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第12話 嵌められたのは……

「なんのおつもりですか、グラウド卿? これが茶番? あなたは私とライラが血の誓約をしたのを見て、納得したのではなかったのですか?」


 怒りを隠さず、詰め寄るミルネシアにモーランは張り付けたような笑みを浮かべた。


「ははっ、ボクは元より納得などしていませんよ。と言っただけで。血の誓約魔法は当日なら無条件破棄することが可能ですからな。まだお若い二人に今後一生、契約させているのは心苦しいこと。。先の発言でボクはお二人の覚悟を確認させて頂いた。今度はそれが茶番ではないと証明していただきたいんですよ。そうしましたら、ボクは喜んで誓約魔法の解除を認めましょう」


 ライラは震える拳を握りしめ、息を整えた。ミルネシアは険しい表情を浮かべながら、モーランを鋭く睨みつける。


「証明……ですって?」


 ミルネシアの声は低く、それでいて威厳に満ちていた。


 彼女は王国の王女であり、最強の魔法使いだ。


 本気で怒ったミルネシアを止められるものはほとんどいない。


 それほどの人物を前にしても、澄ました顔でいられるモーランは本物だった。脇の下に冷や汗をかきながらも、それをおくびにも出すことはない。


「簡単なことです。こちらには証人がいるのですから。今からボクがする質問にライラ殿が正直に答えれば、何も問題ありません。やましいことはないのでしょう?」

「つまりライラが裏切っているとまだ疑っているのね。いいわ、ここではっきりさせましょう。ライラもそれで大丈夫?」


「うん。私は大丈夫……ごめんね、ミル」


「いいのよ。あなたが本当に反省してるってことは私が一番わかっているから」


「お熱いですなぁ」


 抱き合う二人に茶々を入れるモーラン。しかし、その目は笑っていなかった。鋭い眼光が光り、静かな緊張が走る。


「では始めましょうか。証人にも入ってきてもらいましょう。君」


「「シャーリー!?」」


 ライラとミルネシア。二人の声が重なる。


「……はい。グラウド様」


 法廷の扉が開き、ゆっくりと中へと進んできたのは――査問会が始まるまで、ライラの身の回りのお世話をしていたメイドの一人、シャーリーだった。


◇◇◇


殿勤務のメイドであった貴方が何故ここに?」 


「シャーリーちゃん、どうして?」


 二人が驚きの声を上げる中、シャーリーは無表情のまま一礼し、静かに口を開いた。


「申し訳ございません、ライラ様、ミルネシア様。私は……最初からグラウド様の指示で、ライラ様を監視しておりました」


「なっ……!?」


 ミルネシアは唇を噛みしめる。ライラは信じられないという顔でシャーリーを見つめていた。


「裏切り者、というわけではありませんよ。彼女は王国の忠実なしもべです。ボクが頼んだのは、ただ『毎日の報告』をするだけ。ライラ殿が王国に戻られたその日からね。小耳に挟んだのですよ。お金に困っている貴族の娘がいると。その援助を約束し、王国に帰ってきた本当の裏切り者の監視をお願いしました。彼女は本当に困っていましたからね。喜んで快諾してくれました。あとは上層部に少し口利きすれば立派な監視員の出来上がりです」


「……じゃあ、あなたは……最初から私のことを?」


 ライラの声が震えていた。シャーリーは一瞬だけ視線を落としたが、すぐに顔を上げる。


「はい。私はライラ様の行動を逐一報告しておりました。しかし、グラウド様は『決定的な裏切り』を求めておられました。なので私は……何もお伝えすることはありませんでした。ライラ様は何一つ、王国を裏切るような行動をされなかったからです」


「……!」


 ライラの瞳に涙が溜まる。しかし、モーラン――グラウド卿は皮肉げに笑った。


「ですが、この間の報告は愉快でしたよ。シャーリー」


 流れが、変わった。


「この間? いつの話? 私は何もしていないよ。そうだよね、シャーリー!」


 潤んだ瞳で訴えかけるライラのことは一切見ずに、シャーリーは『報告』をする。


「ライラ様がうなされている際、看病している時に聞いてしまったんです」


「ふふっ、何をだい? シャーリー君」


 モーランに続きを促され、シャーリーはゆっくりと自分が見聞きしたことを話す。


「はい、ライラ様は寝言で言っておりました。帝国が恋しい。ユリアナ様に会いたいと」


「なっ!?」


「何を出鱈目なことを! シャーリー!! 嘘言わないでよ!」


 衝撃的な発言に驚く、ミルネシアとライラ。


 身に覚えがない言動に、ライラは力強く否定する。


「これはこれは。問題発言ですなーライラ殿。それとここにもう一つ決定的な証拠があります。これはつい先程、部屋の掃除をしていたシャーリー君がライラ殿の寝室で見つけたものです」


 彼は懐から一枚の紙を取り出し、高らかに掲げた。


 それは一通の手紙だった。王国の軍事機密が詳細に書かれ、差出人は「L」。日付はつい最近。受取人は帝国の将軍――。


「ライラ殿。この手紙に心当たりは?」


「そんな……そんな手紙知らない……私じゃない!」


 ライラは首を振る。しかし、モーランは冷たく告げた。


「筆跡鑑定も終わっています。間違いなくあなたの字です。さて、これでも『裏切りではない』と?」


 ミルネシアはライラをかばうように前に立った。


「待ちなさい。その手紙、本物なんですか? 筆跡を完璧に偽造できる魔法があることは、あなたもご存知でしょう?」


「もちろん。ですが、封印魔法の痕跡もあります。ライラ殿の魔力によるものです」


 ミルネシアの顔色が変わる。封印魔法は、その者の魔力に固有の“印”を残す。それは偽造できないはずだった。


「嘘……そんなはずない……!」


「さあ、ライラ殿。この場であなたの言葉を信じてもらうには――」


 モーランの笑みがさらに深くなる。


「――血の誓約で、真実を示していただきましょう」


 その瞬間、法廷全体がどよめいた。


 血の誓約――それは、嘘をつけば命をもって代償を支払わなければならない、究極の契約魔法。


「ライラ殿。あなたは今でも王国を裏切っていますか? それとも心の底から王国を愛し、忠誠を誓っていますか?」


 その答えは決まっている。


「私は、私は裏切ってなんかいません!! 信じてください。私は王国をいます」


「…………残念です。選択肢は与えていたのに」


「え? うぐっ、がっ――」


 次の瞬間、ライラの口からゴボッと血が噴き出し、そのまま力なく地面に崩れ落ちた。


 悲鳴が上がった。それは聴衆の誰かから上がったものだ。


「上階にいる市民の皆様には、衛兵の指示に従い、速やかに退廷を願います!」


 裁判長の命令で我に返った兵士達が慌てて、市民の退廷を促す。場は酷く混乱していた。


「ライラ!! ライラ、ライラ!!」


 駆け寄ってくるミルに、ライラは声を出すことができなかった。舌が上手く動かず、呂律が回らない。


 これは魔法の効果ではない。毒だ。しかし、他の者から見れば血の誓約が発動したように映るだろう。


(いつ、どこで……毒を盛られた?)


 誓約魔法に違反していないと分かるのは、契約者のみ。つまり、ミルネシアと、毒に苦しむライラ本人だけだ。


 そのとき、ミルネシアとの誓約が断たれる感覚がした。それは、死が目前に迫っていることを意味していた。


(ああ、私、死んじゃうんだ。ごめんね、ミル。約束、守れなくて………………)


 次第に、自分の名を呼ぶミルの声が遠のき、視界がゆっくりと暗闇に沈んでいった。

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