「私はラフストン王国、四大公爵家の一人、クヴィスト家、当主代理のライラ・ルンド・クヴィスト。ミルネシアの……ミルの大親友だ!」
暴姫ユリアナは、姉が亡くなり、心身共に疲弊していた頃に入り込んできた卑怯者。そんな奴に、これ以上私を好きなように使わせるわけにはいかない。
その言葉を受けて、ユリアナの目が据わった。もう私に対して本性を隠すつもりはないらしい。
「なんで私がお前の事を愛していないと分かった? 昨日までは確かに私の虜になっていただろう?」
“さっき殺されたから”だなんて、言えるはずもない。
「ただの女の勘です。それに毎晩抱かれていたら分かりますよ。あなたが本当の意味で私を愛していないってことくらい」
“夢の中で殺された”だなんて、ユリアナにもミルにも言えない。そんなことを言えば、頭がおかしくなったと思われかねない。ユリアナはともかくミルにまでそう思われるのは嫌だ。
「だったら何故今なんだ? 裏切るチャンスはもっとあっただろう」
正論だ。でも、本当の事を言っても信じてもらえないだろう。“一度死んで目覚めたら、処刑される直前に戻っていた”なんて。
「あなたに縋っていた時の私は、きっとあなたの事を信じたかったんでしょうね」
「今は違うというのか?」
「はい。虫のいい話ですが、やっぱり私は幼馴染の事を見捨てられないみたいです。二年ぶりに再会して分かりました。私は彼女の事がどうしようもなく好きなんです。でもそれを言葉にするのが恐ろしかった……彼女に拒絶されてしまうのではないかと。だからズルズルと引き摺って今になってしまった……」
「ライラ……」
ミルの瞳に、微かな光が戻ったように見えた。
「私が好きなのはもう、あなたじゃない。ミルネシア様です!」
そうして私はミルに手を伸ばし、ぎこちない笑みを浮かべた。
(あれ……昔はどうやって笑っていたんだっけ?)
「ごめんね、ミル。もう一人にはしない。一緒に生き延びよう? 罰はきちんと受けるから……」
「……ライラ、そうね。生き残りましょう、二人で。でも、情けを求めるのはなしよ。あなたは、それだけのことをしてしまったんだから。」
「分かってる。お手柔らかにね」
「ふふっ、やっぱりライラには笑顔が一番似合うわ」
「ありがとう。私、すっかり自分を見失ってたみたい」
えへへっと笑ってみせる。
ミルの言葉に救われた気がした。ようやく彼女に本当の笑顔を見せられた気がする。
ミルが私の手を取り、立ち上がるその姿は、先ほどまで絶望していた少女と同じとはとても思えない。
(そうだ……今の彼女こそ、本当のミルだ。誰よりも強くて、誰よりも優しい、私の幼馴染……どうして今まで忘れていたんだろう)
ミルは一瞬で、何重もの障壁を私の周りに張り巡らせた。暴姫ユリアナであろうと、そう簡単に破れるものではない。
「ライラには手を出させないわ」
「ミル……」
彼女の両手に、光球が生まれる。その場の空気が張り詰めた。
それはただの光球ではない。見ただけで、それが当たれば自分の存在が消し飛ぶものだと理解できた。
本能が警告している。あれは危険だと。
けれど、それと同じくらい暴姫ユリアナも危険な存在だ。
彼女もまた人外の域で戦い続ける怪物。
ミルの決意が伝わってくる。彼女は、たとえ自分が倒れてもユリアナを仕留めるつもりだ。
そんなミルの覚悟を感じ取ったユリアナは、短く笑った。
「……いいわ。もう少しだけ待ってあげる。次会う時に決着を付けましょう」
その方が面白いしねと言って、私たちに向けて後ろ手に手を振ると、ユリアナは転移石を使って玉座の間から消え去った。
後に残されたのは私とミルの二人だけ。
血に染まった室内に、不釣り合いなほど美しい金と銀の髪を持つ少女達が、呆然と身を寄せ合っていた。
「え、普通あんな簡単に退く? 私、てっきりここで死ぬまで戦うのかと思った」
「私もそう思ってたわ。暴姫があんな行動を取るなんて、何か予想外のことがあったのか、それとも単に場所と時を変えて、再び私と戦いたいだけなのか……」
二人でユリアナにしては不可解な行動を推測していると、その原因と思われる男性の声が聞こえてきた。
「陛下ー! 王子様ー! 姫様ー! ご無事ですかー!?」
「え、嘘! この展開って……!」
声の主は、この国最強の騎士であり、剣術ではユリアナにも匹敵する力を持つレオン・アルバート様だった。
(あの時はもう死んでいたから分からなかったけど、私が死んだ後すぐにレオン様が駆けつけていたんだ……)
さすがのユリアナも二対一では不利だと判断して、一旦退くことにしたらしい。
あ、私は弱すぎるので数には入れてないよ!
「レオン! 私はここよ! 私たちはここにいるわ!」
「その声は姫様!? すぐにそちらに――」
ユリアナの攻撃で歪んだ扉を、レオン様が無理やりこじ開けようと必死に叩いている。彼の焦りがこちらにも伝わってきた。
(もしかしたら、あの夢で私が死んだ後、彼は王族を守れなかったことを悔やんで自害したのかもしれない。それほどまでに彼は忠義に厚い人だったから……)
「さて、貴方の処遇はどうしましょうか?」
安全を確保したミルは、少しおどけた調子で嗜虐的な笑みを浮かべた。
「あ――お、お願いします姫さまぁー! 私を殺さないでください! ユリアナに仕えていた頃の事、なんでも喋りますからー!!」
「あらあら。今のあなた、貴族としての自覚がなかった頃の昔のあなたみたい。でもその頃の、貴族らしくない所が私は好きだったのよ」
子供の時の
「ミ、ミル……どうか、私を殺さないでください……」
そんな私を見て、ミルは優しく笑った。
「冗談よ。処刑なんてしないわ……今のように媚びを売っている限りはね」
「え、え? それってつまり私はミルに媚びを売り続けないといけないってこと?」
「ふふっ、すっかり口調まで戻っちゃって。でもそっちの方がやっぱり可愛いわね」
ミルがそっと顔を近づけて、頬に軽くキスをした。まさか……するのも、されるのも子供の頃以来だ。
「え、今……キス?」
「さあ、行くわよ。ちゃんとついてきなさい」
「う、うん、じゃなかった、はい!」
「どっちでもいいわ。ほら、手を出して」
ミルは私の手をそっと握った。その温もりが懐かしくて、私はすぐに指を絡めて握り返す。
「ああ……ミルとまた手を繋げて嬉しい!」
「私も嬉しいわ。また貴方と一緒にいれて。でも油断したら処刑しちゃうわよ?」
「ええ〜! それは嫌だよぅ!」
繋いだ手から、互いの気持ちが伝わってくる。彼女に殺されることは……多分、ないだろう。でも私は今日も彼女に媚びを売る。それが、私に課された罰だから。
――私は誓う。もう二度と、この手を離しはしないと。