―――査問会三日前 ラフストン王国 郊外――
「――賊はこれで全部? まったくずいぶんと手こずらせてくれましたね。大事な娘たちが待っているというのに」
地面に転がる男たちは、ラフストン王国の王妃、アリシア・フォン・ラフストンの一行を襲撃した盗賊たちだった。
だが、ただの盗賊ではないことは、周囲に血まみれで倒れている精鋭の護衛たちを見れば一目瞭然だ。
並の盗賊相手に遅れを取るはずのない彼らが、ここまで疲弊し、傷ついている。相手が相当な手練れであった証拠だった。
無論、雑兵のような弱い盗賊も多かった。だが、その中に巧妙に潜んだ数人が、毒を塗った短剣を隠し持ち、何人もの護衛がその毒牙に倒れた。
命を狙われたアリシア本人は、魔法による身体強化を施し、剣術だけで襲撃者達を退けていた。
「よく、訓練された盗賊ですね。まず馬車の御者を狙い、次に馬を襲う。そして私の動きを封じた上で客車を槍で滅多刺し……用意していた影武者の馬車には見向きもしませんか。私でなければ死んでいましたね。これは……私の帰国情報がどこかから漏れていたと考えるべきですね」
アリシアは剣先についた血を地面に軽く払った。
すでに本国で起きた戦争・事件の詳細は近衛騎士団、団長のレオンが遣わした伝令から知らされていた。
暴姫ユリアナ率いる軍勢に侵攻され、防戦一方の状況では伝令を出すことすら難しかったのだという。
「相手が悪かったとしか言いようがありませんね。まさか、たった数日でここまで被害が出ているとは……。あの暴姫の軍相手に、生半可な戦術では太刀打ちできないのは分かっていましたが」
アリシアがそう呟いた刹那、背後から軽い足音が近づいてきた。
現れたのは、青い髪を肩で切りそろえた小柄な少女――彼女の専属メイド兼護衛のサラサだった。幼い外見に反し、年齢はアリシアより上である。
「いやいや、シアちゃんと戦う相手の方が可哀想だって。シアちゃん敵対者には容赦ないもんね〜」
「サラサ。そちらは何か吐きましたか?」
「ぜーんぜん。ちょっと目を離した隙に自害されちゃったー。よーく教育されてるよ。この連中」
サラサは足元に転がる盗賊の頭を、つま先で軽く転がした。
「そうですか、それは残念です」
アリシアは倒れた盗賊のひとりに近づき、その顔をじっと見下ろす。血の気が引き、骸と化した顔。だが、目元に刻まれた紋様にアリシアの表情が険しくなる。
「……この印。やはり、ユリアナの軍勢に連なる者ですね」
「王妃様、それは……?」
近くで、肩の傷を押さえていた部下の一人が顔を上げる。
「《黒薔薇の紋》……暴姫の私兵部隊に刻まれる印だよー。つまり、今回の襲撃は――」
「――暴姫ユリアナの差し金、ということです」
アリシアの声が、冷ややかに夜気を切り裂いた。
剣の柄を握る手に、力がこもる。
「……帝国での外交の際も感じていましたが、彼女は私を消すつもりでした。帰国する私を狙ったのは、ただの偶然ではないでしょう。本来は戦時中にミルネシア以外の王族を始末するつもりだった……。けどそれができなかった今、別の方法をとるしかなかった。私の帰国ルートを知る者は限られている。なのにこれだけの迎撃を受けたということは――」
「本国内に、裏切り者がいるってことだよねー」
無言で頷く部下たち。彼らも、同じ考えに行き着いていた。
「ええ。そして、その人物は私の到着を遅らせようとしている。襲撃が失敗する事は織り込み済みで馬車を執拗に狙い、破壊した。私たちの到着を遅らせたい何かが向こうにはあるのでしょう。そうまでして得たい『時間』とは、一体……?」
言葉を飲み込んだ瞬間、風に混じる異臭が鼻をついた。
腐臭――否。血の匂いに引き寄せられた魔獣の気配だ。
周囲からガサゴソと何やら物音がし、唸り声も聞こえてくる。どうやら血の匂いに釣られてタチの悪い魔獣達が集まってきてしまったらしい。
死んだ男達は全員強烈な匂いを放つ巾着を持たされていた。直前で使用し、匂いを発生させるもので発明者は帝国の技術者だ。
先の戦闘で、多くの護衛たちにもその特有の匂いが移ってしまっている。
これも魔獣達が引き寄せられている要因であろう。
「……王妃様。このままでは王国に向かうことすら……」
「いいえ、行きます。例え何度命を狙われようとも、真実を届けなければ、必ずこの国は彼女によって潰される」
伝令にはある事実を伝え、先に戻らせたがこの様子では途中で殺されている可能性が高い。
「本当に奇跡だったよね、シア。伝令の到着のタイミングといい、あの子を見つけたことも」
「ええ、町民の話を聞いてピンときたのよ。まさかここに居るとは思わなかったけど、話を聞いてみたらビンゴね。やっぱり資料は書き換えられてたわ」
「確か長期視察に行くギリギリのタイミングに入宮してたよね。よく覚えてたね?」
「一度見た人間のことは大抵覚えているわ。サラサの物忘れが酷いだけじゃないかしら?」
「さいてーい。だーれがおばさんですか」
軽口を言い合う二人。このような仲になるのには時間が掛かった。ある意味大人になったともいえる。
「シア。ライラちゃんのことは許せそう? 今回の襲撃の手引きをしたのは間違いなくあの子だよ」
「……そうね。難しい質問になるわ。伝令によると娘がなんとかしようと必死に頑張ってるみたいだけど……私もライラのことは自分の娘のように思ってるし、助けてあげたい……だけど、状況によっては切り捨てる可能性もある。とだけ言っておこうかしら」
「ふーん。つまりライラちゃんが持っている情報の有用性次第?」
「ええ、あまり良い情報を持っていないようなら国のために処刑する必要があるわ。それだけの事をあの子はした」
アリシアの声には、揺るがぬ決意があった。
「娘の事だから査問会に呼ぶ市民も彼女と縁のある人を優先して入れようとすると思うのだけれど、それだけではダメなのよね。きっと不安が爆発するわ。むしろ、やり方次第では市民の味方がいなくなるかもしれない」
「いたよね〜。そういう情報操作が得意そうだったやつ。あの小デブちゃん元気にしてるかなー。あ! シア、また眉間にシワがよってるよー。そんなんだからシアの方が年上って言われちゃうんだよ」
「あなたが変わらなすぎるのよ。この大人子供!」
「あははっ、シアの方こそじゃんかー!!」
アリシアが剣を構え、サラサが背中を預けるように並んだ。護衛たちも立ち上がり、負傷者は中央に、それを囲むようにして一行は陣形を組んだ。
荒野の奥で、赤く光る眼が次々と姿を現す。
「来るわ」
「ヤバそうな人はこっちに来てもいいよ。守ってあげるから」
魔獣たちの目に映るのは武器を持った人間ではなく、美味しそうな獲物だった。
夜風が吹き抜ける荒野の中、血の匂いが冷たく漂う。
「少し、飛ばしていくわよ。サラサ、ついてきなさい」
「あいよ、アリシア!」
次の瞬間、夜闇を引き裂き、魔獣たちが牙を剥いて襲いかかってくるのだった――。