「姫様! 姫様、よくご無事で……貴様はッ!!」
扉を蹴破り、中へ突入した騎士レオン・アルバートは、まずこの場で起きた惨劇を目の当たりにし、一瞬眉をひそめた。だが、すぐに自らの任務を思い出し、第一王女であるミルネシアと手を繋いでいる一人の
レオンが本気で動けば、ライラは一瞬で斬り捨てられるだろう。彼女とて、多少は護身術を学んでいるがその程度だ。本物の騎士、それも王国最強の騎士相手となれば、その多少の護身術など意味をなさない。
「待って!」
「姫様!?」
「ミル?」
ミルネシアの声が響く。彼女は即座にライラの前に立ち、両手を広げて盾のようにその身を守った。
姫の予想外の行動にレオンの足が止まる。
「ライラはもう大丈夫なの! 彼女は改心したわ! その証拠に、ユリアナを拒み、私を選んでくれた。だからレオン、剣を収めなさい!」
その言葉にレオンは眉をしかめた。
(ミル……レオン様が私の事を目の敵にするのは当然だよね。私はそれだけの事をしでかしたんだから)
俯くライラを尻目に、ミルネシアは真っ直ぐとした瞳を彼に向けていた。
「姫様……しかし、彼女がユリアナに手を貸していたのは事実。いくら姫様の言葉であっても、私には納得できません! 彼女が裏切らなければ、貴女のお父上や兄上が亡くなるような事も……私の大切な妹であり、姫の専属メイドであるリルも亡くなるようなことは――」
彼が全てを言い終える前に、ミルネシアが少し背伸びして彼の両肩を掴む。
「貴方の言いたい事はよく分かるわ。私だってまだ心の整理がついてない。あの時ライラが裏切らなければ……って考えてしまう。でも、私は今のライラを信じたいの。それに裁くのは私たちの役目じゃない、国民よ。結局私たちが許しても国民が納得しなかったら意味がないもの。だからレオン、貴方は、ただ私の信じる道を見守っていてほしい」
ミルの瞳は揺らぐことのない決意に満ちていた。レオンはその目を見つめ、しばし沈黙した。彼にとって、忠義を誓う主君の言葉は絶対であり、その信念を否定することはできない。
やがて、レオンは深く息を吐き出し、剣を鞘に戻した。
「……姫様がそうおっしゃるなら、私はそれに従います。しかし、ライラ殿。私は貴女の事を許すつもりは決してありません。それをゆめゆめ忘れないでください」
鋭い目つきでライラを牽制し、ミルネシアの方へ向き直る。
「もちろんですレオン様。私はこれから、罪を償いながら生きていく覚悟です」
ライラはレオンの真摯な言葉に応え、深く頭を下げた。
「…………ミルネシア様。人を呼んで参ります。帝国との戦争は一時停戦です。死んでいった兵士達や妹、陛下らを弔ってやらねばなりません」
「ええ、よろしくお願いします。郊外にいるお母様にも連絡を。頼りにしていますよ、レオン」
「御意に」
踵を返し、レオンは室内を後にする。
「ライラ……」
二人は今、ユリアナが出て行った時と同じ状況にあった。
「ミル……ありがとう」
二人は互いに見つめ合い、そして優しく抱き合った。
そしてミルネシアが小さく囁いた。
「……ライラ、命令よ」
「……なに? ミル」
「私が良いって言うまで、絶対に私の顔を見ないでね」
「……うん、分かった。絶対見ない」
それがどういう意味なのか、幼馴染のライラにはすぐ分かった。ライラもすぐに彼女の首元へ顔をうずめる。
(良い匂い。懐かしいなぁ、ミルの匂いだ)
気持ちの良い沈黙が二人の間を流れる。ミルネシアがライラの背中に手を回し、彼女もそれに応える。お互いの体温が混ざりあい、鼓動が速くなっていくのを感じる。
「――おかえりなさい、ライラ」
「――ただいま、ミル」
その時間は二人にとって、とても心地よいものであった。
◇◆◇◆◇
