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第2話 暴姫と魔姫と一人の少女

「ふっ、これでこの国はわたくしとお姉様のものですわね!」


 幼馴染の不敵な笑みに、ミルは怒りと憎しみに燃えた瞳で睨みつけた。それが今の彼女にできる唯一の抵抗だった。


 そんなミルの姿を見た瞬間、ユリアナの瞳がわずかに見開かれた。


 死の間際にあるというのに、ミルネシア王女はまるで絶望の中に咲く一輪の花のように気高く、誇らしげな美しさを放っていた。


 ライラは、このまま彼女の首が落とされると確信していたがそうはならなかった。


 暴姫ユリアナの剣が、ミルの頭上ぎりぎりでピタリと止まったのだ。


「――やはり、いい」


「お姉様!?」


「……? 殺さないの?」


「……ああ。それとライラ、お前は一つ勘違いしている」


「勘違い……ですか?」


 ゆっくりと振り向いたユリアナの獰猛な瞳はライラを捉えていた。


 その瞬間、空気が凍りついたかのように張り詰め、ライラもミルも瞬時に悟った。怪物の矛先が変わったのだと。


「私が本当に欲しかったのはお前じゃない。ミルネシアの方だ。それは叶わなかったがな。だからこの国の公爵令嬢であるお前で我慢してやろうと思っていたんだが……気が変わった。ライラ、ここは王族の死に場所と同時に、処刑場でもあるんだよ!」


「ま、待っ――」


 ライラの声が最後まで響く前に、漆黒の剣が音もなく振り下ろされた。


 何を間違えた? 誠心誠意、私はお姉様に尽くした。それなのに、なぜ――?


 その疑問がライラの思考を駆け巡る。しかしその問いに答えが与えられることはなかった。


――自分は何も分からぬまま、ここでお姉様に殺される。


 それだけは今のライラでも理解できた。




 だがそうはならなかった。



「ライラーー!!」



――ライラが目の前で殺される。その事実に気付いた私の身体は咄嗟に動いていた。もう目の前で親しい人が死ぬのを見たくなかった。ただそれだけの想いで。



「ミル!?」



 先程まで全く動けなかった筈の幼馴染が飛び出し、文字通り命を賭してライラとユリアナの間に割って入ったのだ。


「なっ――」


「あぐっ!?」


 さしものユリアナも、驚愕のあまり振り下ろした剣を止めることができず、斬撃はミルの身体を深々と裂いた。その際に力の加減が狂った為、ミルは幸か不幸か即死を免れた。


 ミルはライラを守るようにその場に崩れ落ち、血飛沫が華々しく舞い上がった。


 ライラはすぐに地に伏した彼女に駆け寄り、その華奢な身体を必死に抱え込んだ。


「ミル! ミル!!」


 幼馴染の身体に深く刻まれた縦一線の傷。その傷跡は、剣が振り下ろされた威力がどれほど絶大であったかを如実に物語っていた。


 真っ二つにならなかったのは奇跡に近いだろう。


 ライラは彼女の温もりが次第に消えゆくのを感じながら、涙をこらえられなかった。


――見たらわかる。致命傷だ。どう足掻いても助けようがない。


「やだよ、ミル! なんで、なんで私の事なんかを庇うの!! 先にミルを裏切ったのは私なのに……ねぇ、なんで……? こんなところで死んじゃやだよぅ」


 泣きながら何度も自分の名前を呼ぶ大切な幼馴染に、ミルは最後の力を振り絞って声を出した。



「ら……いら……あの時は……ごめん……ね」



「ミル……」



 残された力で最後にそれだけ伝えると、彼女は静かに目を閉じ、やがて動かなくなった。




「うわぁぁぁん! ごめん、ごめんなさいミルーー!!」




 徐々に冷たくなる身体。それは彼女の死を意味していた。


 どんなに謝っても、どんなに泣き叫んでも、もう彼女は戻ってこない。それは本人が一番よく分かっていた。


 王家の争いに巻き込まれて亡くなった一人の女性かぞく


――第一王子の婚約者だった姉を失ったあの日から。



「うぁぁぁぁぁーん!」


 ライラの叫び声が玉座の間に響く。それにユリアナは苛立ちを隠せなかった。目当ての人物、ミルが死んでしまったから――。


「もういい、うるさい。泣き喚くな、お前も死ね」


 ユリアナの無慈悲な言葉と共に振り下ろされた漆黒の剣が、ライラの首を胴体から容赦なく斬り離した。ミルが残した最後の言葉の意味を理解することもできず、ライラの人生はそこで終わりを迎える……筈だった。


◇◆◇◆◇


 「はっ!」


 しかし次に目を覚ますと、先ほどの光景がまるで巻き戻されたかのように再び目の前に広がっていた。そう、自分が処刑される直前の場面だ。


「ミル!?」


「ライラ……?」


 目の前にいる幼馴染の顔を見た瞬間、思わず名前を叫んでしまった自分に後悔した。ユリアナが明らかに気に入らないという顔をしたからだ。


(いけない。私はお姉様一筋って決めたんだから……でもさっきの光景は何だったの?)


