「「「…………」」」
静寂が法廷を包む中、重い沈黙が流れていた。
やがて、その静寂を破るように、低く響く声が上がる。
「儂も、王女殿下の意見に賛同させてもらおう」
そう言って挙手したのは、幼少期から二人を見守ってきた将軍、ハディオットだった。
王女と王国に長年仕える将軍がライラを支持したことで、民衆をはじめ、他の貴族たちからも徐々に賛同の手が挙がり始める。
「私もライラちゃんを信じたいね。正直、もう二度と裏切らなければいいんだよ。今の王国は人材不足だ。聡明な彼女をここで失うのは惜しい」
そう言ったのは高位貴族であり、かつてライラの家庭教師を務めた人物だった。
「私も」
「私もだ」
次々と手が挙がる。
だが、これは茶番だった。
ミルネシアによる根回しはすでに済んでおり、宰相派の者たちを除けば、法廷にいる者たちはほとんど彼女の意向を汲んでいた。それを知らないのは当事者であるライラだけ。彼女に演技は向いていないと分かっているからこそ伝えていない。
裁判長もまた王女派であり、この裁判はライラが有利になるよう仕組まれていた。さらに、傍聴席の民衆も、ライラに縁がある者たちを優先的に入れるよう兵士たちに指示が出ている。
現在王国は大きく分けて三つの派閥がある。一つはミルネシア王女とアリシア妃を擁立する王家派、もう一つは彼らに良い印象を持っていない勢力をまとめた宰相派、最後にそのどちらにも属さない中立派だ。
先の発言者の中ではハディオス将軍はミルネシア寄りの派閥であり、アルゲイツは宰相側の派閥である。
「ほう……」
裁判が本格的に進行する中、ミルネシアに諌められてから、ずっと退屈そうにしていた宰相モーラン・グラウドが、興味深げに双眸を細めた。
その視線の先には、ミルネシア王女の姿があった。
彼女は静かに椅子を降りると、ライラの隣へと歩み寄り、その横に立ったのだ。
その姿に、宮廷内の何人かは動揺を隠せない様子を見せた。
一部の者たちを除けば、あくまで「ライラを処刑にはせず、彼女が王国の利益となることを説き。減刑する」――それがこの裁判の流れとなるはずだった。
だが、ミルネシアの行動は、それ以上の何かを意味していた。
そんな中でもハディオットをはじめとする一部の者たちは冷静だった。
(やってくれますねぇ、王女様。お母上の血を色濃く継いでいらっしゃる……これは簡単にはいきませぬなぁ)
モーランは内心で舌を巻いた。
ミルネシアの母、アリシア妃はかつて「賢王の盾」と呼ばれたほどの才覚を持つ女性だった。政治手腕はもちろん、人心掌握に長け、王と共に王国を安定へと導いた人物。
その娘であるミルネシアもまた、単なる王族の少女ではなかったのだ。
アリシア妃は魔法使いとしても一流で、世界でもトップクラスの実力を持っていた。ミルネシアの魔法使いとしての才覚は母譲りなのである。
反対に宰相は、ほとんど何も持っていない。恵まれた容姿でもなければ、魔法の才もない。人より優れている点といえば、金に汚く、貪欲であることだけだ。
それでも彼が宰相の座に就いているのは、商人時代に培われた、人の欲や才を見抜く慧眼を持っているからである。
ミルネシアはライラの隣に立ち、その肩にそっと手を置くと、法廷を見渡しながらゆっくりと言葉を紡いだ。
「皆さま、今ここで私がこうしているのは、単なる情ではありません」
堂々たる声が、静まり返った法廷に響く。
「私は、この裁判の結論を決めるつもりはありません。ですが、一つだけ皆さまに問いたいことがあります」
ミルネシアは、傍聴席にいる民衆を見つめながら、続ける。
「彼女を罪人として処刑することは簡単です。ですが、それは本当に、王国にとって最善の選択なのでしょうか?」
その言葉に、ざわめきが広がった。
「ライラ・ルンド・クヴィストは、確かに王国を裏切りました。それは紛れもない事実です。しかし、彼女は今、自らの行いを悔い、償う意志を持っています。私は、その意志を信じたい」
ミルネシアの目は真剣そのものだった。
「皆さまが、私の言葉を信じてくださるなら――どうか、彼女にもう一度、王国に尽くす機会を与えてはいただけませんか?」
法廷内に、再び静寂が訪れる。
その時だった。
「……面白い」
モーランが低く笑った。
「さすがは王女殿下。見事な弁舌ですな」
彼は椅子にもたれかかりながら、目を細める。
「では、王女殿下。ひとつ伺いましょう」
モーランの不気味な声が、場内に響いた。
「仮に、ライラ・ルンド・クヴィスト殿に恩赦を与えたとしましょう。ですが、その結果として、彼女が再び王国を裏切った場合――」
彼は不敵な笑みを浮かべながら、ミルネシアを見つめる。
「その時の責任は、一体誰が取るのですか?」
その問いに、場の空気が凍りついた。