「ライラ・ルンド・クヴィスト殿。本日、この場において貴殿が犯した罪について、真実を明らかにし、裁きを下す。貴殿は王国の信頼を裏切り、敵対する帝国側に与した。これについて、何か弁解はあるか?」
裁判長が開廷を宣言すると、民衆は緊張の面持ちで喉を鳴らし、一斉に被告人に視線を向けた。名を呼ばれた彼女は立ち上がり、深々と頭を下げ、毅然とした態度で応じる。
「いいえ、裁判長。弁解はありません。私はユリアナに与し、結果として王国に多大な損害を与えました。陛下や王太子殿下、専属メイドのリルさん。そして多くの国民の皆様へ……深くお詫び申し上げます」
彼女の静かな言葉には、重い決意が込められていた。
「よろしい。では査問に移ろう」
そう言った裁判長だったが、その直後、一人の貴族が手を挙げる。
「その前に一つよろしいですか? 裁判長」
発言を求めたのは円卓の端に座る青年だった。
「何かね? アルゲイツ君」
「裁判長に、少し確認したい事がございまして」
彼は四大公爵家の一つ、シュピンダー家の次期当主であり、幼少期から王家や他の公爵家と交流のある家柄である。
貴族の位は発言権に直結し、裁判長とて彼を無視することはできない。
「発言を認めよう。何を聞きたいのかね?」
「最高刑は処刑となっていますが、特別な人物の場合は処刑とは違う対応がなされますよね? その場合、
「……それは奴隷制度の事を言っているのかね?」
裁判長は眉をひそめ、怒気を含んだ声で問い返した。それに対し、発言者であるアルゲイツも「ええ」と涼しげに返した。
両者の間に緊張が走る。沈黙が場を包む中、王族として最も発言権を持つミルネシアへと自然と視線が集まった。
「二人ともやめなさい、ここには私達だけでなく民衆も見ているのですよ。特に――」
「はっはっは! 下衆な質問だねー、アルゲイツ君。でもボクは嫌いじゃないよ。そういう所。ライラ君の噂は色々と聞いてたけど、こんなに可愛い子だとは思わなかったよ。ボクもその勝負に参加できたりするかな?」
場違いな笑い声に、その場にいた全員の注目を集める。その男こそ、宰相モーラン・グラウドであった。
(っ、しまった!)
同時にやられたとミルネシアは悟った。場の中心が王族である自分から宰相へと移ったからだ。
「モーラン殿。発言を許可してない者は会話に入らない事。それとアルゲイツ君もこの場では不謹慎な発言は慎みなさい」
「おっと失敬。裁判長も大変だね。なんだったら私が代わろうか? ははっ、冗談だよ。アルゲイツ君もすまないね」
「いえいえ。私も申し訳ありませんでした裁判長。場をお返しします」
――この二人は組んでいる。ミルネシアはそう確信し、内心で舌打ちした。モーラン・グラウドはただの茶化し屋ではない。この場で王族である自分の発言権を削ぎ、主導権を握るために動いている。アルゲイツの不用意な発言を利用し、巧妙に場の空気を変えてみせたのだ。
アルゲイツという男は、ライラが成人する前から何度も縁談の話をクヴィスト家に持ち込んでおり、その内容を要約すると「ライラを嫁にもらってやってもいい」というものだった。あまりにしつこすぎるのとライラが嫌がったので、王家から接近禁止のお達しを受け取る事になり、落ち着きをみせたがライラを妻にすることを諦めてはいなかったようだ。
彼女が罪人となった今は、妻ではなく、
(このままではまずい)
ミルネシアは一瞬で思考を巡らせる。ここでモーランのペースに乗せられれば、すべてが彼の思うがままになってしまう。王族である自分が軽んじられれば、母を含め後々の政治的立場にも影響が出るだろう。
ならば、どうするか。
「宰相モーラン・グラウド殿。あなたの軽口は、時に場を和ませますが……」
ミルネシアは静かに、しかし威厳を持った声で言葉を紡ぐ。
「今は、そのような冗談を口にする場ではないと、私は思いますが?」
一瞬、空気が凍った。
モーランの笑顔が、ほんのわずかに固まる。しかしすぐに彼は肩をすくめて見せた。
「これは失礼。久しぶりの大きな裁判につい楽しくなってしまってね。ミルネシア様の仰る通りだ。国民の皆様にも申し訳ない。先程の発言は撤回し、おとなしくさせてもらおう」
「そうしていただけると助かります。……さて、話を戻しましょう。裁判長!」
ミルネシアは視線を戻し、改めて場の主導権を握るべく、言葉を続ける。
(まだ終わっていない。モーラン、お前の思い通りにはさせない)
静かな対立の火花は、なおも燃え続けていた。
「こほん。少し話が外れてしまったが、議題に戻ろう。被告人へ問う。貴殿は何故王国を売り、ユリアナに協力したのか?」
「はい、裁判長。それは……」
ライラは一瞬息を詰まらせたが、すぐに口を開いた。
「私は、私は愚かでした。ユリアナの掲げる理想に惑わされ、彼女こそが真に王国を救う存在だと思い込んでしまったのです。だから彼女の夢を叶えるために行動しました。しかし、それが間違いだったことに気付くのが遅すぎました……」
少女の声は震えていたが、目はまっすぐ前を向いていた。
「彼女の夢、とは何かな?」
「すべての土地を自分が支配し、管理する事です。そうすればいざこざは起きないと……また私にこの地の管理を任せるとの言葉も頂いていたからです」
「それで王国を彼の地に献上すべく動いたという事か?」
「はい。裁判長の仰るとおりです」
ライラの言葉に、傍聴席の民衆の間からどよめきが広がった。
王国を裏切った理由が、そんな理想論だったとは――。
裁判長はしばし目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「つまり、ユリアナの掲げる理想に賛同し、王国を売り渡す選択をした、というわけか」
「……はい」
ライラは視線を落とし、静かに頷いた。
「愚かなことをしたとは、思わぬのか?」
「思っています。ですが、当時の私は本気で正しいと信じていました」
「では、今はどうだ?」
「今は……間違いだったと、はっきり理解しています」
彼女の声には後悔の色がにじんでいたが、迷いはなかった。
「ほんとうに、ごめんなさい。一生をかけて罪を償う覚悟です」
その様子を見つめながら、ミルネシアは内心で唇を噛む。
(……ライラ。貴女の罪は決して軽くはない。だけど……)
裁判長は重々しく頷くと、再び言葉を発した。
「この中で、彼女の言葉を信じる者は手を挙げてほしい。この場にいる民衆の意見も聞きたい」
静寂が満ちる中、真っ先に手を挙げ、発言したのは王女ミルネシアだった。
「裁判長。私は、何があろうと彼女を信じます」
その言葉には、揺るぎない決意が込められていた。
「これは幼馴染として、親友としてだけの気持ちではありません。今の彼女を見て、王族として判断した結果です。だから皆さん――どうか、彼女と私を信じてください!!」
堂々とした声が、法廷に響き渡った。