 確かに、自分は死んだ筈。


 それが夢だったのか? それとも、今見ているのが夢なのか?


「どうした、ライラ? 悪い夢でもみたような顔をして。彼女にかける言葉が見つからないのか?」


 物語に出てくる妖精のように整った顔立ちをした女性が横から顔を覗かせる。


「あ、お姉様……」


 ユリアナお姉様が、私のことを優しく見つめている。あれはきっと夢だったに違いない。そう、ただの白昼夢。ユリアナ様が私を殺すはずがない。


 でも、もしもあの「夢」が現実だったとしたら……これは神様が与えてくれた二度目のチャンスなのかもしれない。


「いいえ、大丈夫ですわ。ミルネシア王女……いえ、ミル。これは幼馴染として贈る最後の言葉よ」


 夢であろうが現実であろうが、先ほど自分の命を賭けて守ってくれた幼馴染に、残酷な言葉をかけることなんて出来る筈がない。私は、彼女の友人として心からの言葉を紡いだ。


「え? わ、分かったわ」


「よく聞いてね。私はあなたのことが本当に好きだったの。少なくとも、一生一緒にいたいと思えるほどには……でも、それ以上にあなたを憎むようになってしまったのよ。あの事件があってから――」


「そ、それは違う。あの時は……」


「でもそんな事はもうどうでもいいの。私とあなたはもう戻れないとこまで来てしまったから。だからせめて……来世では一緒になろうね」


 私は今、どんな表情をしているのだろう。ミルの顔を見るのがあまりに辛い。


 背を向けようとしたその時、ミルが今にも泣きそうな声で私を呼び止めた。


「待って、ライラ。そんな顔で『来世で会おう』なんて言われたら、私……どう反応すればいいの?」


「え、あ――」


 困ったように笑う彼女に指摘されて、ようやく自分が泣いている事に気が付いた。幼馴染を失う――その重みが、一度失った今になってようやく分かったのだ。


「……ライラ、下がれ」


 私の感情が揺れているのに気づいたのか、お姉様が厳しい口調で私を下がらせようとする。


「お前はこの部屋を出た方がいい。これは、君の心が壊れてしまわないための忠告だ」


 そんな優しい言葉を投げかけてくる。普段ならそこで「お姉様ー」と抱きついている所だ。


 だけど今の私は冷静じゃなかった。彼女が肩に手を伸ばそうとした瞬間、あの光景が頭の中でフラッシュバックし、つい、言ってはいけないことを口にしてしまった。


「いやっ! ――お姉様は、お姉様は本当はミルを欲しいだけなんですよね!? 私はそのついで……いいえ、代わりに過ぎないんでしょ!!」



「――それを誰から聞いた?」



 低く冷たい声が、部屋全体に響き渡った。


「ひっ!」


 部屋の室温が下がり、肌が凍りつく感覚を覚えた。


 ここまで言ってしまったらもう引き下がれない。これまでの努力は今の一言ですべて無駄になった。ならば――。


(どうせ殺されるなら彼女に言いたい事を全部言ってやる! その上でミルに助けを乞う!! 無様でも生き残るにはもうその道しかない)


 《暴姫》と渡り合えるのは魔姫マジック・メイデンとまで呼ばれた王国随一の魔法使いであり、私の幼馴染である第一王女ミルネシアをおいて他にいないから。


 たとえあれが夢だったとしても、一度死んだ事でユリアナお姉様の洗脳に近い話術の効果が解除されたのだろう。


 今の私は、まともな思考で物を考える事が出来る様になっていた。


 私の鋭い視線に気づいたユリアナは、ハッとし、急に声色を変えてきた。



「怒鳴って悪かった。でもどうしたんだライラ? 私たちはあんなに愛を誓いあった仲だろう?」


 甘い囁きが耳に触れる。その言葉に、私はかつて彼女に抱かれた夜を思い出し、強い嫌悪感を感じてしまった。


「ライラ?」


 血に塗れた彼女の手が、私の頬に伸びてきた。それを私は、全力で跳ね除けた。


「お姉様……いいえ、ユリアナ・ド・アルタニア皇女」


 それは決別の合図だった。


 彼女はもう、私の仕えるべき主人ではない。


 本当に仕えるべき人は、今、私の後ろにいる――ミルネシア様だ!


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