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処刑される直前に死に戻りした悪役令嬢は今日も彼女に媚を売る
処刑される直前に死に戻りした悪役令嬢は今日も彼女に媚を売る
水篠ナズナ
異世界恋愛悪役令嬢
2024年12月12日
公開日
3.9万字
連載中
王家を裏切った公爵家の一人娘、ライラ・ルンド・クヴィスト。玉座の間で、彼女が「お姉様」と慕う皇帝陛下と共に、王国の象徴である王族たちを次々と処刑していた。その中には、かつての幼馴染であり唯一無二の親友だったミルネシア王女も含まれていた。

「いつまでも幼馴染気分で話しかけないでくれるかしら?」

「ライラ……」

変わり果てたライラの姿に絶望するミルネシア。それでも彼女は誇りを失わず、奇跡的に処刑の刃を免れる。その直後、皇帝の刃は突然ライラの方に向けられたのだった。

次にライラが目を覚ましたのは、なんと自分が処刑される直前の世界。

――これは神に与えられた二度目のチャンス。

(え、さっきのって夢? 私、本当に殺されたの? お姉様に? どうすれば……生き延びられるの?)

 ライラが考えに、考え抜いた結論は幼馴染であり、王国随一の魔法使いであるミルネシアにとにかく媚びを売る事だった。

『お、お願いします姫さまぁー! 私を殺さないでくださーい!!』

『さぁて、どうしてやろうかしらね? ライラ?』

皇帝による処刑を免れたライラであったが、皇帝ユリアナに仕え、国を売った彼女は国家転覆罪の罪で投獄され、裁判を受ける事となった。すべての後ろ盾を失った彼女に残された道は生き残ったただ一人の王族であり、幼馴染のミルにひたすら媚びを売る事である。

『ミルの命令なら、なんでもやります!』

『そう。だったら今ここでワン!と吠えてみなさい!』

『わ、ワンワン!!』

『まだ少し恥じらいが残っているわね。やり直しよ』

『ワンワン!』

 これは本当は好きなのに、好きと伝えられなかった女の子が好きを拗らせて、一度は敵対の道を選び、その後、全力で媚を売ることになった少女の物語の始まりである。

※サブタイトルは、(〜お姉様に見限られた私は幼馴染の王女に鞍替えします。もう貴方の言いなりにはなりません!〜)です。字数制限の為、省略しております。

今月の更新日は毎週水曜日と土曜日の2回です。

第1話 裏切りの少女

「やめて……お願い……助けて……」


 か細い声が室内に響き渡る。ここは玉座の間。その中央には一人の少女が項垂れて座り込んでいた。


 玉座の間は、真っ直ぐに敷かれた赤いカーペットが鮮やかな対比を成し、部屋の隅には等間隔で飾られた美しい花々が入った大きな花瓶が並んでいる。


 しかし今やその壁や花瓶、カーペットは鮮血の花が咲き乱れているかのようだった。


「安心しろ。すぐにお前も死んだ家族の元へ逝かせてやる」


 少女の周りに広がる血溜まりには、彼女の家族である国王と王子が、無残にも倒れ伏していた。少女の美しいブロンド髪も血に染まり無残な姿をさらしていた。


「……お父様……お兄様……」


 震える声で呟いた瞬間、再びその鋭い声が響いた。


「家族を嘆く暇はない。お前も同じ運命を辿るだけだ」


 剣を携えた黒髪長身の女は、服や顔にべっとりとついた血を忌々しそうに拭いながら、長い髪を掻き分け、冷酷な光を宿す獰猛な眼光を覗かせた。


 その剣先が向けられているのは、この国の第一王女、ミルネシアだ。彼女には確かに戦う力があったものの、目の前の敵の圧倒的な力に屈し、抵抗を捨てて静かに最期を待っているかのようだった。


 頼りにしていた近衛兵達は、すでにいない。威風堂々と黒髪を靡かせる赤目の女によって、彼らは瞬く間に屠られ、血と肉の塊となって散ってしまった。


「……っ」


 少女の拳は、怒りでわずかに震えていた。


(まったく……これが我が国の姫とは、見ていられませんわ)