部屋の緊張が緩む中、ミルはライラの肩を叩き、そっと微笑んだ。
「さあ、これからが本番よ。貴女は自分の行いと向き合わなければならない。でも、幼馴染の大親友であり世界最強の魔導姫たる私がついているわ。だから安心しなさい」
「ミルに、そんなカッコよく言われると途端に信憑性なくなるな〜」
「あら? じゃあ今すぐ処刑されたいの?」
「それは勘弁してっ!」
「ふふっ。じゃあ今は反省して、大人しくしていなさい」
「はーい」
ライラはその言葉に救われるように微笑み返し、小さく頷いた。
「……ありがとう、ミル。私、頑張るよ」
そこへ、王城の兵士たちが部屋に入り、状況を確認し始めた。暴姫ユリアナの行方を追うべく準備を始める者、室内の被害状況を記録する者。それぞれが忙しなく動き始める。
ライラを拘束しようと近付く者もいたが、ミルネシアが彼らを手で制した事で、多くの兵士達が王女の行動に従った。
何も言わずとも、ミルネシアはライラの罪を許すことを態度で示していたからだ。
だが、兵士たちの中には、大貴族でありながら国を裏切ったライラをどうしても許せない者もいた。彼らはミルネシアの命令に逆らってでも彼女を拘束すべきだと声を荒らげていた。
その緊迫した場面に、一人の中年の男が静かに割って入る。彼はライラとミルネシア、二人を幼い頃からよく知る顔なじみであり、日焼けした顔に刻まれた深い皺をゆるませながら、落ち着いた様子で恭しく頭を下げた。
「兵士諸君、我々は国を守る者だ。それゆえ、王族に対して疑念を抱くことなど断じてあってはならない。笑止千万! ミルネシア王女殿下のご判断に異を唱えるなど、不敬の極みである! そして何より――レオンが剣を収めたことこそが答えだと、なぜ理解できぬのか」
その堂々とした言葉に、兵士たちはハッと息を飲む。この男は、この国の将軍ハディオット・ベルハルト。幼い頃の二人の関係を知るだけでなく、その人柄で兵士たちの信頼を集める人物だった。
(ハディオットさん……助けてくれるの……?)
驚きに目を見開くライラをよそに、ハディオットは毅然とした態度で兵士たちを一喝し、場の混乱を鎮めていく。
「ライラ、少し外へ出ましょう。このままここにいると、きっと気が滅入ってしまうわ」
彼の眼差しに促され、ライラとミルネシアは目を合わせる。彼の言葉を信じ、この場を彼に任せることを決めた。
「……ん、分かった。私、ここにいると邪魔だよね」
ミルネシアがそっとライラの腕を引き、二人はその場を後にする。
後方で、兵士たちのざわめきが少しずつ収まっていくのが聞こえた。
城の庭園に出た二人は、夜空を見上げながらしばらく無言で歩いた。庭には花々が咲き誇り、静かな風が二人の間を通り抜けていく。
「ミル、私……これからどうすればいいのかな」
ライラがぽつりと呟く。
「それは貴女が決めることよ。でも、一つだけ覚えていて。私はいつでも貴女のそばにいる。どんな道を選ぼうと貴女が立ち直る手助けをするわ」
その言葉にライラの目が潤む。彼女はミルの手を強く握り締め、涙をこぼしながらも微笑んだ。
「本当にありがとう、ミル。私、もう一度やり直してみる。今度こそ自分の弱さに負けないで生きてみせる」
その言葉と共に、ライラの手元で彼女にはめられた指輪が一瞬だけ奇妙な輝きを放った。
金色の装飾がまるで内側から何かが蠢くように、不気味な光を帯びて揺らめく。それは単なる反射や光の加減とは思えない、不自然でどこか冷たさを感じさせる輝きだった。
その輝きに彼女達が気付くことはなかった。
二人はしばらくその場に立ち尽くし、互いの存在を確かめ合うように寄り添った。
静かな夜風が、二人の新たな旅立ちを祝福するかのように吹き抜けていった。