辺りに浮き出て、使用できる状態になる。

 両手で陰陽寶珠に触れながら、寧人は鋭い声を発する。


變身へんしん!」


 直後、陰陽寶珠から放たれた閃光に、寧人の全身は包まれる。

 すぐに閃光は消え去り、光の中から寧人は姿を現すのだが、その姿は変わり果てていた。


 寧人はジャンプスーツやライダースーツなどと呼ばれる、ツナギ状のコスチュームを着ていた。

 頭にはフルフェイスのヘルメットのような物を被り、顔の部分は、太極図のような仮面で隠されている。


 臍の部分の陰陽寶珠からは、腰を一回りするベルトが伸びていて、ベルトには小さな瓢箪型のカプセルのような物が、幾つもぶら下がっている。

 肩や肘、胸や膝、脚の脛や足先など、身体の各所には、プロテクター風のパーツがある。


 コスチュームだけでなく、装着する全ての物が、白と黒で色分けされていて、他の色は使われていない。

 身体の各所に太極図が印されていて、太極図は全て、陰陽寶珠と黒いラインでつながるデザインになっている。


(良かった、假面武仙かめんぶせんに変身できた!)


 變身とは、中国語で変身を意味する言葉であり、寧人は変身に成功したことに、安堵したのだ。

 変身するのは久しぶりであり、失敗する可能性もあったので、寧人は安堵したのである。


 武仙とは、武術と仙術を操り、戦う者を意味する。

 変身した寧人のように、仮面で顔を隠す武仙は、假面武仙という。


「寧人先輩?」


 突如、スーパーヒーローの如き姿に変身した寧人を目にして、近くにいた清音が、驚きの声を上げる。

 無論、近くにいた者達は皆、寧人の変身を目にして、驚いていた。


「い……インヤンマスク?」


 ウェイトレスを後ろに乗せ、自転車で走り出そうとしていたマスターが、寧人の姿を見て、発した言葉だ。

 マスターの言葉通り、寧人の姿はインヤンマスクと、殆ど同じだったのだ。


 マスターの問いかけに答えている時間など、寧人にはない。

 落下してくるドラゴンと、ミサイルの破片群に、対処しなければならないので。


寶貝列表ほうばいれっぴょう!)


 寧人が心の中で「寶貝列表」と唱えると、視界に「寶貝列表」の文字が現れる。

 あたかも、VRゲームをプレイ中、ゴーグルに表示される、情報のように。


 寶貝とは、超常的な力を持つ、様々な仙術の道具を意味する言葉で、列表はリストを意味する。

 つまり、寶貝列表とは、寶貝のリスト……一覧表のことだ。


 寶貝列表には一つだけ、寶貝の名が記されている。

 寧人が使える寶貝は一つだけなので、一つしか名は表示されないのである。


屏障仙傘へいしょうせんさん!」


 表示された寶貝の名を、寧人は口にする。

 すると、ベルトの右側に装着された、カプセルの一つの蓋が開き、中から小さい何かが飛び出してくる。


 その小さい何かは、一瞬で一メートル数十センチ程の長さの、黒い木製の棒となった。

 寧人は棒の端を右手に持つと、もう一方の先端を、百メートル程の高さまで落下して来ている、ドラゴンに向ける。


カイ!」


 寧人が鋭い声を発すると、寧人達とドラゴンの間、五十メートル程の高さの辺りに、開かれた状態の巨大な傘が、一瞬で姿を現す。

 直径百メートル以上はあるだろうか、木製の骨組みに白い油紙が貼られた、遠い昔に使われていた感じの傘が。


 幻であるかのように半透明であり、傘の向こう側には、落下して来るドラゴンの姿が視認できる。

 落下して来たドラゴンと、ミサイルの破片群は、すぐに傘に衝突し、空に凄まじい激突音を響かせるが、傘を破ることはできず、空中で停止した状態になってしまう。


 ドラゴンなどが傘に受け止められた光景を見上げていた、その場にいた者達は、茫然とした表情を浮かべる。

 寧人が変身しただけでも、皆は相当に驚いていた。


 その上、自分達を死に至らせるだろう、落下して来ていたドラゴンとミサイルの破片群を、巨大な傘が受け止めるという、常軌を逸した光景を目にしてしまったのだ。

 頭が混乱してしまい、茫然としてしまうのも無理はない。


 この傘こそが、寧人が使用した寶貝……屏障仙傘。

 屏障とは、防壁を意味する中国語であり、仙傘とは仙人が使う傘を意味する。


 つまり、屏障仙傘というのは、仙人が身を守る為の防壁として使う為の、傘の寶貝なのだ。

 傘の部分は普段は消えていて、使用者が「開」と命令すると、杖のように見える棒の先端を向けた方向に、バリヤーの如き傘が出現するのである。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?