 彼女の眼前に立つ人物は一人ではない。剣を持った黒髪の女性とは別に、もう一人美しい銀髪の髪をした少女が口元を扇で隠しながら不快そうに王女の事を見下ろしていた。


 返り血に染まっている黒髪の女性とは対照的に、銀髪の少女は何一つ汚れていない。


「どうしたのだミルネシア王女よ? 最後に言いたい事はないのか? ないのならこのまま斬るぞ?」


 黒髪の女性が剣の腹をひたひたと彼女の首筋に這わせる。


 それを受けて、ミルネシア王女はひとつ深く息を吸い、喉を震わせながらも恐怖を押し殺し、先程までの怯えた様子とは一変、毅然とした表情で静かに口を開いた。


「――アルタニア帝国の暴姫サヴェッジ・メイデンユリアナ。なぜそこまでしてこの国を手中に収めたいのですか?」


 その問いにユリアナはわずかな沈黙も許さず、鋭い視線と共に静かに答えた。


「――私の遠征の進路にこの国があった。ただそれだけの事だ」


 それはあまりにも冷淡で、理不尽な一言だった。もし政治的な野心があれば、まだ交渉の余地もあったかもしれない。だが、ユリアナにはそんなものは存在しない。彼女はただ、暴力と力で全てを蹂躙し、従えてきただけなのだ。


「そんな……そんな身勝手な理由で国民を……お父様とお兄様を……帝国の悪鬼、魔女と呼ばれるユリアナと手を組んで貴方は本当にそれでいいと思っているの? ライラ! 答えなさい!!」


 王女が叫ぶ。自分を見下ろす少女に向かって。


 名前を呼ばれた銀髪の少女がくすりと笑い、彼女の前に歩み出る。それに合わせてユリアナは一歩身を引き、剣を下げた。


「ミルネシア王女。いつまでも幼馴染気分で話しかけてこないでくれるかしら? 私の名前はライラ・ルンド・クヴィスト。ラフストン王国四大公爵家の一人娘にして、次期国王ユリアナお姉様の妃でもあるのよ」


 ライラの視線が向く先には、ミルネシア以外の王族を皆殺しにした黒髪の魔女、暴姫ユリアナが立っていた。


 彼女は既に帝国を含む五大国の内、三つを滅ぼし、周辺の州も取り込み自身の支配下に置き、その頂点に立っていた。


 ユリアナが目指しているのは世界全土を支配する事。その為の一番の障害であった五大国の一つ、ラフストン王国が滅べば、暴姫を止められる国は連合国を除いてもはや存在しない。


「――っ! 本当は信じたかった……でも今はっきりと分かったわ。裏切ったのね。祖国を、国を! 暴姫に売った裏切り者!!」


「なんとでも言ってくださいな。あなたがここでなんと言おうと死ぬ事には変わりないんですから」


 その言葉に反応したユリアナの瞳が、ほんの一瞬鋭く光った。しかし、その微かな変化に二人は気付かなかった。


 元々二人は「ライラ」と「ミル」と呼び合う仲の良い幼馴染だったが、ある時期から二人の仲は険悪なものとなり、成人してからは完全に疎遠になっていた。



「もう話すことはありませんわ――お姉様」



 会話が終わるのを黙って聞いていたユリアナだったが、ライラに呼ばれて再び剣をミルネシアに向けた。


「ライラ、こっちにおいで。いくら君の心が強いといっても流石に幼馴染が目の前で死ぬのは堪えるだろう」


 自分の腰あたりにくるように手招きするが、ライラはふるふると首を横に振った。


「いいえ。このままで大丈夫ですわお姉様」


 その言葉にユリアナは目を細めたものの、ライラの決意を認めた。そしてライラの隣に立ち、彼女に後ろへ下がるように促したが、ライラは最後まで見届ける覚悟を見せ、動こうとはしなかった。


「くっ……」


 ミルは必死に立ち上がろうとするが、足がすくんで動けなかった。手をかざして防御魔法を張る――それすらもできそうになかった。


(ああ、私ここで死ぬんだ。幼馴染に裏切られて、守るべき人たちもみんな殺されて、残ったのは私一人)


 王女付きのメイド、リルも先程ミルを庇って死んでしまった。


 十年間こんな不甲斐ない自分についてきてくれた彼女に、ミルは心の中で最大限の感謝を述べた。


――私も、今からそっちにいくわ。


 ミルの頭上にユリアナの漆黒の剣が掲げられる。最期の時が迫っていた。

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