(できれば……やりたくなかったんだけど、こうなっちまったのなら、仕方がない!)
寧人は心の中で愚痴りながら、特殊な呼吸法を行い、氣を練り上げる……要は全身から氣を発生させる。
そして、全身を流れる氣を、
ちなみに、日本では一般的には、
報道においても、ドラゴンの襲撃を受けた中国が、「氣」という表記を使用することから、ドラゴンに関しては「氣」の表記が普通になっている。
(氣の量が、ギリギリだな……最近、殆ど氣を練ってなかったせいか)
自分が思っていたよりも、身体が
だが、最低限の量の氣を、下丹田に集めたことにより、寧人の身体に変化が起こり始める。
下丹田よりも少し上、臍の辺りに、野球ボール程の大きさの半球が、着ている服を通り抜け、浮き上がるように姿を現したのだ。
白と黒に色分けされた、いわゆる太極図に似た見た目の半球に見えるが、半分が体外に露出しただけで、実際は球体である。
(よし!
寶珠とは、太極図に似た球体の名称だ。
より正確にいえば、
寧人が下丹田に氣を集めると、陰陽寶珠が臍の辺りに浮き出て、使用できる状態になる。
両手で陰陽寶珠に触れながら、寧人は鋭い声を発する。
「
直後、陰陽寶珠から放たれた閃光に、寧人の全身は包まれる。
すぐに閃光は消え去り、光の中から寧人は姿を現すのだが、その姿は変わり果てていた。
寧人はジャンプスーツやライダースーツなどと呼ばれる、ツナギ状のコスチュームを着ていた。
頭にはフルフェイスのヘルメットのような物を被り、顔の部分は、太極図のような仮面で隠されている。
臍の部分の陰陽寶珠からは、腰を一回りするベルトが伸びていて、ベルトには小さな瓢箪型のカプセルのような物が、幾つもぶら下がっている。
肩や肘、胸や膝、脚の脛や足先など、身体の各所には、プロテクター風のパーツがある。
コスチュームだけでなく、装着する全ての物が、白と黒で色分けされていて、他の色は使われていない。
身体の各所に太極図が印されていて、太極図は全て、陰陽寶珠と黒いラインでつながるデザインになっている。
(良かった、
變身とは、中国語で変身を意味する言葉であり、寧人は変身に成功したことに、安堵したのだ。
変身するのは久しぶりであり、失敗する可能性もあったので、寧人は安堵したのである。
武仙とは、武術と仙術を操り、戦う者を意味する。
変身した寧人のように、仮面で顔を隠す武仙は、假面武仙という。
「寧人先輩?」
突如、スーパーヒーローの如き姿に変身した寧人を目にして、近くにいた清音が、驚きの声を上げる。
無論、近くにいた者達は皆、寧人の変身を目にして、驚いていた。
「い……インヤンマスク?」
ウェイトレスを後ろに乗せ、自転車で走り出そうとしていたマスターが、寧人の姿を見て、発した言葉だ。
マスターの言葉通り、寧人の姿はインヤンマスクと、殆ど同じだったのだ。
マスターの問いかけに答えている時間など、寧人にはない。
落下してくるドラゴンと、ミサイルの破片群に、対処しなければならないので。
(
寧人が心の中で「寶貝列表」と唱えると、視界に「寶貝列表」の文字が現れる。
あたかも、VRゲームをプレイ中、ゴーグルに表示される、情報のように。
寶貝とは、超常的な力を持つ、様々な仙術の道具を意味する言葉で、列表はリストを意味する。
つまり、寶貝列表とは、寶貝のリスト……一覧表のことだ。
寶貝列表には一つだけ、寶貝の名が記されている。
寧人が使える寶貝は一つだけなので、一つしか名は表示されないのである。
「
表示された寶貝の名を、寧人は口にする。
すると、ベルトの右側に装着された、カプセルの一つの蓋が開き、中から小さい何かが飛び出してくる。
その小さい何かは、一瞬で一メートル数十センチ程の長さの、黒い木製の棒となった。
寧人は棒の端を右手に持つと、もう一方の先端を、百メートル程の高さまで落下して来ている、ドラゴンに向ける。
「
寧人が鋭い声を発すると、寧人達とドラゴンの間、五十メートル程の高さの辺りに、開かれた状態の巨大な傘が、一瞬で姿を現す。
直径百メートル以上はあるだろうか、木製の骨組みに白い油紙が貼られた、遠い昔に使われていた感じの傘が。
幻であるかのように半透明であり、傘の向こう側には、落下して来るドラゴンの姿が視認できる。
落下して来たドラゴンと、ミサイルの破片群は、すぐに傘に衝突し、空に凄まじい激突音を響かせるが、傘を破ることはできず、空中で停止した状態になってしまう。
ドラゴンなどが傘に受け止められた光景を見上げていた、その場にいた者達は、茫然とした表情を浮かべる。
寧人が変身しただけでも、皆は相当に驚いていた。
その上、自分達を死に至らせるだろう、落下して来ていたドラゴンとミサイルの破片群を、巨大な傘が受け止めるという、常軌を逸した光景を目にしてしまったのだ。
頭が混乱してしまい、茫然としてしまうのも無理はない。
この傘こそが、寧人が使用した寶貝……屏障仙傘。
屏障とは、防壁を意味する中国語であり、仙傘とは仙人が使う傘を意味する。
つまり、屏障仙傘というのは、仙人が身を守る為の防壁として使う為の、傘の寶貝なのだ。
傘の部分は普段は消えていて、使用者が「開」と命令すると、杖のように見える棒の先端を向けた方向に、バリヤーの如き傘が出現するのである。